第四十話 白いアジサイの中で
大きな公園の中、手をつなぎながら、木漏れ日の中を歩いた。
彼女が「晴れてよかったね」と言って、僕は「ああ」と答えた。
白いドーム状の花が集まって咲いている場所に出た。
視界いっぱい、白と緑に満たされている。
息をのむような美しさだった。
「きれい……」
「ああ、優雅だな。アナベルっていう種だ。白とグリーンの花をつける、アジサイの一種だよ」
「白くて、美しくて、みるからに純粋で、私には似合わない場所ね。迷わないうちに、二人のところに戻ろうか」
そうして反対に歩き出そうとした彼女の腕を、僕は掴んだ。
「待って」
「……なに?」
「似合わないなんて、嘘だ。美してかわいいじゃないか」
真っ白の花を背負った彼女は、赤くなっていた。
「な、なによ急に」
「まだそう思えないなら、君がきれいでいられるように、僕ががんばるから……」
彼女は黙ったままだった。僕の言葉を待ってくれている。
僕は一つ深呼吸を挟んで、彼女の目を見つめた。
「僕は、君に逢えてよかった。だ、だから、えっと、そのぉ。つまり……」
なんと言おうか、考えていなかった。そもそも、ここで交際を申し込むなんて計画は無かった。
懸命に頭を働かせて、出てきた言葉は、
「一生、めぐると一緒がいいなと思うんだ」
言ってしまった。どう思われただろう。
彼女は、無言だった。
何の言葉も返さない。
時間が遅く流れているんじゃないかと思えてくる。
もしかして伝わっていないのか。
はっきり言ったつもりだったけど、もっともっとシンプルなほうが良かったのだろうか。
だけど、もう撤回することはできない。
今の僕には、待つことしかできない。
やがて、彼女は口を開いた。
「あのね、あゆむくん」
「は、はい」
「それは、段階を飛ばし過ぎてると思うわ」
批判的だ。
断られている? そんなはずは……。
だめだ、頭がうまく動かない。
「だ、段階って何だよ。『付き合ってほしい』って言ってるんだが」
すると、彼女は僕に背を向けてしまった。
「あゆむくん。さっきのは答えだったんだけど伝わってないかしら」
「なんとなくは……」
言葉としては「いいよ」という返事なのかもしれない。それはぎりぎり感じ取れてはいる。
でも、彼女の表情や態度を見ると、不安になる。
どっちなんだろう。いいのか悪いのか、イヤなのか嬉しいのか。
素直な気持ちが見たいんだ。だから僕は求める。
「もっとはっきりと答えてくれなきゃ――」
言いかけた時だ。
彼女は勢いよく振り返った。かと思ったら、美しい顔が迫ってきて。
浅川めぐるの唇が、僕の口をふさいだ。
やわらかく、あたたかい。
どれくらいの時間そうしていたのか、わからなかった。時が飛んだような感覚だったから。
周りも真っ白な花ばかりだけど、僕の頭はもっと真っ白だったと思う。
彼女が離れたことに気付いたときに、「あっ、ええっ?」と情けない声を出すことしかできなかった。
これでは混乱がまるわかりだ。
彼女はしばらく僕を見つめてから離れると、また後ろを向いて伸びをしながら、
「さっきから、こうしてやろうと思ってたんだ。あーすっきりした!」
そう言うと、顔だけを僕のほうに向けて、「さ、戻りましょ」と輝く笑顔を見せた。
――戻る?
そんなの無理だ。
「もう戻れない。愛してる」
「な、何言ってんの。いいから行くよ」
僕たちはなんとなく距離を保ったまま、きらりちゃんとさやかちゃんのところに戻った。
姉妹は、僕たち二人の態度をみて、何かを察したようだった。一度姉妹でお手洗いに行くと言って消えた後、戻った時にはいつも通りの二人だった。
そのあとは四人で公園を見て回って、たくさんの写真を撮って、帰った。
なかでも四人で色とりどりのアジサイの前で撮った写真は、とてもよく撮れていた。
★
謎のオブジェと集合写真。これで材料が揃った。
未来に僕らの部屋の扉を叩く者のために、僕は置き土産を残しておこう。
謎を作ろう。
そのための作業をしようと思っていたのだが、扉をあけると、めぐるがいた。部屋の奥、キャスターつきの椅子に座って僕を待っていた。
「あゆむくん」
「あれ、集合は喫茶店だけど……」
「集合時間が遅めだから、集まる前に一人で何かする気だなって思って」
「さすがのひとこと」
「見てていい?」
「大した作業じゃないけどな」
「うん。邪魔しないから」
「いや、一緒にやろう」
学校にくる前に、僕は家電屋で写真を印刷していた。アジサイの中で撮った僕ら四人の集合写真だ。
四人は思い思いのポーズをとっている。僕と浅川は普通の感じだけど、丘野下姉妹は大きな動きのあるポーズだ。
めぐるにペンを渡し、その写真の裏に、図書室にある一生読まれなさそうな本の書名を記してもらった。
僕たちは、その図書室の本の中に、意味深なオブジェの場所の地図をこっそり忍ばせた。
「宝探しゲームだね」
「そうだ。楽しみだろ。いつか、部室棟のあの部屋に入った誰かが、僕らの仕掛けを見つけて、『意味わからん』って叫びながら頭を抱えるのを想像すると」
「誰かに見つけてもらうまで、あの塔が残っていればいいわね」
「おいおい……」
「そもそも、この部――じゃなくて同好会も、存続してるか怪しいものよ」
「めぐる。なんでそんな意地の悪いことをいうんだよ」
「なんでだと思う?」
そうして彼女はフフフと笑ってみせた。
謎だ。
こういう謎は、きっとこのさき無限に発生していくんだろうな。
けれども、きっとたくさんの謎にはたくさんの答えがある。
そういうものも楽しみながら、僕らは活動を続けていく。




