七章(終章)
七章
東京の景色は、鈴瀬に景色に対するイマジネーションを喚起した。鈴瀬は、卒論を書き始めた。《都市における公園の機能と配置:その哲学的性質》という題の、三万字程度の短い論文だった。宗教的な意味合いを薄め、哲学的な解釈を深めた。「そこにそれがあるのはどうしてか」という理屈より、「そこにそれがあるとどう感じるか」という身体的な解釈に着目した。
いかに我々が風景を無視していて、今、空間から搾り出せる意味が枯渇しているか。あるいは私たちが、どれだけありきたりな意味を、配置から抽出し、複雑さを回避しているか。
公共性というような政治用語を、鈴瀬はことさら嫌った。
もちろん、あれほど深く接続した錦糸公園が、どうしてもう自分のものではないのかと問うことはできない。
窓の外を見る。
書くという行為で、何かが変えられるのだろうか。東京の景色には、自分が今まで感じることのできなかった何かがあった。
見落としていたのではない。まるでモスキート音のように、少女時代には聴こえていた音が欠落すると同時に「音が聞こえないという音」が、聴こえるようになった。
世界から愛されたいという強い思いが、沸々と湧いてきた。
誰かとではなく、抽象的な何かと、一体になりたかった。
鈴瀬にはそれが、言葉という形で明確に突きつけられ、その何かの不在に、心を奪われた。抵抗ができなかった。
「私はもう中学生なんかじゃないのに」
掻きむしるような焦燥なんか、縁遠いはずだった。
ぼんやりと、不安を抱えながら、それでも生きることに、鈴瀬は同意していたつもりだった。
仮に答えが今見出せなくても、いつか、何かの結論を得られることは、十分に理解していた。
答えがないことには、もちろん悔しさを感じていた。
はたと気づいた。
「私はとうとう、文学を読むことで先取りしていた人生、予習で余していた分を使い切って、当たり前の、誰もが直面する問題に突き当たったみたいね」
もしかしたら読書さえしていなければ、もっと生きやすかったかもしれない。楽だったかもしれない。その分ほんのわずかでも外交的になって、サブスクなんかで映画を観ながら、自分の内面を固める代わりに、柔らかい心で、少しわかりやすく青春というものを楽しめたのかもしれない。
その可能性は、空想としての幾許かの価値がある。でも実質的には、犠牲になった青春を弔うには、得たものが多すぎた。理性は笑った。
嘘だ。そんなことはない。
本なんか読まなくて、受験なんかなくて、弟とずっと一緒にいられることの方が、よっぽど価値があった。
勉強したから、個人主義に深く落ち込み、実力主義的になって、守ってくれていたはずの家族なんかどうでも良くなってしまう。鈴瀬だけのことではない。おしなべて、それが子どもを大人にする方法だからだ。
卒論は、書き終えられると、推敲が重ねられた。
場所の哲学的感覚。人との思い出。体を縛る、土地に根ざした記憶。むず痒さや忌避、愛着や匂い。全て体が覚えている。
錦糸公園から遠く離れた京都で、故郷を再構成する。
それが、年少の時には見出せなかった、恣意的な故郷の意味づけだとしても。
まるでオープンワールドRPGを作り出すような箱庭の創造だった。くまなくくっきりと風景になる。
故郷に外があるのは、誰もが知っている。内側にある虐待や愛着が、くっきりと境界を見せつけてくる。空間に仕切りなんてないのに。
鈴瀬は公園を中心に、街を再構成する。
外部にいるからこそ、錦糸町がどういう街だったのか空想することができた。
これも弔いのようなものだ。
昔の自分がいた場所に、自分を埋め込むような埋葬。
自分の居場所だという、強い印象。記憶が眠る場所としての故郷を、自分にとっての古墳にする。それが卒論のメタテーマだった。
四回生になって、単位を取るのに忙しくして、しばらく読書をしていなかった。
読書しないならしないで生きていけるのか。内心笑った。何をこだわっていたのか。
余白は余白。わざわざ塗りつぶす必要なんかない。
「姉ねえは?」
「まだ京都よ」
「もうすぐ帰って来る?」
「そうね。そろそろ大学を卒業するわね」
「京都、遊び行きたい」
「お姉ちゃんの勉強の邪魔をしちゃダメよ」
「いい子にしている」
「いつか帰って来る。大丈夫。お姉ちゃん郁馬のこと大好きだもの」
子どもの内面の醸成に、しばらく時間がかかることを、鈴瀬の母親はよくわかっていた。
濾過した水一滴一滴を鈴瀬が大事にしていることを、よく理解していた。
母親はそれを自分の体験から引き出したのではなかった。鈴瀬のことをよく見ていたから、理解できたのだ。大して蓄えもないのに注いだ弟への愛情が枯渇するだろうことは、母親には容易に想像がついた。
鈴瀬の抱える器の色が、時に応じて変化することを、母親はきちんと気づいていた。
鈴瀬はイニシエーションに常に正対してきた。客観的には決まって矮小化される人生の儀式的なイベントに直面する時、鈴瀬が逃げることはなかった。
でも彼女は、だからといって、その姿勢に報われてきたかというと、もちろんそんなことはなかった。残念なことに、彼女が報われたと思うように評価してくれる人は、この世に一人もいなかった。
努力如きをもって評価するなんて、彼女に対しては失礼に当たると言っても過言ではないのだ。
大学の研究室に通うことも少なくなり、綾宮に心配されたのは一度ならずのこと。図書館に足を向けることも少なくなった。
でも、大学受験の時の投げやりな態度ではなかった。自分で決めたことだった。肯定的で、主体的な行為だ。積み上げた本の山を突き崩すのとは違う。
卒論を塚にして、土の下に本を埋めて、供養するのだ。
「私の人生に、何の意味も生み出さなかった時間」
そう墓碑銘を刻んで。
「おかえり」
家族は、卒業した鈴瀬を迎えた。
「ただいま」
「長い旅だったね」
母は言った。
「一度帰らないといけないと思ったから。もう二度と帰らないかもしれないし」
「それでもいいのよ」
「姉ねえ」
「ただいま、郁馬」
「マンガ、全部読んだよ」
「うん」
「一人でも読めるんだ」
「えらいぞ」
「両国を受けるのも、姉ねえと一緒だ」
「そう」
鈴瀬が弟との間に結んだ像は、腕の中に抱えて一緒にマンガを読んだ、不安定で未来の見えない時期特有の、何もないから震えた心の優しさの結晶だった。
「ごめんねも言わせてくれない。強くなったね」
弟は両腕をまっすぐに下ろして両手を強く握った。目を逸らして泣いた。
声を抑えて、涙をなすりつけるわけでもなく、立ち尽くして、ただ泣いた。
まるでそれが最後になることを感じ取っているように、深く感じ入って、姉をもうぎゅっと抱きしめることも許される年齢でないと、自制して。
鈴瀬は、その涙の意味がわかっても、共感を催すことはなかった。深い愛着を示すべきじゃない、つまり、弟の成長に敬意を持ち、それを阻害することのないようにと、理性が語っていたから。
冷酷とも言える鈴瀬の対応は、高潔の証だった。涙に洗われた視界に浮き上がる姉の顔は、美しく厳かだった。
「郁馬も、私のことを人に話す時、『姉は』という日が来るのね」
弟は慟哭した。堪えきれず、膝を屈し、泣き崩れた。
針のような雨が降っていた。まるで卒塔婆が地面を抉るような、激しい雨だった。
「雨よ。もう少し家にいたら?」
母は言った。
「もう行く。傘を借りてもいい?」
「お父さんには会っていかないの?」
「いい。特に話すことないし」
「卒業おめでとう。いつでも帰ってきていいから」
「ありがとう。お母さん」
傘をさすと、鈴瀬は空から見えなくなった。




