外伝章 ──帝国の影
帝国側の視点を描いたストーリーです。
帝都ヴァル=グレインの地下深く。
そこは、帝国でも限られた者しか入れない禁忌の召喚室だった。
黒いローブを纏った男──ザイラス・ヴァル=グレインは、静かに魔法陣の前に立っていた。
魔法陣は血のような赤で輝き、空気は焦げた鉄の匂いを帯びている。
「……龍が倒れた、だと?」
報告を受けた瞬間、ザイラスは笑った。
それは喜びではなく、嘲りでもなく──純粋な興味だった。
「小国風情が、龍を退けた? 召喚獣でもない、ただの魔力の鳥で……?」
彼は魔法陣に手をかざす。
赤い光が彼の腕を這い、皮膚の下で脈打つ。
「面白い。実に……面白い」
ザイラスの瞳は狂気に染まっていた。
彼にとって戦争の意味は政治でも領土でもない。
召喚術の進化こそが目的だった。
「龍を倒す力。それを生み出した者がいるというのなら……」
ザイラスはゆっくりと笑う。
「必ず手に入れる。その知識も、その魂も」
魔法陣が唸りを上げ、黒い霧が立ち上る。
ザイラスはその中心に立ち、静かに呟いた。
「次は……こちらの番だ」
◆
帝都の高塔から見下ろす街は、夕陽に染まり黄金色に輝いていた。
だが、その美しさとは裏腹に、皇太子レオンハルト・グレインの胸は重かった。
「……また、召喚師団が動いたのか」
側近が頷く。
「はい。ザイラス殿が新たな儀式を行うとのことで……」
「父上は?」
「陛下は……ザイラス殿に全権を委ねると」
レオンハルトは深く息を吐いた。
帝国は強大だ。
だが、その強さは召喚術という危険な力に依存している。
召喚師は国の英雄であり、同時に呪いでもあった。
「フェルシアの龍撃退。あれは、帝国にとっても転機になるはずだ」
レオンハルトは窓の外を見つめる。
遠く、山脈の向こうにある小国。
そこに、彼はまだ見ぬ敵を感じていた。
「小国が龍を倒した。それは、帝国の力が絶対ではないという証だ」
側近が不安げに言う。
「皇太子殿下。ザイラス殿は、フェルシアを実験場にすると……」
「分かっている」
レオンハルトは拳を握りしめた。
「ザイラスは、戦争を研究だと思っている。人の命を、ただの材料としか見ていない」
彼の声には怒りが滲んでいた。
「だが、帝国は変わらなければならない。召喚術に頼るだけの国では、いずれ滅ぶ」
レオンハルトは静かに決意する。
「フェルシアの“鳥”を生み出した者。その者と、私は話をしたい」
側近が驚く。
「敵国の者と……?」
「敵かどうかは、会ってみなければ分からない。帝国を救うのは召喚術ではなく、新しい"知"かもしれない」
夕陽が沈み、帝都に夜が訪れる。
レオンハルトの瞳には、暗闇の中で確かな光が宿っていた。




