第3話 ソイルの謎
「——ノ、ノルディ!!」
父ちゃんの野太い声が、眠っていた鼓膜を劈く。
「お、おい……静かにしろって……」
どうやら、ノルディという人物が家に入ってきたらしい。その人物は爽やかな青年のような声色。姿形を拝みたいのだが、ちょうど逆方向で寝ていたので見えない。寝返りを打つのもいいが、かなり深刻な雰囲気から俺が今動くのはマズイと判断した。
「——おぉ、すまない……それで、どうしたんだ……?」
「ちょっと外に出ようぜ……お前声デケェし……」
「あ、あぁ……」
不規則な足音が遠ざかり、キィー、と木の扉が開く音がする。そして、その扉が閉まる音がするや否や、思い切って俺は寝返りを打った。
薄く目を開けると2人の姿がない。それを確認すると完全に瞼を開き、ゆっくりと上体を起こした。至って平凡な日常に突如舞い降りたイベント。それを、RPG脳の俺が見逃すはずがない。大人の深刻そうな会話、そんなもの重大なイベントに決まっている。
アクアとスイルの寝息に耳を傾けながら、俺はゆっくりと布団から這い出た。そして、玄関の扉へ歩み寄る。玄関の扉を慎重に開けるも、キィー、という音は、どうしても鳴ってしまうらしい。俺は心の中で起きないでくれと願い、玄関をゆっくりと閉めた。
家を出ると父ちゃんとノルディの姿はどこにもなかった。しかし、俺の足は迷いもせずに動き出す。重要な会話をするロケーションはあそこしかない。そう思い
、俺は龍神ノ川へと向かった。
龍神ノ川とは、龍神村の中心を一刀両断するように流れる川である。俺が住む家は、村の中央近くにあるため徒歩5分ほどで龍神ノ川へと辿り着く。そして、そこには大きな岩がある。これまで父ちゃんと、その大きな岩の上で横並びに座りながら親子として、時には男としての話をよくしていたのだ。この小さな村の中で、父ちゃんが会話をする場所といえば、もはやここしかないだろう。
龍神ノ川へ到着すると、案の定大きな岩の上に2人の姿を確認した。ノルディという人物の後ろ姿は、父ちゃんと並ぶとかなり華奢に見えた。髪型や顔は、ノルディが身に纏っている夜空に溶け込むような漆黒のフード付きマントが隠していてよく見えない。
見つかるとマズイがこの重大なイベントである会話は聞きたい。俺はすぐ近くの岩陰に身を隠し、会話を盗み聞くことにした。
「——ロルドが殺された」
ノルディが呟く。
「ロルド? 確か『探偵』ってのをしていたノルディの親友だったよな?」
「あぁ……」
「殺されたって、誰に殺されたんだよ……?」
「ルクスだ……」
「——えぇ⁉︎」
父ちゃんの野太く質量の大きい驚嘆が村全体を駆け巡る。その驚き様から、ルクスが父ちゃんの知り合いだと予測できるが、あいにく俺には見当が付かない。なぜなら、この村に『ルクス』という名の人物は存在しないからだ。そして、『ルクス』に殺された『ロルド』という人物も同様にさっぱり分からない。
ノルディは、父ちゃんを肘で小突きながら「おい、声がデケェよ……!」と父ちゃんに忠告する。
「す、すまん。でもなんで、ルクスの奴が……?」
「俺にもよく分からないんだけど、一つ分かるのがルクスが俺たちを狙っていることだ」
「俺たち? 殺されたのはロルドだろ? ノルディを狙っているならまだ分かるが、なぜ俺まで狙っているんだ?」
「ロルドは俺に変装している間に殺されたんだよ。ルクスのやつは俺だと思ってロルドを殺した。」
「で、でもなんで……」
「あくまで俺の推理だがアイツは、『ブテル』を殺した証拠を揉み消そうとしている」
心臓の鼓動が聞こえる。バレないように隠れることが、これほどまでに緊張するものだと実感する。そして、見当も付かない名前たちに俺の頭は混乱していた。
「——ねぇ、君。ここで何してんの?」
「うわぁぁ‼︎」
突如、呼び掛けられて思わず声が飛び出してしまった。目の前には、フードの男。
「な、なんだ? マ、マオか?」
さすが、父ちゃんである。俺の驚いた声を聞いただけで息子だとバレてしまった。たまたま来ちゃった、てへっと言わんばかりに頭を掻きながら、岩陰から身体を晒し「ご、ごめん父ちゃん……」と呟いた。
「なんだ、お前の息子か?ソイル」と目の前にいるフードの男は、俺を指差しながら父ちゃんへ問いかける。
「あぁ、俺の息子だ。ていうか、こんなとこでスキルなんか使うんじゃねぇーよ、ノルディ」
父ちゃんはノルディを見て眉をひそめている。その様から、長年の付き合いであることが窺える。
目の前にいるフードの男は、目がフードで隠れて見えないが、月のように色白の肌と鼻先がツンと尖っている。この顔ついさっき見たよな、と思い目の前のフードの男とノルディを何往復も見つめる。
そんな俺をノルディは揶揄うようにケラケラ笑いながら「双子だよっ」と言った。
しかし、さっきの父ちゃんの発言からすぐに俺はこの現象がノルディのスキルによるものだと理解した。
「双子じゃなくて、スキルでしょ?」
「お前親父と違って賢いな! 本当にソイル、お前の息子か?」
ノルディは父ちゃんに向かって、まるで俺と父ちゃんが親子として似合わないかのように俺たちの関係性を探っている。
「あぁ、俺の子供だ。マオは俺と違ってめちゃくちゃ賢いんだ」
「ふーん、そうかいそうかい」
父ちゃんが当然のように、子供として認めてくれたことに心がじんわりと温かくなる。それにしても、このノルディって人は、意地悪だ。いや、厳密には鋭い洞察力を持っている。
「そんじゃあ、そろそろ俺は帰るぜ」
「おい、ノルディ。これからどうすんだよ?」
「探偵が殺されて、少し悲しいが俺は怪盗だ。変装でもしながら、『アルビオン』の影となるさ。あと……相手しなくちゃならない奴が1人いるんだ」
「そ、そうか……気をつけろよ」
「ルクスにとっては俺はもう死んだことになってんだ、次はお前かもしれねぇーぞソイル」
「俺なら大丈夫だ! 殺しに来るなら正々堂々受けて立つ! これまで、ルクスには負けたことないしな」
「勝ったこともねぇだろ。まぁ、いいや……そんじゃあな」
ノルディは踵を返し、手を振りながらスッと夜の影へと消えていった。ノルディのスキルで作り出された目の前のフードの男も気が付かない間に姿を消す。
「マオ、帰ろうぜ」
「あ、うん……」
父ちゃんは、俺の背中を押しながら家の方向へと導いた。なぜ、ここまで来たのかと問われることもなくただ真っ直ぐと家に帰った。
父ちゃんとノルディの会話で出てきた『ルクス』という人物は誰なのか、殺されたロルドとは誰なのか。そんな疑問が俺の頭を埋め尽くすが口から発するには、空気が重すぎた。
ふと、横を見ると父ちゃんの眉間に皺が集まり、目は鋭く狂気を孕んでいた。それは、俺が勇者の話をする時と同じ眼差しであった。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
ほんの一言の感想や、ブックマーク、評価など、小さな応援でも次の一歩を動かす大きな原動力になります。もしよろしければ、応援ボタンをポチッと押していただけると嬉しいです……!
また次の話でお会いしましょう。




