第1話 入学
ガタン、ゴトン――。
八頭の精霊馬に牽かれた列車が線路の上を駆け抜けていく。
周囲では星月学の制服を着た生徒たちが興奮した様子で話し込んでいて、その騒がしさが無理やり俺を夢の世界から現実へと引き戻した。
リア充どもめ。
こっちは連中みたいに有り余る元気なんて持ち合わせていない。
つい数時間前まで、臨滄都でマフィアの摘発任務に駆り出されていたのだ。
残っている体力なんて、隅っこで丸くなって仮眠を取る程度しかない。
わざわざ一番静かな車両を選んだというのに。
「ねえ、君も星月学の生徒?」
声を掛けられて顔を上げる。
そこには橙色のショートヘアを揺らした元気そうな少女が立っていた。
視線が自然と彼女へ向く。
左胸には《星と月の下の白亜の塔》――星月学の校章。
右胸には夜空を背景にした白いテンの紋章――星月国の貴族家の家紋だ。
どういうわけか、こういう明るい性格の人間は、一人でいる人間を放っておかない。
「はじめまして! 感知魔法学科二年の羽衣です!」
そう言って彼女は気持ちよく手を差し出した。
「どうも。遺跡考古学科一年の宇です」
眠気を押し殺しながら握手に応じる。
二十歳。
元・秘密裁判所行動隊員。
もちろん、そんなことは口が裂けても言わないが。
「私は学生会の新入生案内担当なんです。何か困ったことがあったら気軽に聞いてくださいね!」
「ありがとうございます」
握手を終えようとした、その瞬間だった。
不快な魔力探知が俺の身体を撫でるように走った。
反射的に逆探知を試みる。
だが対象を特定するより早く、羽衣がこちらの異変に気付いた。
「アンナ!」
彼女は勢いよく振り返り、後ろにいた小柄な青髪の少女を睨んだ。
「だから勝手に人を探知しちゃダメって言ったでしょ!」
アンナと呼ばれた少女は肩をすくめる。
反省しているようには見えなかった。
「だってさー。この人ずっと隅っこでコソコソしてたし、絶対怪しいこと考えてるよ!」
ゴッ。
最後まで言い切る前に、羽衣のチョップが炸裂した。
「いたっ!」
「すみません。この子、学生会の風紀部なんです。秩序維持担当なので少し敏感で……」
「いえ、気にしてませんから」
俺は慌てて手を振った。
羽衣は苦笑しながらアンナの首根っこを掴む。
「じゃあ、ゆっくり休んでくださいね。もうすぐ学院ですから」
二人は次の車両へ向かっていった。
すぐに周囲の生徒たちが集まり、質問攻めにしている。
かなり人気者らしい。
その背中を見送りながら、ふと考える。
……なんだろう。
あの二人、妙に出来すぎていた気がする。
だが俺はすぐ首を振った。
もうエージェントじゃない。
これからはただの学生だ。
昔の職業病まで学院に持ち込むつもりはない。
どうか入学前から面倒事に巻き込まれませんように。
そう願った直後だった。
「わああっ!」
車両の反対側から歓声が上がる。
乗客たちの視線を追って窓の外を見る。
そこには純白の巨大建築がそびえ立っていた。
二本の白亜の尖塔が空へ突き刺さるように伸び、その下には広大な箱庭都市が広がっている。
象牙のような乳白色の外壁。
陽光を受けて淡く輝く姿は、まるで神殿のようだった。
あれが星月学大講堂。
俺たちの目的地だ。
学院を中心に発展した商店街には制服姿の学生たちが行き交い、列車を眺めている。
なんだか動物園に運ばれてきたサルにでもなった気分だ。
そんな自虐をしていた時――
再び魔力が流れた。
今度はほんの一瞬。
あまりにも自然だった。
まるで蜻蛉が水面をかすめるように。
探知は完了し、俺が反応する頃には痕跡すら残っていない。
……上手い。
俺は何事もなかったように窓の外を眺め続ける。
そして相手の魔力の特徴だけを静かに記憶した。
普通なら、この程度の接触で得られる情報などほとんどない。
だが今の探知は違った。
一瞬でこちらを見透かしながら、痕跡すら残さない。
そんな探知方法は見たことがない。
自然と警戒心が高まる。
脳裏に先ほどの羽衣とアンナのやり取りがよぎった。
もちろん証拠はない。
考えすぎかもしれない。
まるで二人が何かを警戒していたようにも思える。
もし列車内に、乗客全員へ魔力探知をかけ続けている人物がいるのだとしたら。
辻褄は合う。
とはいえ、この状況で、
「誰だ! 俺を覗いているのは!」
などと叫べば、日記を盗み見られた女子中学生みたいだ。
そもそも魔力探知自体は失礼なだけで、犯罪というほどでもない。
だから俺は待つことにした。
もし次に探知してきたら、その時こそ逆探知で尻尾を掴む。
結局のところ、
列車が駅へ到着するまで、その相手が再び姿を現すことはなかった。




