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第09話 ジャック・スタインボルト その6


──家族の絆──




 スタインボルトホテル。


 川向こうの区画でおきている一斉捕り物の音は、ここにまで響いてきていた。

 ピカピカと光るランタンの光が川の向こうを照らしているのが見える。


 その方向を見ながら、マッマと共に、リゥとカレン。そしてメリッサがホテル裏にあるサラの屋敷前である人物


が戻るのを待っていた。


 エリーゼとコリンズは、ジャック逮捕のショックで寝こんだサラのところにいるので、ここにはいない。



 裏路地の暗がりの中で、なにかが動いた。

 全員の視線が、そこへと集まる。


 屋敷の前に用意されたランタンの明かりの範囲に、それが足を踏み入れる。


 それは、四人の待ち人であった。



 西部では見ない和服に身を通した少年。アズマ。



「アズマ君!」

 その姿を見たマッマが、ぱぁっと、顔をほころばせた。



「おお、マッマさん。ありがとうございます。大活躍でしたね」

「いやいや、君のおかげだよ。それに、一緒に動いてくれていた彼女達も!」


 マッマが川に落とされた時、その命を救ったのはアズマであった。


 バーンズ一味がマッマの命とスタインボルトホテルの跡取り、ジャックの逮捕を同時に狙っていたのは、あの日


計画を屋根裏でこっそりと聞いていたアズマが把握していた。それを書面にて知らされたリゥとカレン達は装飾店


へ行くため外に出たマッマと接触し、バーンズ一家とゲィス保安官を一網打尽にするための策、名づけてマッマに


死んだフリをさせ一網打尽作戦を準備していたのである。


 結果、マッマという文字通りの生き証人と、リッチフィールドからの圧力により警察も本腰を入れて動かざるを


得なくなったのだ。



 バーンズ達のたくらみは逆に利用され、こうしてバーンズ一家も、ああして不正を働いていたゲィス保安官も一


度に逮捕され、スタインボルトホテルを第二のバーンズカジノにするというもくろみはもろくも崩れたのだった。


 マッマの証言によりバーンズ一家に手入れが入ったのだから、ジャックの無実も証明され、じき彼もこちらへ戻


ってくるだろう。



「それにしても……」

「はい?」


 明るいところに出てきたアズマを見て、マッマは思わず複雑な顔を浮かべてしまった。



「すごい、格好だね」


 明かりの下には、アズマの両手の上にまるでお姫様のように抱きかかえられたジャック(ジミー)がいたのだ。

 彼はあまりの恥ずかしさのためか、両手で顔を覆ってしまっている。「見ないで。見ないで」という言葉と共に


。それが逆に恥ずかしがる乙女のようで、余計にその格好のおかしさに拍車をかけていた。



 そんなのを見たもんだから、マッマも思わず素直な感想を漏らしてしまったのだ。



「そこは、わたしの場所なのに!」

 嫉妬と共に。



「って、なにアホなことほざいておるかー!」


 マッマの後頭部にリゥのハリセンが炸裂した。

 スパーンというとってもいいツッコミの音が夜空に鳴り響いて消えていった。



 リゥのツッコミのおかげで、ジャック(ジミー)の方にも手が入り、やっとお姫様抱っこから開放されることにな


った。彼は足をかばい、アズマの肩に捕まるような形で地面に立つ。



「なにやってんだよお前等……」



 呆れたような声が、アズマの後ろから響いてきた。


 ランタンの光の範囲に、釈放されたジャックがぬうっと姿を現した。

 ちなみに、この場ではジャックが二人になり少々ややこしくなるので、ジミーを名乗っていたディーラーのジャ


ックをしばらくジミーと呼ぶことにする。



「あ、じゃっくん」

「おお、無事戻ったか」


「おう。心配かけたか?」



 元々ゲィス保安官をはめる為の予定であったため、裏でカレンの命を受けたメリッサが手を回したのが功を奏し


、無茶な取調べはされていないようだ。



「ジャック!」

 その姿を見たカレンが、ジャックのもとへと駆け寄った。



「カ、カレン!? なんでここに!」


 ここにカレンがいると思っていなかったジャックは当然驚いた。



「ふっふっふ。あなたを驚かせるために潜んでいたのよ。でも、あなたが無実の罪で捕まったから、ちゃんと調査


するように働きかけたの! あなたがこうして釈放されたのも、私のおかげなんだから!」


 ちょっと嘘が混じっているが、七割くらい本当のことだった。



(ふふふふふ。これでジャックに恩を売っておけば、少しくらいは私を見直してくれるはず! あ、でもいけない


。権力を使って釈放されたとか、むしろジャックが嫌がるんじゃないかしら。だってこれ、私の力じゃなく、リッ


チフィールドの力だもん。ひょっとしたら、やっちゃった!?)


 ふふん。とドヤが押したのもつかの間。カレンは致命的なミスがあったことに気づいた。



 うつむいたジャックの顔に闇が落ち、その瞳が見えなくなった。

 これは怒られる。とカレンは目を瞑り、雷が落ちるのに備えた。



「そっか。俺のために悪いな」


 そう、どこか安心するような優しい声で、ジャックはカレンの頭をぽんぽんと撫でた。



「……はへ?」


 それは、カレンにとってとっても予想外だった。怒られると思っていたのに、むしろ褒められたのだ。目が点に


なるのもしかたのないことだろう。



 撫でられた頭に自分の手をのせ、笑顔を見せたジャックの姿を、ただ見送ることしかできない。



 普段第一声は下僕になりなさい。という発言が主だったが、今回はそうではなく、どちらかといえば自分の手柄


を自慢するという、どこか昔を思い出させる発言だったのがこの結果を生んだのだろう。


 なにより、今のジャックは自分を心配しているだろうサラのことが気になり、そこまで深く頭が回らなかった。


というのもあった。



(……サラ様のことが気になっているにしてもおかしい。お嬢様に対するジャック様の態度が少しだけ軟化してい


る。ひょっとして、なにか心境の変化でもあったんですか!?)


 カレンの頭を撫でるジャックの姿を見て、メリッサはそう感じた。サラのことが気になっているから。というだ


けではない、今までとはなにかが違う雰囲気をメリッサは感じ取ったのだ。


 それは前回ララデリーシティにおいてミックに言われた一言。『カレンは昔から変わっていない』という言葉。


それがあったゆえ、昔のような行動をとったカレンに昔のような態度が出てしまったのだ。



 それは、ジャックさえ意識していない無意識にとった行動。



 しかしそれはカレンにとってとてつもなく大きな前進となったのかもしれない。



(やりましたねお嬢様!)



 ぐっとこぶしを握るが、肝心のカレンは頭が撫でられたことが信じられず、目を点にして固まっていた。


 その顔は、点と線だけで構成されたような形になり、非常に面白い生物となっている。



「それで、サラさんは?」

「中で寝ておる。姿を見せて安心させてやるがいい」


 リゥの答えで、ジャックは目が点になって活動停止をしたカレンの横を通り、館の方へと向かった。



「え?」

 カレンは、ジャックが自分の横を通り過ぎるのを目が点になったまま見ているしかできない。


 脳が、頭を撫でられた上、褒められたというのをまだしっかりと認識できていないようだ。



「え?」

 もう一度声を上げた。

 この時やっと、この頭にジャックの手が触れて、優しく撫でられて耳元で優しくささやかれた(誇張)ということ


が認識できた。


 しばし遅れて、自分がなにをされたのか、脳が気づいたのだ。


 やっとこさカレンは、今の状態を理解する。



 そう、頭を撫でられたのだ。ここしばらくそんな接触もなかったというのに、お礼の言葉と共に、頭をなでなで


されたのだ。

 それは夢心地であり、まさに天にも上る気持ちであった。



(なんて素敵なのかしらー)



 この状態はまるで羽が生えたかのようだ。今は真夜中だというのに、空からスポットライトのような白い光が自


分を包んでいるかのように感じる。背中から翼が生えて、白い羽が自分の周りに舞っているような気もした。



「お嬢様! そっち行っちゃ駄目です。実際飛んでますから、やばい風に飛んじゃってますから!」


 空から自分を照らす光の下を見てみると、そこには目を回して幸せそうにしているカレンを支え、ほっぺたをぺ


しぺしたたくメリッサ姿がたあった。


 その近くでは苦笑しているリゥと自分の方を見上げているアズマの姿もある。



(あははー。メリッサなにをそんなに驚いているのですー? わたしはこんなにげんきよー。うふふふ。うふふふ


ふー)


「お嬢様。お嬢様ー!」


(こんな焦ったメリッサを見るのははじめてねー。そんなにあわててもしかたないわよー。だって私は今、まさに


最高の女なんですからー)


 ジャックに褒められた上撫でられるという至高の体験をした彼女は、笑いながらあわてるメリッサを尻目に、さ


らに上を目指す。



 だって、空はこんなに光に包まれているんだもん!



「あははは。あはははー」

「お嬢様ー!」

 気絶しながら笑っているカレンをゆすり、メリッサはただ叫ぶしかできなかった……



「なにやっとんじゃあいつら……」

「うらやましければ俺もやるよ?」


「どこをどう見てそうなる!」


 呆れたリゥが、笑うアズマの後頭部に小さな火の玉をたたきつけた。

 こいん。とジミーに肩を貸したアズマの頭からかるーい音が響く。



「皆さん、なにかありましたか?」


 表の騒ぎを聞きつけたのか、館の扉が開き、エリーゼが顔を出した。

 そこには、扉を開けようとそちらに進むジャックの姿があり、彼女は飛び上がらんばかりに驚いた。



「ジャックさん!?」



 その言葉はサラの屋敷の中まで響いたのか、中がざわりとざわめいたのがわかった。

 エリーゼの驚きにジャックも一瞬面食らうが、驚かせて悪かったという風に苦笑し、幽霊や幻ではないことを示


すように手を上げた。



「おう」

「無事だったんですね!」


 ほっと一安心したように、胸をなでおろした。



「それに……」

 と、その後ろにいたアズマの姿に気づき、計画が無事終わったのだというのも悟った。


 昼間にカレンがマッマを連れてきて、エリーゼとコリンズに今日の予定を話していたので、彼女もなにが今起き


ているのか知っている。



 しかし、アズマの方を見たエリーゼは、アズマの姿に驚きの表情を見せた。



 アズマに驚いたのではない。アズマに肩を貸され、怪我した足を引きずっているジミーを見つけたからだ。

 彼こそが二ヶ月前に自身を助け、ちょっと前に久しぶりの再会を果たした彼女の想い人である!



「ど、どうしたんですか!」


 驚いた彼女は、屋敷を飛び出し、ジミーのもとへと駆け寄っていった。


「どうしてこんな怪我を?」

 ジミーはエリーゼの質問と視線に、顔をそむけて回答を拒絶した。



「この人はね、三ヶ月前の事件の真相を調べるため、バーンズ一家に潜入していたんだ。今回の解決は彼のおかげ


でもあるんだよ」

 アズマが口を挟んだ。



「ええっ!? そうなんですか? どうしてそんなことを?」

「それは……」


「いや、言うな!」


 指を一本立て、笑顔で喋りだそうとするアズマの口をジミーがその手で塞ぐ。



「もがもが……」



「誰だ?」

 ジャックが首をひねる。


 一度ホテルの裏手でジミーに会っているが、あの時彼はディーラーの姿ではなく変装もしていたのでジャックは


その時の彼だとは気づかなかったようだ。



 ゆえに、ジミーの存在をまったく知らないジャックは、近くにいたリゥに聞いた。



「ああ。ワシも実物を見るのは初めてじゃ」

「私もですね」


 うん。とうなずいて答えるリゥと、気絶したカレンをお姫様抱っこしたメリッサも大きくうなずいた。



「いや、だから誰なんだよ!」



 二人がまるで知っているようにうなずいたのはいいが、それはジャックの知りたい答えではなかった。


 そう。彼女達はアズマから受け取った手紙からジミーの正体に当たりがついている。しかしそれを自分達の口か


ら言うものでもないと思っていた。



 ゆえに、知っていながらエリーゼ達にもこの事実は秘密にしてあるのである。



 もがもがと口を塞がれていたアズマが、ジミーの手をはずし、真面目な顔で彼を見る。



「もう、いいんじゃないですか?」

「……」


 うながされ、今度はジミーが黙った。



「もう黙っている理由がないじゃないですか。ほら、言っちゃいましょうよ。自分が、本物のジャックだって」



「えっ!?」

「え?」

「ちっ」


「あ……」

 アズマの発言に、エリーゼとジャックが驚き、ジミーは舌打ちをしてアズマはやっちゃったと声を出した。



 リゥとメリッサは、アズマになにやってんだと半眼で抗議の視線を送る。



「あはは」

 アズマは笑って誤魔化した。



 アズマのうっかりを聞いたエリーゼは、信じられないと手で口を覆った。



「どうして……? どうして言ってくれなかったんですか! そうすれば……!」


 エリーゼの心の中に、色々な感情や考えが渦巻き、それは声にならない。

 エリーゼの視線から顔を背けたままのジミーは、ぎりりと奥歯をかみ締めた。



「言えるかよ……恵まれた環境を自分で壊し、つまらない喧嘩がもとで、今じゃ立派なアウトローだ。こんなクズ


になりさがった俺が、どんな顔をしてこの街で必死にがんばってきた母さんに会えるって言うんだ!」



「そんなことはないわ! お願い、サラさんにあってあげて。具合がよくないの。声をかけてあげて!」



「できない。それに、こっちには俺より立派な男がいるだろう! あいつになら、俺の代わりをまか……っていな


い!」


 振り向くと、ジャックの姿はすでになかった。



 ジャックだけではない。ジャックの近くにいたリゥも、眠ってしまったカレン達も姿を消していた。唯一この場


に残るのは、ジミーを支えるアズマと、どすどすと表通りの方へ走ってゆくマッマだけだった。


 ジミーは思わずマッマを追おうとするが、痛めた足に激痛が走り、結局アズマの肩に手を置くだけで追うことは


かなわなかった。



「なんで逃げる!」



「これ以上ご家族の再会の邪魔をするわけにはいかないからねー」

 表通りまでの数十メートルだが、マッマは完全に息切れしている。それでも彼は、必死に表通りを目指して走っ


ていった。



「あららー。これでサラさんを元気づけられるの、本物のジャックさんだけになっちゃいましたね」


 唯一残ってジミーを支えていたアズマが、にひひっと笑った。



「てめぇ!」

 アズマの顔面をつかもうとするが、彼はそれをひょいっとかわしてジミーから手を放した。ついでにとんと肩を


押し、エリーゼの方へと押し付ける。


 バランスを崩したジミーをエリーゼが受け止め、今度は彼女が彼を支えることになった。



「とゆーわけで、俺もこれでおさらばです。それじゃ、あとは頼みましたよ!」



 ばははーいとアズマもマッマが走り去る方へと駆けて行った。途中どすどすひいひい走るマッマをお姫様抱っこ


ですくいあげ、そのまま表通りへと消えてゆく。


 有無を言わさぬ速度で消えていったその姿を、よろけたジミーもそれを受け止めるエリーゼもとめることはでき


なかった。



「に、逃げやがった……」

「逃げちゃいましたね」



 アズマの方へ恨みがましく手を伸ばしたが、届くわけもなくジミーはがくりと肩を落とした。


 一方のエリーゼは、深刻な現状ながら、どこか少し嬉しそうだった。



「これで、総支配人を元気づけられるのは、あなただけになりましたよ。ジャックさん」

「ぐっ……」


 じっとエリーゼに見つめられ、ジミー。これからは改めジャックは言葉に詰まった。



「ジャックさん。お願いします。せめて、一声だけでも」

「……ああくそっ! わかったよ! 声ぐらいかけてやるよ! 案内しろ!」



「はい!」


 ついに観念したジャックは、痛む足を引きずりながら、エリーゼに肩をかり、屋敷の中へと入っていった。



 屋敷の玄関には、コリンズが待っていた。



「聞いたよ。君が、本物のジャックなんだね」


「ああ」



「こっちだ。案内しよう。今回の偽者を準備したのはわたしだから、それについてはわたしが誠心誠意説明をしよ


う」


「頼むぜ。こっちまでそれで怒られるのはごめんだ」



「まったくだね」

 ふふっと男二人は笑った。



 コリンズはジャックを反対側から支え、いまだ意識を失ったままのサラの寝室へ向かう。

 そこには、ジャック(ガンマン)が逮捕されたショックでいまだ眠り続けるサラがいた。



「……母さん」



 ジャックが、意識の戻らないサラを呼ぶ。




 ぴくりっ……




 一瞬、サラが反応したように見えた。



「母さん」

 もう一度、呼ぶ。



 ピクリとも動かなかった彼女の体が、少しだけ動きを見せた。




「母さん!」


 ジャックは、心を精一杯こめ、母を呼んだ。




「……呼んだかい? ジャック……」




 ピクリと動いたサラの喉が動き、その瞳がゆっくりと開かれていった。


 ぼんやりとして、焦点の合わない瞳が天井をさまよう。



「……不思議な夢を、見ていたよ。あの子が夢の中で言うんだ。ジャックは、許してくれる。って。なんて都合の


いい夢を見ているんだろうね。ワタシはあの子を、自分の都合で手放したってのに……」


 ぼんやりとした瞳から、一筋の涙が流れた。



「そんなことは、ない! 許されないと思っていたのは、俺の方だ! 俺だって、あんたに認められないと思って


た。せっかくこの厳しい西部から豊かな東部へ逃がしてくれたってのに、勝手に恨んで、勝手に落ちぶれて! そ


れで、愛されていないと思ってた! でも、違った。違ったんだ……!」


 サラの頬に流れた涙をジャックがぬぐい、その首にすがりつくよう、ジャックは抱きついた。


 サラは、今まで見ていたジャックとは違うジャックの慟哭に、一瞬の驚きを見せたが、即座になにかに気づき、


納得した。



「そういうことだったのかい。やっぱり、ワタシャ母親失格だね。自分の息子も、ひと目で見分けられないなんて


……」



「そんなのどうでもいいさ! それも、この人達が母さんを思ってやったことだ! みんな、この区画の人はアン


タを自分の母親だと考えてる! 元気になって欲しいと思ってる! だから、だからよ、長生きしてくれ。俺が、


兄さんの分までがんばるから……」


 嗚咽を漏らしながら、ジャックは考え付く限りの思いを母にぶつけた。言葉は選んでいられない。ただただ、自


分の思いを外に発する。



「……なにを言ってるんだい。まだまだ死ねないよ。あんたの花婿姿を見なきゃいけないし、孫だってこの手に抱


きたいんだからね……」



 息子の姿を見て、サラはくすりと笑った。

 泣きじゃくるその頭へ手を伸ばし、よしよしと撫でる。


 やはり、本物の息子の力はすごい。彼女の弱った体が、以前より明らかに生命力にあふれているのがわかった。



 後に医者も驚くだろう。彼女のたくましい生命力に。



 抱きしめあい、親子の絆を確認する二人の姿を見て、エリーゼとコリンズは目じりに涙を浮かべ、何度もうなず


いていた。


 ここに、一つの家族がもとの形へ戻ったのだった……




──エピローグ──




 マッマをマルコニアス商店に送り届け、アズマは商店近くにいたジャックとリゥと合流した。



「あれ? カレンさんご一行は?」

「カレンが眠りこんじまったからな。ベッドに運ぶって言ってわかれたよ」


「へー。てっきりついてくると思ったのに」



「させねーよ。その時は全速力で走って逃げたよ」



「あららー」


 ふん。と胸を張ったジャックに、アズマは苦笑したが、その表情はどこか楽しそうだった。

 ちなみにだが、今回ジャックがカレンへの態度がいつもと違ったため、下手に押すよりは引いておいた方がよい


とメリッサは判断したのだ。



「だから、さっさと移動するぞ。このままじゃまた俺を下僕にしにくるだろうからな」


「えー。今日はもう休もうよー」

「そろそろ朝だ。出発するには丁度いいだろ」



 時間はすでに深夜というより早朝に近い時間にさしかかっていた。もうすぐ夜があけ、太陽が昇ってくるような


時間である。

 旅をするなら、このくらいの時間で歩きはじめてしまった方が気温も高くなく、進みやすいのは間違いないだろ


う。


 さえぎる物のない西部の荒野は、昼間天然のオーブンのようになることもあるのだから。



「じゃっくんは留置所で寝ていたからいいだろうけど、俺はじゃっくんの知らないところで色々がんばっていたん


だよー」

「そういやお前、昨日今日と宿で見かけなかったな。なにかしてたのか?」


 そして、なにかしていたとすれば、自分が捕まったりした一件になにか関わっていたのだろうとジャックは思っ


た。


「俺が捕まったのと、なにかかかわりあるのか?」



「あるある。大変だったよー。カジノで勝ったり負けたり。なんとかプラスで終われたけど、危うく赤字になると


ころだったよ!」


「全然関係ない上完全に遊んでるじゃねーかよそれ!」



「んー? おかしいなー。不思議と反論が見つからない」

 アズマ、腕を組んで不思議そうに頭をひねった。



「反論する気もなしかよ……」


 なにやってたんだお前。とジャックは自分のこめかみを指で押した。



 その光景に、リゥは一人苦笑していた。実際のところ、今回の一件で一番働いていたのはアズマだ。敵地への潜


入。情報収集、マッマの救出にジャック(ジミー)の救出。毎回そうやって一番大変なことをしているというのに、


この男はそれをまったく表に出さない。


 それはリゥにとって憧れであり、自分をふがいないと思う一因でもあった。



「というかカジノで儲けたとはワシも聞いてないぞ」


「どきっ」

 どうやら遊んでいたのは嘘ではないようだ。大変だったのは間違いないが、その分楽しんでもいたらしい。


 マッマ暗殺実行までの約一日。アズマはそんなことをしてすごしていたようだ。

 アズマのその態度に、リゥは苦笑するしかできなかった。



「あっ!」

 ジャックが突然なにかに気づいたように声を上げた。



「どうした?」

「どしたの?」


 あまりに突然の声だったため、リゥもアズマも少し驚いたようにジャックを見た。



「つーかそうだよ。俺、結局宿に泊めてもらっただけで、報酬まったくもらってねえ!」


 宿代はただだったが、最大の案件である無一文が解決していないことを思い出した。

 このままでは、また次の街までなにも買えない。こうなったら本気で狩りでもしなければ生き残れないレベルに


なってくる。



「あれ? さい……」

「いや、それ以上言うな。今思い出したんだ!」



 前回列車の中に落とした財布はカレン達が預かっている。ゆえにアズマはカレンから財布を返してもらわなかっ


たの? と聞こうとしたのだが、その発言はジャックによって途中で潰された。思い出したのが今なのだから、返


してもらう交渉などしているはずがない。


 戻って財布を回収する。という選択肢もあるが、今度行けば間違いなく財布を返す条件として下僕になれと要求


されるのが目に見えた。



「……返すあてができるまで、ワシが貸すから」

「……すまない」


 アズマが儲かった財布を持ち上げジャラジャラしていたが、それを無視してリゥの言葉にジャックはうなずいた


。


 返すとき倍という金利を変えてくれない極悪なアズマ金融に比べれば、リゥはジャックの良心分上乗せすればい


いという、とんでもなく良心的な金利だったからだ。


 これ以上自分より年下に見える女の子に金を借りるという屈辱的な状態はごめんだったが、背に腹は変えられな


い……



「くそっ。財布のことを忘れていなけりゃ眠っている間にどうにかしたものを……」

「今更後悔してもしかたないじゃろ」



「というかさ」

「ん?」

 金がないと嘆くジャックに、アズマが声をかけてきた。



「カレンさんじゃっくんのこと下僕にしたがっているけど、じゃっくんから見て、あの人のことはどう思うの?」

「どういうことだ?」



「ずばり、好きか嫌いか!」

(こ、こいつ、聞きおった!)



 今までリゥにさえ聞けなかったことを、アズマはずばりと踏みこんだ。

 リゥとしても興味津々な話題なので、ここは黙って見守ることにした。


 ジャックはそう言われ、一瞬キョトンとしたが、アゴに手を当て難しそうな顔をして考えはじめた。



「んー。好きか、嫌いか。と言われたら、少なくとも嫌いじゃないな」


「へー」



「あれほど罵られているというのにか?」

 その答えは、リゥにとっても意外だった。てっきり嫌い方向に傾いていると思っていたからだ。



「そりゃ、俺に対しては下僕になれとか、近寄るなとか言ってきたりもするけど、あいつ、根はいいヤツだからな


。俺にだけ厳しいだけで、それ以外にいいところも俺はたくさん知っているし、なんでも一生懸命だ。だから、な


かなか嫌う気にもなれない。そんなところか」


 返ってきた答えは、本当に意外だった。



 見ていないようで、実はカレンのことをよく知っている。やはり、長年一緒に過ごしてきた幼馴染であるのだろ


う。その積み重ねが、あれだけひどいあつかいをしてもカレンを嫌いにさせない絆があるのだ。

 もっとも、言葉の端々からあのあつかいさえなければ。というのがひしひしと伝わってくる。


 であるからリゥは、このことをあとできちんと伝えてやろうと心に留めるのだった。



(しかし、困った関係じゃな。いっそのことカレンを嫌っていれば、むこうも諦めがつくだろうに。本当に罪な男


じゃ)

 心の中で、苦笑する。



 もっとも、それで諦めるカレンではないと、リゥは知っているが。


 であるから、このジャックの言葉を聞き、リゥも少しホッとしていた。なにせ希望がまったくないわけではない


ことがわかったからだ。

 これは、カレンの前途を祈らざるを得ない。



(まあ、その前にあのあがり癖をどうにかせねば話にならんがな……)



 結局のところ、一番の問題はそれのようだ。


 緊張して興奮して言動がおかしくなる限り、カレンはジャックとともに歩ける未来はありえない。


 それは今までのことから考えても、実に困難な未来であった。



(ま、ワシも人のことは言えないか)



 そう思い、ちらりと隣を歩くアズマを見た。




「……サラさんはよ、平気かね?」

 アズマの首に手を回し、ぐりぐりと拳を押し付けていたジャックがぼそりと呟いた。


 ジャックの手をつかみ、ぽんぽんとギブアップしていたアズマも小さく笑う。



「大丈夫じゃないかな。なにせ本物の息子さんが声をかけ行ったんだから。そのためにさっさと逃げて追いこんだ


んでしょ?」


「それもそうか。そうだよな、そうじゃなきゃ俺が殴りこんで報酬をしっかりいただいてこないといけないしな」



「なら安心だね。じゃっくんに払う報酬ないもん」

「んだとー?」


 そう口げんかをしながら、二人はケラケラ笑う。


 ジャックに報酬を払う必要がないということはすなわち、サラは元気になるという意味だからだ。



 そんな仲のいい二人を見て、リゥも思わず口元が緩んだ。

 そうして見ているリゥの視線に気づいたのか、アズマがリゥへ微笑みを向けてきた。


 それだけでリゥの心は温かくなり、どこか幸せな気分になってしまった。

 彼女は、この胸に生まれた幸せな気持ちだけで十分だと思った。



 カレンの方は努力しだいでなんとでもなる可能性があるが、自分は違う。



 彼と自分とはまず、種が違う。生きる長さが違う。これは、大きな隔たりだった。



 今はまだいい。だが、十年、二十年先となれば、その差は大きくなる。



 なにより、彼には目的がある。これを終わらせないことには、彼は自分の方も見てはくれないだろう。彼女は、


そう確信していた。



(だから今は、これでいい)



 ほんの小さな幸せだが、好きな人と一緒にいられる。

 それだけで彼女の心はとても温かくなった。



 朝日が昇る。

 その光を背に受け、彼等の長く伸びた影が向かう西の方角へ長く伸びた。




 おしまい

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