姫、猪を解体する。
「魔弾の射手かぁ」
私はユイのテントから出て、しばらく一人になりたかった。おとうさんが冒険者なのは知っていたけど、七選帝侯という魔王を倒して、帝国を築いた人たちの知り合いだとは知らなかった。それに魔弾の射手と聞いた時の喜びの顔……私の歴史の中で一番の喜びの顔だ。
それまでの一番の顔は、私が去年の誕生日に贈り物をあげた時だ。その前は、一昨年の誕生日の時……。
「お父さんと言えども、知らない顔があるんだ……」
それが悲しくて、悔しかった。
「おーい、セシル」
私を呼ぶ声が広場からする。おそらく、村長だけど、息が絶え絶えだった。
「どうしたんですか」
村長が地面と平行にして、体を真っ直ぐにのばして、鎖を木の枝に回して猪を吊っていた。私が一撃を加えた猪の首から血が少し流れている。
「血を抜いているの」
「あんまり無茶すると、ぎっくり腰になるよ」
村長が持っていた鎖を代わりに持って、地面にゆっくりと下ろした。猪は躍動させていた生命を喪失して、血すらない肉の塊となっていた。
「せっかくだからさばいて」
「そうですね。早めにしましょうか」
私は猪を担いで、家の小川で丹念に猪の体を洗った。汚れが地面に広がり、水たまりが土に吸収される頃には、短刀で腹を切り開いていた。余分な骨を切り、内臓を切り取り、一気に引っ張ると内臓が取れた。食べられる内臓を洗ってから、桶の冷水の中にいれて、余分な内臓は肉に悪臭がつかないように丁寧に取った。
カチュアの手当をしていたので猪が死んでから時間が経っている。肉が臭いを放っている部分は腹を下すので捨てて、小川に突っ込んで丹念に洗った。肉がひんやりとするまで流水につけて、地上にあげて猪の皮を短刀で剥いだ。皮をはいでいる頃には、近所の子供たちが解体風景を見に来ていた。
猪の首を鋸で切断して、槌を持ってきて、脳漿を取り出した。脳漿は皮をなめすのに使えるので綺麗にして保存、あとは肉を部位ごとに分解した。
一仕事終わる頃には、子供たちもいなくなっていた。
「本当だったら熟成させたほうがいいんだけど」
村に残っていた女たちが、たき火で猪を焼き始めていた。ユイは村長の食客なので、それには参加せずに、猪の胆嚢をテントの中で干していた。胆嚢は薬として使えると言っていた。
「珍しく女たちが料理か。私は男が料理しているほうが……良い」
「過剰な欲は自分の身を滅ぼしますよ?」
私はユイが村長に言った言葉を、本人に返してあげた。
「仕方ないよ。本当にそう思っているんだから!」
力強くいう言葉でもなかった。
「あら、美味しいですね。臭みもないです」
カチュアが炙った肉をはふはふしながら底なし沼のように食べていた。
「村長ががんばって血抜きしてましたから」
とうの村長も葡萄酒を飲みながら、猪の肉に舌鼓打っていた。
「美味そうな匂いだ」
「あっ、ウィルだ」
ユイがおとうさんの姿を見て、ほっとした表情を浮かべた。
「お帰りなさい。おとうさん」
「ただいま。どうしたんだ、この猪」
私が経緯を話すと、おとうさんは少し笑った。
「俺にも肉をくれ。食べて、休んだら、次は西の森に行くから」
おとうさんは食事を受け取ると、一緒に罠を仕掛けに言った人たちの方へ戻っていった。
……褒めてくれないのか。
「よしよし、猪を上手に解体できました」
ユイが勘付いて私の頭を撫でてくれた。
「うるさい」
「大丈夫よ。ウィルにはそれが普通の出来事……ということは、セシルが順調に成長しているのを認めているのよ」
そうかなー。
それでも私はおとうさんから褒めてもらいたいのだけど。
※猪の解体は参考にしたものが多いので、ニュアンスを変えてあいまいな表現にしています。




