第1話「英雄は必ず帰ってくる」
喫茶店の窓から、建材を運ぶロボットたちを見た。それを見上げる子供たちは、感動を両手で表現し、何やら叫んでいる。きっと、もっと力強くとか速く動けとか、そういう無茶を言っているのだろう。
その姿が、昔の自分と重なった。
あの冒険から十年。良くなったことも、悪くなったこともある。
色々不安要素もあるが、全部ひっくるめて今の時代を評するなら、「それなりにやっている」ということだろう。
私はと言えば、クライアントのおごりでコーヒーと焼き菓子を楽しむ程度には、信頼と評価を頂戴している。昔を思えば過分な評価と言えるが、まだまだ満足はできない。作家たるもの常に精神はネクスト・ワンなのだ。
「重版おめでとうございます先生。壮行会は有名どころを貸し切りでやるそうですよ。これも処女作で大ヒットを飛ばした先生の実力が評価されてのこと。社長もご挨拶するのが楽しみだと申しております」
べつに出版社のどんちゃん騒ぎなど、仕事以上の興味はない。そして作家家業と言っても、結局偉いのはお金を持っている人なので、ご挨拶させられるのは私の方だ。
「それで、何の用だよ? 原稿の直しなら今朝一番の便で送っちまったぞ。呼び出されるならここに持ってきたんだが? あとコーヒーごちそうさん」
読者諸氏には、私の尊大な言葉に気分を害されたなら謝罪したい。彼とはデビュー前からのビジネスパートナーで、その助力には感謝してはいるが、馴れ合いからこんなやりとりになる。
編集者はいつも通り気にした様子はなく、上機嫌で話を始めた。社長の件は嘘八百でも、私のおかげで景気がいい、というのもまんざら嘘でもない。……のかもしれない。
「最近では作品だけでなく先生を追いかける読者もいるほどでして。ぴしっとスーツを着こなした舞台役者さながらの作家が、甘いラブストーリーを書くというギャップがたまらないらしく。さらに拳銃の名手とくれば……」
「いいから、用件を言えよ」
別にモテたくてこの格好をしているわけではない。趣味嗜好で伊達男を気取っているだけなのだ。あと甘いラブストーリーなど書いた覚えはない。
「そうは言っても、悪い気はしていませんよね?」
図星を突かれて、私は黙り込む。不機嫌を装って、目を逸らした。
自己紹介が遅れたが、私はカルロ・シューラーという。しがない冒険作家で、怪盗団の元リーダーである。怪盗団というのは何の冗談か? というと、じきに分かるのでもう少しお付き合いいただきたい。
「いえね、わたくしめは二作目のヒットも確信してますが、さっそく三作目の構想を、と思いましてね」
「んなこと言っても、来月から取材で新大陸つってるだろ? 今プロット出したら取材の意味がねぇだろ?」
冒険小説家は、冒険の記録を伝える仕事。冒険してなんぼなのだ。小説だけ極めたいのなら、一部の作家のように専業の冒険者から体験談を買うのも否定しない。
だがそれでは追いつけない理想が、私にはあるのだ。
「まあまあ、インスピレーションになるような話を持ってきましてね」
「また与太話か」
私は露骨にため息をついて見せたが、態度ほど不快に感じてはいない。むしろありがたく思ってもいる。彼の与太話は、情報としての価値は皆無だが、それなりに興味を引かれる。つまり作家好みの嘘っぱちなのだ。
「実は、今年の大賞、もう結果が出てましてね。満場一致で無名の新人が取ったのですが。とても面白い方でして」
「ふぅん」
私は興味なさげにコーヒーを味わう。実際興味がない。小説家の名刺は小説。まず読んでない本に面白いもつまらないも無いのである。
ふとノスタルジーを感じた。あの日々は自分の中でちゃんと完結していて、戻りたいとか、そういう感情は持っていないつもりだ。しかし当時の気持ちは戻らなくても、それを大切にする心は一生無くなることはない。
「何というか、いわゆるイケオジなんですよ。編集者は先生と並べて写真撮らせたいと言ってまして」
「お断りだ」
感慨は中止され、私は現実に引き戻された。冗談ではない。イケオジなどといった人種は、大抵がうさん臭いのだ。そういうのであれば、少々だらしない方がまだ好感が持てるというものである。
「でしょうね。そう言っときました。彼も冒険作家なのですが、先生と作風というか、根っこが似てる感じがしましてね。かなりシビアな話を書くのですが、ユーモアセンスが良くて悲惨さを感じさせないのですよ。そしてキャラクター、ぶっちゃけ乙女チックです」
「俺は乙女チックなんて作風じゃねぇよ」
断っておくが、私の作品は正統派の冒険活劇だ。恋に恋する少女は専門外である。
「それで、ホッターマルンに地下神殿があるでしょう? 彼はそこを踏破したと主張しているのですが、その描写が大変緻密でして。持ち帰った発掘品も貴重なものばかりだそうで、どうやら事実ではないかと」
「そういうのは戦利品の鑑定が済んでから主張するもんだろ。今言っても盛ってるとしか感じねぇ」
まあ、今度の与太話もそれなりには楽しめたかな。私はカップの底に残ったコーヒーを揺らして香りを楽しみ、口をつけようとして――。
「その方、義足なんですよ」
――手が止まった。
「……そいつ、名前は?」
「義足」という単語に食いついたと見るや、編集者がしてやったりと笑った。この男に過去は話していないが、私は腹芸が得意なわけではない。どこかで察して調べたのだろう。
「騒ぐつもりはありませんよ。証拠はありませんから私が恥をかくだけです。そんなものより、私は自分が読みたい本があるのです。あのブレイブ・ラビッツのリーダーが自伝を書いたらどんなにか面白いかと」
「……知ってたのか?」
「ええ、まあ」
かなりまずい状況な気がするが、この時の私はそれどころではなかった。約束の日がついにやってきたことを思えば、自分の素性がどうとか、正直どうでもいいことであった。
「こいつ、今どこにいる?」
冒険以外でドスの利いた声を出すのは、久しぶりだったかもしれない。それを編集者がどう受け止めたかは分からないが、とりあえず彼は、軽薄な仮面を外すことにしたようだ。
「シューラー先生。私は誓ってあなたの不利益になることはしません。それはビジネスでも、あなたへの思い入れでもありません。あなたの小説への思い入れです。それにあなたのような作家が、素晴らしいネタを持っているのに、それを書かないなんてできますかね?」
畳みかけるように言って、彼は最後に付け加えた。
「私は、それが読みたいんですよ」
彼は彼で、小説バカだったということだろう。しかしそこまで言い当てられると、もうぐうの音も出ない。私もずっと、本当のことを書きたかった。いや伝えたかった。素晴らしい仲間たちと、私に全てをくれたあの人。ずっと秘密にしていた。晒すのが怖かった。
でももし彼と会うことで、止まった時が再び動くのなら。
「話は後で聞く。いいから教えろ」
それが肯定であり、私が腹をくくった言葉だと察したのだろう。編集者は再びにやりと笑うと、「まいどあり」と癇に障る言葉と共に、名刺を差し出した。
心臓が高鳴る。間違いない。あの人だ。
「今彼は、打ち合わせで編集部ですよ。口の軽い詮索好きには、十分に気を付けてくださいね」
私は鞄を掴むと、ぞんざいな挨拶でカフェを飛び出した。視界の端で編集がにこやかに手を振っていた。
「あの野郎、いったい今まで何処を……!」
悪態と共に吐き出された息がはずむ。そして私は、タクシーを止めるという発想すら失っていることに気付く。大きく深呼吸した時、電話ボックスが目に入った。勢いよくドアを開け、震える手でコインを落とす。
『お電話ありがとうございます。モンズーン重工株式会社、第二工場総務です』
「第四設計部のカルヴィン主任を! 大至急!」
仕事柄、緊急連絡は慣れているのだろう。受付は取り乱す様子もなく淡々と返事をし、すぐに目的の人物の声に変わった。我が怪盗団の盟友にして、今もビジネスパートナーであるキャルことカルヴィン・ヘルトである。
『やあカルロ。心配しなくても相棒の整備は順調だよ。ちゃんと期日までには……』
「今はその話じゃねえ。お前何か知らないか!?」
流石の付き合いの長さで、彼は私の声色だけで全てを悟ったようだ。それでも陽気に、穏やかに。そして告げた。私にとって看過できない諸々の事実を。
『実はね。フリッツも姉さんもミナ先輩も、みんな知ってるよ。というかもう会ってる』
「はぁ!?」
なんだそれは、と怒鳴りつけようとして、電話ボックスの前で訝しげにこちらを見るご夫人を見て、咳払いする。
「どういうことだ? 何で俺だけ知らねぇんだよ?」
『僕もそう言ったんだけどね。先生が言うのさ。『再会する前に俺の本を読んで、色々判断して欲しい』って。こじらせてるよね。先生も君も。すごい作家バカ」
余計なお世話である。そもそもこの男も十二分にロボットバカだ。ブレイブ・ラビッツに馬鹿ではない者など、一人たりともいないのだ。
『そうそう。あの人まだ君が女の子だって気付いてないよ? のんびりしてると誰かに取られちゃうから、頑張ってね。ロッテ』
「その名前で呼ぶんじゃねえ!」
受話器を叩きつけるように置いて、私は春の往来に飛び出した。何事かと驚く街人たちをかき分け、私は走った。
私たちは世界の理不尽を敵に回して、夜の街を必死に駆け抜けた。あの懐かしくも危険にあふれた冒険の日々と、初恋の記憶。
私の心は十年前のあの日に向かう。最高の出会いは、最悪な一日から始まった。
新作公開です!
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第二章以降は、週一更新になります。
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