第6夜:十三日の過保護
ええ、どうも。怪談師の『忌部 骸』です。
……ふふ、そんなに怯えないでください。
私のこの「忌部 骸」という芸名、確かに少し悪趣味が過ぎるかもしれませんね。
でも安心してください。
戸籍上の名前は『佐藤 留吉』。
どこにでもいる、ただの枯れた年寄りですよ。
かつて復元納棺師として、損傷の激しい御遺体に義肢を縫い付けていた頃の私を知る人は、皆「留さんの手は魔法の手だ」なんて、皮肉まじりに褒めてくれたものです。
人間の体というのは、どこをどう切り離せば静かになるのか。
……それを知るには、少しばかり時間を要しましたがね。
さて、今宵は「13日の金曜日」にまつわる、少し粘り気のあるお話を。
不吉な13日の金曜日、夜道を歩く女性が襲われそうになると、どこからともなく現れる、ホッケーマスクを被った大男。
都内の企業に勤める香織さんが、その守護の対象となったのは、雨の降る深夜のことでした。
残業を終え、路地裏を急いでいた香織さんは、背後に忍び寄る足音に気づくのが遅すぎました。
振り返る間もなく、太い腕が彼女の首を絞め上げ、コンクリートの壁へと押し付けたのです。
「……ッ、離し……!」
「香織さん……ずっと、ずっとこうして触りたかったんだ……」
耳元で響いたのは、隣のデスクに座っていた同僚の男の声でした。
彼は香織のデスクから盗み出した誕生石の指輪を自分の指に嵌め、それを婚約の証だと思い込み、力ずくで彼女を奪おうとしたのです。
男が彼女の服を乱暴に引き裂こうとしたその瞬間――。
――ドシュッ、と。
背後から振り下ろされた中華包丁の平が、同僚の背骨を的な確に叩き割りました。
衝撃で壁から引き剥がされた男は、カエルのようにアスファルトへ這いつくばります。
脊髄を破壊された男は、もはや首から下をピクリとも動かすことができず、ただ泥水に顔を浸して喘いでいます。
男が激痛に絶叫を上げようと大きく口を開けた、その時でした。
大男は無造作に、自らのポケットから使い古され、汚れた雑巾を取り出すと、それを男の口内へ、喉の奥まで深く押し込みました。
男の悲鳴は、湿った布に吸い込まれ、ゴボゴボという溺れるような音へと変わります。
大男は一言も発さず、抵抗できない男の右手を踏みつけました。
そして、中華包丁の刃先を、男の中指の付け根に当てました。
「……ッ、ッゥ……!」
布を詰め込まれた口から漏れる嗚咽を無視し、大男は体重を乗せ、ゆっくりと刃を沈めていきます。
ミリミリ、という軟骨の潰れる音が雨音に混じります。
大男が求めていたのは、男の命ではありません。
男が盗み出し、汚れた中指に嵌めていた、香織さんの指輪だけでした。
彼は丁寧に指を切り離すと、指輪ごと中指を収穫し、血に濡れたそれを香織さんの足元に転がしました。
香織さんは声も出せず、震えながらその光景を見ていました。
すると男が、ゆっくりと香織さんを見つめました。
雨音の隙間から、マスクの奥の声が聞こえてきます。
スゥ……、ヒィー……。
スゥ……、ヒィー……。
それは、細い笛を吹くような、ひどく独特な呼吸音。
十年前、重い喘息の療養先で夜の散歩に出たまま忽然と姿を消した、彼女の父親の「音」でした。
「……お父……さん……?」
香織さんが、絞り出すような声で問いかけると。
大男は何も答えず、ただ彼女の手首を優しく、けれど決して逃げられない力で掴みました。
父親は死んでなどいなかった。
彼はあの日からずっと、闇の中から娘を監視し、彼女に近づく者を一匹残らず間引いていたのです。
香織さんは今、外の世界に名前すら残っていません。
彼女は、窓のない清潔な部屋で、父の立てる呼吸音だけを子守唄に眠っています。
父にとっての「過保護」とは、娘を危険な世界から抹消し、自分の手の届く範囲だけで生かし続けることだったのです。
今、彼女の指に嵌まっているのは、あの夜の中指から剥ぎ取られた、血の染み込んだ誕生石の指輪。
……ふふ。
さて、あなたの背後のクローゼット。
鍵をかけたはずなのに、中から微かに、布の擦れる音が聞こえてきませんか?
もしかしたら、あなたを「正しく守る」ために、誰かがそこで出番を待っているのかもしれません。
おや、あなたの首筋。
冷たい指先が、今、触れたような気がしませんか……?
では、また、金曜の20時にお会いしましょう……。




