プロローグ
case1
東京都内の廃ビルの屋上にて一人の少女が空を眺めていた。空を見ても面白いものは一つもなかったが、揺れ動く心が雲と同期して落ち着くような気がしたらしい。
そんな少女に近づく人が居た。光学迷彩に身を包み、足音も出さずにスタスタと楽に歩いていた。少女の隣に足を運ぶと一つの封筒を何処からか取り出し、少女の横に置いた。少女は気づく前に、近づいた人はこのビルから去っていた。
少女は近づいた者が去った後に封筒の存在に気づいた。気づいた瞬間、少女はすぐに戦闘態勢に移り、辺りを見回したがすでに去った後なので意味はなかった。
少女は、居ないことを悟ると、ゆっくりと封筒をつまみ上げ、太陽のもとに照らした。しかし特に危険な物は匂いからも見た目からも感じられなかったので、少女はすぐに逃げられる体勢を取りながら、招待状と日本語で雑に書かれている封筒の中身を開けた。
中身に危険なものは入っていなかった。中身には1枚の紙が入っていた。そこには
『35.683778 139.754615』と書かれていた。少女は一瞬驚いた顔を浮かべ、すぐさま辺りを見回した。しかし何も見えない、少女は諦めてもう一度空を見た。
case2
ある青年が東京の地下鉄で歩いていた。青年は目的のホームに着くと地下鉄を数分待っていた。電車が到着し、人がホームに流れ込んでくる、その中に光学迷彩に身を包んだ何者かもいた。光学迷彩の者は青年のポケットに封筒を突っ込みそこを去っていった。
青年は何かを入れられたことにすぐ気づき、ポケットの中をまさぐると、まっさらな封筒が姿を表し、青年は辺りを見回した後、封筒を慎重に開けた。
封筒の中には1枚の紙が入っており、そこには『35.683778 139.754615』と書かれており、それを見た青年はすぐに封筒と紙をポケットの中にねじ込み、ホームから離れるため歩き出していた。
case3
ガタイの良い大男が地方都市を歩いていた。商店街は寂れており、所々シャッターが降りていた。大男はタバコを口に咥えながら、つまらなそうにあたりを眺めていた。大男の前に光学迷彩に身を包んだ者が歩いていた。大男は気づく様子もなく、通り過ぎていった。向こう側から歩いてきた人は大男のポケットに招待状と書かれた封筒をねじ込み、大男の下から去っていった。
光学迷彩に身を包んだ人が大男の見えない位置まで去っていった後、大男は封筒の存在に気づいた。大男は一瞬驚愕していたがすぐに落ち着きを取り戻し、辺りを慎重に見回した。
しかし辺りには人は一人も居なかった。大男は封筒をスマホのライトで照らし、危険物が入っていないことを確認してから、慎重に封筒を開封した。
中には1枚の紙が入っていた。そこには『35.683778 139.754615』と書かれている。大男は見た途端に気づいたようですぐに紙を手の中で粉々にすり潰した。
case4
ある洋風建築の民家で主婦が一人家事をしていた。家には彼女しか居ないようで、ただ一人幸せそうに皿洗いをしていたが、一つの呼び鈴によって皿洗いは中断せざるをおえなかった。
主婦は手を洗いタオルで手を拭くと、小走りでまずはインターホンに近づき、画面の中を覗き込んだ。主婦がいると思っていた何かしらの客人の姿はそこにはなく、綺麗に手入れをされた玄関のみが写っていた。
主婦は少しの間目を細め、何やら考えた後に玄関へ向かっていった。極力足音を立てないように歩いているにしても、その動きは普通の人よりかは早く、あっという間に玄関に到着した。
主婦はまずのぞき穴からあたりの様子を伺うが、人は誰ひとり見えない。その後に主婦は自然にゆっくりと扉を開けた。やはり外には人が居なく、人が居た証拠を示すものも何もない。
今日の朝には雨が振っていたので、本当に居たならば何処かに足跡があるはずだが、やはり痕跡は何一つもなかった。
主婦が何かないかと探してみると、玄関に封筒が置かれていることに気づいた。主婦が頭の中をめぐらしても今までに封筒が置かれた事実は思い出せなかった。
主婦は赤子でも扱うように封筒を手に取ると、太陽へと向けた。危険物が入っているとの想定もしていたが、そこには危険物のたぐいは入っていないように見えたらしい。
主婦は入っているものを刺激させないようにゆっくりと開いた。中には1枚の紙が入っており、紙には『35.683778 139.754615』と書かれていた。
それを見た主婦は少し驚いた顔を浮かべ、扉を少し強くバタンと締めた。
case5
車椅子の男がゆっくりと東京郊外にある道を進んでいた。男以外にもまばらに人がいるのはここがそこそこ大きい国道に面しているからだろう。
男の髪には白髪が混じり、シワと傷が顔に刻まれていた。その姿は戦争を経験したと思われるくらいだ。彼には足があったがその足は男が車椅子を動かすたびにブランブランと揺れ、男に指揮権がないのは見て取れるようであった。
男の目の前から光学迷彩に身を包んだ者が歩いてきた。男に5メートル3メートルと近づき最終的に男の下まで近づいた後、封筒をそっと膝に落とそうとした。
少しずつ落ちていき、そして膝まで届かんとした少しの間に、男は違和感を逃さなかった。光学迷彩の元へと手を伸ばしていき、掴もうとしたがそこには何者も居なかった。拳は虚空を掴み、最終的には手を握っているだけにとどまった。
男は違和感を覚えながら下を向くとそこにはそこには1枚の封筒が置かれていた。男には封筒に入っているものが想像ついたのだろうか、さほど危険とも思わずに封筒を手に取りビリビリっと封を開けるとそこには1枚の紙が入っていた。
男は折りたたまれた紙をバッと開くとそこには『35.683778 139.754615』と書かれていた。男は乱暴にポケットの中にねじ込むと、再び車椅子を動かし始めた。
case6
英国首都ロンドンにて少女が歩いていた。少女はコートを羽織り、帽子をしていた。
少女は一つの店の前に立つと、英語で会話をしていたが、途中店主が中国人ということが分かると、少女は中国語で喋り始めた。
翻訳すると
「おい嬢ちゃん、あんたチャイニーズだったのか」
「そうよ、逆に何だと思ってたの」
「いやあ、顔立ちがドイツのぽかったからな」
「そういえばそうだった」
「ふつう顔を忘れるか?まあいい、で何のようだったか」
「ここの943号室に用があって」
「そうか⋯、ほら合鍵だ」
「大丈夫、合鍵はいらないわ」
ここで彼らの話は終わった。
そして店の横のドアへ入っていこうとするものに、近付く人間が居た。人間は光学迷彩に身を包んでおり、誰にも気づかれることなく少女のもとに近付くとバッグに自然と押し込み、去っていった。
少女は感覚で気づき、後ろを振り向いても光学迷彩を見破れるわけがなかった。少女はほんの僅かの違和感を抱きながら、バッグに押し込まれた封筒の存在に気づいた。
少女はすさまずさっきの店主の方を振り向き、店主を睨んだが、店主はぽかんとした顔を少女に見せるのみで、少女の長年の勘からも店主が怪しいとは思えなかったようで少女はゆっくりと通りを見回し、封筒を太陽にかざしてみせた。
しかし封筒の中に怪しいものは見えず、少女はできる限り慎重に封を開け、中にあった紙を1枚取り出してみせた。少女は紙にある文字を丁寧に読み取ると、そこには『35.683778 139.754615』と記されていた。
少女は少し嫌悪感を持った眼差しで紙を見つめ、原型が無くなるほどに紙を切り裂き、店の中のドアをバタンと締め、何処かに向けて電話を掛けるのだった。
case7 7 7 7 7 7 7⋯⋯
日本国東京都甲伊市
一人の男が市の小道を歩いていた。そこには日が入っておらず、ジメジメとした雰囲気が漂っていた。男の服装は着物で髪はボサボサだがその髪は作り物のように思えた。
そしてそんな男の前に光学迷彩を纏った人が歩いてきた。10メートル、5メートルと近づいた時、男は虚空に向けて語りかけた。
「それは米国型だろう?知っているさ私も、なんだって密偵の端くれなのだからな。しかし貴殿、日本人とお見受けした。貴殿のような逸材、日本が取り逃すわけない。と考えると、日本とアメリカが組んだか。何がしたいのかは分からないが、手短に進めてくれると助かるのだが」
そして光学迷彩を纏った人は口を開けた。
「いやはや、さすがは忍者を継ぐもの。さすがに幼少期からスパイをやっているお方には負けるな」
その声は40代くらいの男の声であった。光学迷彩に身を包んだ男は何処からか紙を取り出すと、男に近づき、見えない手を男に向けた。
「中身は私も知らない。私は君たちと違ってこの任務への適性がないんだろう。私も貰う側でありたかったが⋯さあ受け取れ、日本政府からの招待状だ」
男は受け取ると、光学迷彩を纏っている男に向け喋った。
「案外、これを貰わんほうが長生きできるかもしれんぞ」
そして男は別れを口にした。
「もう会うことはないだろう、しかし私と君を仏様が引き合わせてくれることを願うとしよう」
光学迷彩に身を包んだ男は、男の後ろをゆっくりと歩きながら「さらばっ」と口にするのだった。
そして男は周りに人が居ないことを確認した後、封筒を開けた。紙を1枚取り出し、さっと流し見した。
そこには『35.683778 139.754615』と書かれていた。男は少し止まった後、すこし口角を上げてみせた。
「これは⋯面白い」
case8−2
ロシアシベリア上空
一人の額に傷を負った、堅実そうな男がロンドン発東京着の飛行機に乗車していた。男が座っていたのはファーストクラスの座席で、そこに近付く女の姿があった。
女は風邪というわけでもないのにマスクをしており、サングラスもかけているので顔は全く掴めなかった。女がここに来れるということは彼女もまたここに乗れるほどに金を持て余しており、そのスーツの着こなし方からそうとう身分が高いのだろう。
かくいう男もまたここに乗れるほどの財力があり、そのスーツの着こなしはとても美しいことが分かる。
女は男に近付くと、何やら小声で男に喋りかけ紙を1枚置くと、何事もなかったかのように自然なステップで立ち去っていった。
男が紙を見るとそこには『35.683778 139.754615』と柔らかい印象を与える筆跡で記されていた。男はさほど疑問を感じてはいないようで、さも当然かのように紙を見つめそして財布の中にしまうのだった。




