第三十九話 アジサイを目指して
謎のオブジェ大作だったから、制作にはそれなりに時間がかかり、桜前線はこの国からすでに離れていた。
六月。というわけで桜の代わりの花を目指す。
電車の中で、浅川めぐるは不満げだった。
「あゆむくん。なんで休日まで制服を着なきゃならないの?」
その質問には、答えは一つだ。
「ひとことで言うと、未来の後輩をだますためさ!」
「そんなひどい目的のため? 自己満足の悪だくみに私たちを巻き込まないでよ」
いや、同好会の未来のためなんだけどな。
僕が丁寧に説明しようと思ったときに、金色に輝く髪が、浅川の横からフォローを入れてくれた。
「でもあたしは、久々のこの制服を着られて、うれしいですよ」
「あたしも」と反対側の茶色い髪が頷いた。
「ありがとう。さやかちゃん、きらりちゃん。やさしいね」
僕が言ったとき、浅川は金色の髪をにらみつけていた。
「おい、後輩をにらむな。僕が悪かったから」
しかし、金髪少女も応戦する気満々だ。二人が互いの視線をぶつけまくっている。
「きらりちゃんも、相手にしないで」
僕が言ったとき、金髪少女は浅川から視線を外し、僕を見たまま立ち上がった。
「あたし、帰ろうかな」
「え、どうしたの、急に」
僕は戸惑ってしまった。
さらに、もう一人、茶色い髪の子までが、「そうだね、あたしも帰ろうかな」などと言い出した。
それを見て、浅川めぐるはフフッと笑った。
「そんなに私と二人きりになりたいんだ。あゆむくんの策士め」
「策士って、なんで……」
何が何だか、わからないんだが。
やがて金髪少女が、
「さやかですよ、あゆむ先輩。さっき、きらりって言いました。名前間違えるとか、最低です」
ああ、そうか。
「言い間違えてしまった。ごめん、さやかちゃん。きらりちゃん。気を付けるよ」
すると、さやかちゃんが、
「じゃあ、お詫びに、こんど二人でお出かけしてください。あまーい時間を過ごしま――」
と言おうとしたとき、浅川が割って入った。
「だめ。行くときは、私も行くからね」
「やだなぁ、めぐる先輩、冗談ですよォ」
さやかちゃんが手を広げるジェスチャーをしてみせたとき、激しいブレーキ音とともに電車が揺れた。
ぐらりと倒れそうになったさやかちゃんを僕が抱きかかえた。
揺れはすぐに収まったので、そのまま離せばよかったのだが、ぎゅっと強く抱きしめられて、僕は身動きをとれなかった。
浅川からの視線が痛い。
「さ、さやかちゃん。離れてもらわないと」
「事故ですから、しかたないんですよ」
そのわりにはだいぶ余裕のある声色だ。
僕としても許されるなら、以前よりもちょっとグラマーになった彼女の感触を味わうのも悪くない。などと考えていると、
「感触はいかがかしら」
浅川めぐるは僕の思考などお見通しなのだった。
「あとで、おぼえてなさいね」
おそろしい。
やがて、きらりちゃんの手で、さやかちゃんは引きはがされた。
「さやか、人のものをとるのはダメだよ。ちゃんとめぐるちゃんに謝って」
しかし、さやかちゃんが謝罪を口にする前に、浅川は言うのだ。
「安心して。さやかには何もしないから」
誰に何をするつもりなのだろう……。
★
電車を降りて、すこし歩き、大きな公園に来た。
目指すのは、アジサイ。
紫、ピンク、青、色とりどりだ。見ごろだというネットの情報は間違っていなかった。最高だ。
浅川めぐるは笑顔を見せてしゃがみこみ、アジサイの花をのぞきこんでいた。
機嫌が直ったのだろうか。
「きれいだな」
僕が声をかけると、花のほうを向いたまま、
「土壌の性質によって色が変わるのよね。場面によって調子のいいことを言う優柔不断な誰かみたい」
全然機嫌は悪いままだった。
「僕が悪かったって。せっかく来たんだから、素直に楽しまないか?」
「『君のこと、必ず守るよ』だったっけ? クリスマスイブに、さやかに言った言葉って」
「あれは、あの場のいきおいで」
「さっきだって、さやかからすぐに離れられたんじゃないの?」
「ごめんって」
「あゆむくんのこと、私、信じていいのかな」
「当たり前だろ。信じてほしい。僕の気持ちに嘘はないこと」
浅川は立ち上がった。
周囲を見回すと、きらりちゃんとさやかちゃんは、二人で小さな植木鉢のアジサイたちを眺めながら感想を言いあっていた。品種改良がさかんで、いろいろな種類があるようだ。
「歩こうか」
僕が言って、
「うん」
彼女は頷いた。




