姫、魔弾の射手を知る。
ユイは抽斗から粘土のようなものを取り出した。
「これが没薬」
青銅製の香炉に没薬を入れて、火打石で火花を飛ばして、小枝を燃やしてから没薬に火をつけて焚いた。匂いは女神の甘い吐息のようなさわやかな安眠を誘うような香りだった。テントの中に匂いが充満して、深呼吸をしたい衝動にかられた。
やったら煙いのでせき込むだろうけど。
「一応、鎮痛効果はあるけど、体を検めたほうがいいわね」
テントの外から声がしたので顔を出すと、村長が心配そうな顔をしていた。
「その娘は大丈夫かの?」
「ええ、今から傷を検めて見ますので……」
ユイは女の子の着物を脱がせようとした。
「エロジジイ、見るのを止めろ」
ユイが氷のように冷めた目で村長を睨んだ。
「えっ、なに、聞こえない」
村長はテントをめくって中を覗いていた。
「過剰な欲は自分の身を滅ぼしますよ?」
ユイは近くにあった瓶を掴んだ。
村長は瞬時に逃げて、瓶は投身してバラバラにならずに済んだ。
てきぱきと服を脱がして、傷を検めていき、左脇腹が裂傷している以外、小さな傷しかないことを確認すると、木箱から瓶を取り出して、蓋を開けると酒の匂いが充満した。
「火には近づけないでね」ユイは布を手渡しして。「蒸留酒を桶にいれて、布に含ませて。蒸発しやすいから、ふたを閉めるのを忘れないでね」
私が言われたとおりにして、ユイに布を渡すと、全身を拭き始めた。
女の子は呻きながらも、心地よい呼吸をしていた。
「気持ちよさそうに寝ている。可哀想に、この傷は深く洗わないといけないんだよね」
ユイが言っているのは、左脇腹の怪我だ。
「さっきの麻酔を使えば」
「あれは試作品。使用量を間違えれば劇薬よ。さあ、可哀想なことをしようか。体押さえて」
私は女の子の胸に軽く座り、両手で肩を押さえた。尻の下にあるものが柔らかく大きく、座り心地悪さと自分の胸の痛みに複雑な気分になった。
「はーい、痛くないからねぇ」
ユイは脚の付け根辺りに座り、傷口に蒸留酒をかけて、指でちろちろと洗った。
「いいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
「いやぁ、良いことをすると。気分がいいなぁ」
ユイは手当の処置に満足して水で割った葡萄酒を一気に飲み干した。
「疲れたぁ」
予想以上に女の子の力が強かったので、私は肘鉄を何度かくらってしまった。
「どっちが怪我人なのか分からないね」
二人とも暴れる女の子に青痣だらけになっていた。
「ごめんなさい」
女の子が大きな胸を腕で隠しながら、私たちに謝った。猪に大けがされた割に回復が早かった。
「私、カチュアと言います。命の恩人に感謝感激です」
漆黒の髪房が揺れて、機織りの糸のように整然として美しかった。雀斑を隠さず化粧をしていないが、気品の良さが漂っていた。
「私は、ユイ。この村の村長の食客」
ユイはカチュアに葡萄酒の水割りを渡して、香炉の没薬を追加した焚いた。
「私はセシルです」
「男の子ですか?」
ぐいと、顔を近づけられた。
「違います!」
「あら、惜しいですね。男の子なら唾つけたくなるくらいに可愛いのに」
唇を人差し指で触られて、くすっと笑われた。
胸が小さいのが悪いのか……。
私がちょっと落ち込んでいると、ユイがカチュアに質問を始めた。
「ところで、なんで猪なんかにしがみついていたの?」
「いやぁ、恥ずかしいことなんですが、旅の途中で食糧切れになってしまいまして、そんなときに美味しそうな猪が歩いているじゃないですか、私は迷わずに抱きついてしまいまして、あわれ引きずり回されたのです」
「普通の人は猪に飛びつかないわよ」
と、ユイは言ったけど、私も猪に飛びついたのを忘れている。
「どこから旅をして来たの?」
「帝都です。彼と二人旅ですね」
にこにこと笑い、顔がでれて、修復不可能な幸せそうな笑みを浮かべた。
「連れがいるの? 森にいるなら危ないわよ。いま、村の人たちが罠を張りに行ったのよ」
「えっ、そうなんですか。何かあったんですか?」
「狼が出たのよ」
「そうなんですか……早く戻らないと……」
私はおとうさんがフェンリルと呼んだ銀狼を思い出した。そういえば、あの時ぼそっと「魔弾の射手」という言葉も呟いているのを思い出した。
「そういえば……おとうさんが言っていたんだけど、私とアスラン……」が聞いたんだけどね、と続けたかったが。
「あっ! 思い出した。あのイケメン! どうしたの! かっこいいじゃない! なんで彼氏がいるなら私に教えてくれなかったのよ! 友達でしょ!」
友達と言うか、親友だと思っていますが……。
「彼氏じゃない! 客よ、客!」
「嘘よ。仲良さそうに手を繋いでいたでしょ」
あれは、引っ張られていたの!
「もう、そういう話じゃないの。あの時、おとうさんが呟いたの」
「ふーん、何て?」
「あの狼……いや、銀狼を見たときにフェンリルって呼んで、そのあと魔弾の射手って言ったの」
ユイとカチュアは同時に絶句して、お互いに目線を交わした。
「本当に?」ユイが口を開いた。
カチュアはユイの言葉に耳を傾けた。
「フェンリルは幻の狼よ。魔王がまだ健在だったときに、反乱軍の軍用犬をまとめる群れの王として有名だった。敵地に深くはいり、偵察、暗殺、食糧調達、陣地占領など、人間のように行動できることで有名だったわ。そして、それを操っていたのが、魔弾の射手。というか、相棒ね。しかし、あれがフェンリルなの……かなりの高齢なのに美しい狼だったわね」
ユイが感心したようにうなずいていた。
「魔弾の射手って?」
「「知らないの?」」
カチュアが愕然したように言って、あきれたように言ったユイと言葉があった。
「百発百中の狙撃手で、盾の陰に隠れていても弾丸をあてると恐れられた人よ。その姿を見た人は少なくて、表舞台にもほとんど出てこないけど、とても有名な人よ」
「そうなんだ」
ユイは常識と言わんばかりに早口になった。
「一説によると、国民から命を狙われるから表舞台に顔を出さないと言われているわ。それは魔王を支持している人がいまだに少なくないからよ。魔弾の射手は恨みを買ったわ。魔王の愛した妃を処刑したのだから、国民からも人気があった妃なのよ。そして、魔弾の射手は七選帝侯の一人となった。権力を打倒して、権力を握る。たしかに正当な権利はあるわ。でも、反感を恐れた魔弾の射手は表舞台にほとんど出ずに、いまは隠居状態になっているのよ」
胸に痛みが走った。なぜか分からないけど、首飾りが私に爪を立てたように痛んだ。
「驚いたわ。ウィルさんが冒険者なのは知っていたけど、即座にフェンリルと分かるなら、魔弾の射手と知り合いだったのかもしれないわね。しかし、どうしてここに魔弾の射手が……」
ユイは興味深そうにしていたが、カチュアはユイの言葉にうなずいているだけだった。
※セシルが胸が小さいのには訳がある……。母親の胸は大きいです。それにも訳がある……。どうでもいい設定がそこにはある。




