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元・特殊清掃員の怪談師『忌部 骸』が語る、胃の腑が冷える現代夜話  作者: 一 十


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22/22

第22夜:ゼロメートル

ええ、どうも。怪談師の『忌部 骸』と申します。


さて、今日は「スマートトラッカー」についてのお話を。


みなさん、あの小さな、鍵や財布につけておく紛失防止タグをお使いでしょうか。

スマートフォンと連携して、いつでも大切なものの位置がわかる。

実に便利な、現代の道具ですよねぇ。


しかし、便利すぎる道具というのは、時に、この世のものではないものにとっても、都合のいい「標的」になってしまうことがあるようなんですよ。


これは、都内のIT企業に勤める、坂口さん(仮名)という若い男性から聞いたお話です。

……。

坂口さんは、昔から物をよく失くするタチだったそうで、ある日、話題スマートトラッカーをいくつか購入したのだそうです。


財布に一つ。

鍵束に一つ。

通勤用のカバンに一つ。


これで何を失くしても安心だと、胸をなでおろしたそうですが、その便利さを享受し始めて、一ヶ月ほどが過ぎたある夜のことでした。


残業を終え、深夜の静まり返った帰路を歩いていると、ポケットの中のスマートフォンが、奇妙な通知音を鳴らしたのだそうです。


画面を見ると、そこにはこう表示されていました。


『不明なスマートトラッカーが検出されました』

『あなたと共に移動しています』


坂口さんは、首を傾げたそうです。

ストーカー防止のために、他人のトラッカーが自分の近くにずっとあると、警告してくれる機能ですね。


誰かが自分のカバンにでも、こっそり紛失防止タグを忍ばせたのではないか。

そう思った坂口さんは、ひどく胃の腑が冷たくなるのを感じたそうです。


すぐに立ち止まり、街灯の下でカバンをひっくり返し、上着のポケットからズボンの裾まで、くまなく探したのだそうです。けれど、自分のつけたトラッカー以外、怪しい機械など、どこにも見当たらなかったのだそうです。


気のせいか、あるいは誰かとすれ違った瞬間の誤作動だろう。

坂口さんはそう自分に言い聞かせ、アパートへ帰って泥のように眠りました。

しかし、恐怖は次の日の朝から本格化したのだそうです。

朝、アパートを出て駅へ向かう途中、またスマホが鳴りました。


『不明なトラッカーが、あなたと共に移動しています』


画面のマップを開くと、坂口さんの現在地を示す赤い点から、ほんの少しだけ、本当に数ミリだけ外れた場所に、正体不明のトラッカーのアイコンが、そこに表示されていたのだそうです。


坂口さんは走りました。しかし、マップのアイコンも、その「ほんの少しの距離」を保ったまま、寸分の狂いもなく、ぴたりと同じ速度で動いていたのだそうです。


まるで、自分のすぐ真後ろを、誰かが同じ歩幅で、ぴったりとつけてきているかのように。


電車に乗っても、会社に着いても、その「不明なトラッカー」は、常に坂口さんの赤い点のすぐ隣に、吸い付くようにして、動き続けていたのだそうです。


ノイローゼになりかけた坂口さんは、ある夜、スマホの機能にある「トラッカーの音を鳴らす」というボタンを押してみたのだそうです。

近くにあるはずのタグから、電子音を強制的に鳴らして、場所を特定する機能ですね。

画面をタップすると、かすかな音が聞こえてきたのだそうです。


「ピピピッ……ピピピッ……」


静まり返った坂口さんの部屋に、乾いた電子音響が響きました。

しかし、それは、カバンからも、ポケットからも聞こえなかったのだそうです。


音は──坂口さんの「足元」から聞こえていたのだそうです。


床に這いつくばり、恐る恐る畳に耳を押し当てて、床下の様子を窺ってみたのだそうです。

確かに、フローリングの隙間を通り抜けて、音は床下から響いていました。

しかし、耳に届いたのは電子音だけではなかったのだそうです。


「ピピピッ……ピピピッ……」


と鳴り響くその乾いた音の隙間から


「……ここだよ」


と、ひどく掠れた、けれど、はっきりと、女の囁き声が聞こえてきたのだそうです。

心臓が早鐘を打ちましたが、坂口さんは、金縛りにあったように畳から耳を離すことがきません。

その時でした……。


暗い畳の隙間から、ぬうっと、血の気のない青白い顔をした女が這い出てきて、坂口さんの耳たぶを、下から上へ、じっとりと舐め上げていったのだそうです。


冷たい、泥のような感触。


坂口さんは悲鳴をあげて転がり、腰を抜かしながらも警察を呼び、アパートの大家に頼んで、床下収納の入り口から、床下を捜索してもらったのだそうです。


しかし、そこには埃が積もっているだけで、トラッカーも、人間も、何一つ存在しなかったのだそうです。


一体、あのトラッカーはどこにあるのか。

なぜ、自分のすぐ近くを漂っているのか。


誰のものなのか、どうして自分が狙われているのか、何一つ、思い当たる節も、理由も分からない。

ただ、あの通知だけが、冷徹な機械の仕様として、今も動き続けている。


……理由も目的も分からないからこそ、私は、このお話が底恐ろしくてならないんですよ。


坂口さんは、今もそのスマートトラッカーを見つけられていません。


ただ、彼が諦めて眠りにつく深夜、枕元から、あの「ピピピッ」という電子音が、毎晩、かすかに聞こえてくるのだそうです。


それも、自分の耳のすぐ真後ろ──

まるで、誰かが坂口さんの耳元で、その小さなタグをしっかりと握りしめて、添い寝でもしているかのように、聞こえてくるのだそうです。


坂口さんのスマートフォンの画面には、今も、冷徹な文字でこう表示されているのだそうですよ。


『接続中:タグはあなたのすぐ近くにあります。距離、ゼロメートル』


……ふふ。

おや、今、ご自身のスマートフォンをポケットから取り出して確認しようとしましたね?


おやめになったほうがよろしいですよ。


もしも、あなたのスマホの画面に、「身に覚えのないトラッカー」の通知が出ていたら……。


それは、もう、あなたの「背後」に、それが届いているということなのですから。


それでは、どうぞ、良い夜を……。


⭐︎みなさま、ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。

 作者の都合で恐縮ではありますが、ここで一旦簡潔とさせていただき、また違う形で現代怪談を表現させていただける場を作れたら幸いです。

 ご愛読いただきました皆様に、感謝申し上げます。

 ありがとうございました。

                             一 十

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