第二十四話 大道あゆむの幽霊看板企画
秋も深まってきて、だんだんと夏服を着る生徒の数も減って来た。ギャル先生だけは、相変わらずの薄着で男子生徒たちに救いを与えようとしていたけれど。
さて、もう夏は終わったというのに、僕らは夏みたいなことをしていた。
『幽霊がでます。呪』
そう書かれた看板を見つけた。木の板に、いい墨をつかって、文字が踊っている。力強く豪快な筆づかいが特徴的な字にみえた。いるとしたら奇抜な書家の霊だろうか、なんて考えて、僕は小さく笑った。
まちはずれの廃屋。割れた窓ガラスが散乱し、スプレーの落書きがあちこちに残されているような、よく知らなければ危険さえ感じるような場所だ。
「あゆむ先輩、本当に行くんですか?」
きらりちゃんは、わかりやすく怖がっていた。わかりやすく怖がりすぎて、逆に演技なんじゃないかと思えるくらい、怖がっていた。
けれども、大丈夫。
僕には確信があった。これは幽霊のしわざではない。
僕は、同好会の長らしく、まちあるきの定番コースをいくつも持っている。今回、久しぶりに通った道に異変があったから、みんなで来ることにしたのだ。
要するに、幽霊看板は、最近までなかった。そして、周辺の落書きやごみは増えていない。
さらに、この土地や建物の持ち主にきいても、看板に思い当たることはないとのことである。敷地の入り口に仕掛けられた監視カメラにも、面白がって観光に来る僕らのような数名の物好きや、枝をもって探検をする子供たちなどの出入りが確認されたものの、看板を運び入れた者はいないそうだ。
だとしたら、中で何者かが組み立て、文字を書いたということになる。
誰かが置いたとして、どういう意図があるのだろう。
その謎を考えるのが、僕らまちあるき同好会の活動なのである。
いったい、どんな謎が増えるのだろう。
今回は許可もとってある。
廃屋に足を踏み入れ、進んでいく。
ちなみに、事前に許可をとったり、安全を確認しているのを他の二人は知らない。僕だけが知っている。
ちょっとした肝試しを僕は仕掛けているのだ。
なぜ二人に言わなかったのかって?
決まっている。きらりちゃんには純粋にドキドキを楽しんでもらいたいのと、何より浅川のこわがっている姿を見たいからだ。
僕らは、それぞれ持った懐中電灯のあかりを頼りに、奥に進んでいった。
浅川は、怖がっていない様子だった。
「いそうにないわね、幽霊」と浅川。
「でも、幽霊がいるとか話題に出しただけで、本当に出てくるって言いますし、わあああ、取りつかれちゃったらどうしよう、あゆむ先輩!」
きらりちゃんは僕の腕を抱きしめていた。
浅川のほうをみると、特に気にしていないようだった。
おかしいな、思ってたのと違う。
きらりちゃんは、わりと本気でこわがっているようだし、浅川は平然としている。なんなら、浅川が先頭を歩いたりしている。
奥に進むと、不自然に木の板が積み上げられている場所が多くあった。
やけに整備された通路もあって、小さな丸いものがたくさん落ちていて、手に取ってみると、まだ新しいようだった。
「プラスチックの弾だな」
やはり、人の出入りがあるようだ。
さらに奥に進んでみると、木の板を積み上げられてつくられた、バリケードらしきものがあった。
そこには、看板があった。薄い木の板に、墨で書かれた文字は、豪快だった。
『ひみつきち』
その看板について、僕が浅川に話しかけようとした時だった。
「やべっ、大人だ!」
子供の声がした。
声の方に振り返ると、小学生が四人か五人いた。
そのうちの一人は、浅川を見て、「逃げろ!」と号令をかけ、方々に散っていった。
僕は「あ、おい!」と言いながら、一人を捕まえようとしたけれど、するりとかわされて、足音だけが遠ざかっていった。
話をきくこともできず、逃げられてしまった。
なんのことはない、この廃屋は、夏休み以降、地元の子供たちの秘密基地になっていたのだ。
大人に邪魔をされたくないから、廃屋の中の資材を使って、幽霊が出る、なんて看板を作ったんだろうな。
外に出ようとするときには、もう怖くないというのに、きらりちゃんが怖がり続けていた。僕はきらりちゃんを支えようとして、きらりちゃんを抱える姿勢になっていた。いつか浅川を運んだ時のような形だ。
「無事に戻ってこられましたね、先輩」
明るい場所に出たら、彼女はピタリと怖がらなくなり、明るくなった。えへへと笑うきらりちゃんの顔が、とても近くにあることがわかって、少しばかりドキッとさせられた。
僕は浅川の目を気にしながら、きらりちゃんを湿った地面におろした。
さて、今回の活動は、どうだったか。正直に言えば、失敗なのかなと思う。謎は増えるどころか解けてしまい、浅川の悲鳴もきけずじまいだ。
僕は「帰ろうか」と二人に言って、歩き出す。そうして数歩すすんだ時、浅川が急に、少し高い声を出した。
「もう、きらり、なあに?」
振り返ると、きらりちゃんと浅川の間には、距離があり、接触しているわけではない。
何か霊的な――
と思ったら、浅川の腕に、ほんの小さな蜘蛛が這っているのが見えた。
浅川は、自分の腕にいるそれを見つけるなり、
「キャ、イヤァアア!」
悲鳴をあげて、大きく腕を振った。
彼女のてのひらが、僕の頬に直撃した。
浅川の悲鳴を、僕はそのとき初めてきいたのだった。
その夜、電話があった。浅川からだ。初めての事だった。どういう電話なのかと僕は身構えた。
わざとではないとはいえ、殴ってアザをつくってしまったことを謝ろうとでもいうのだろうか。そんな必要ないのに。
通話を開始した。
「もしもし、浅川?」
電話の向こうの浅川は、しばらく黙っていて、呼吸音だけがきこえた。
「浅川?」
『大道くん。明日も活動あるの?』
「そのつもりだけど、どうかした?」
『いいえ』
切られた。
あまりにもわけがわからなさすぎる。もしかして、これを掛けてきたのは浅川の声を真似した幽霊だったのでは。そんな風に思うと、僕は電気を消すのがこわくなり、ろくに眠れなかったのだった。




