第2章:革命は鉄板の上で生まれる
前世の記憶が蘇ったからといって、すぐにお金が湧いてくるわけではない。まずは、ハンバーガーを作るための資金と場所が必要だった。
「元手がないわ……」
スラムの隅で頭を抱えていると、偶然、食料品を運ぶ荷馬車の御者が、荷崩れを起こして立ち往生しているのを見つけた。
「お困りですか? 私、手伝います!」
私は令嬢の矜持などかなぐり捨て、一心不乱に手伝った。小麦粉の袋を運び、転がったジャガイモを拾い集める。その働きぶりを見た荷主のパン屋の親方に気に入られ、私は店での雑用係として雇われることになった。日給はわずかだったが、売れ残りのパンと、給料の一部を小麦粉や挽き肉で現物支給してもらう約束を取り付けた。
まさに、渡りに船。
仕事が終わると、私はパン屋の厨房の隅を借り、ハンバーガーの試作に没頭した。まずはパティ。この世界の挽き肉は少し粗い。私は包丁で何度も叩き、粘りが出るまでこね、塩と、市場の隅で手に入れた胡椒やナッツを砕いて混ぜ込んだ。
次はパンズ。パン屋の親方に教えを乞い、ほんのり甘く、ふっくらと焼き上がる特製の丸いパンを開発した。ソースは、煮詰めたトマトに、酢と砂糖、そして数種類の香辛料を混ぜて再現。ケチャップもマヨネーズも、この世界には存在しない。だから、全て手作りだ。
そして数日後、ついに試作品第一号が完成した。
ふっくらと焼かれたパンズに、じゅうじゅうと音を立てて焼かれた肉汁たっぷりのパティ。新鮮なレタスと薄切りのトマトを挟み、特製のソースをかける。
「できた……!」
我ながら完璧な出来栄えに、思わず笑みがこぼれる。これを食べれば、誰もが驚くに違いない。私は期待に胸を膨らませ、パン屋の親方に試食してもらった。
「おやじさん、どうぞ!」
「ん? なんだいこれは。パンに肉を挟んだだけじゃないか。手で持って食べるなんて、はしたない」
親方は訝しげな顔で一口かじり、首を捻った。
「……まあ、不味くはないが。パンはパン、肉は肉で食った方が美味いな」
結果は、惨敗だった。他の人たちにも食べてもらったが、反応は芳しくない。「汚れる」「食べにくい」「ごちゃ混ぜの味」と、散々な言われようだ。
この世界の人々にとって、料理とはナイフとフォークで綺麗に食べるもの。手づかみで食べるハンバーガーは、ただの「行儀の悪い食べ物」でしかなかったのだ。
「どうして……こんなに美味しいのに……」
心が折れかけたその時だった。店の外で、騒がしい声が聞こえた。
「団長! この辺りで妙な匂いがすると報告が!」
「うむ。確かに……これは、嗅いだことのない香りだ。香ばしく、少し甘酸っぱいような……」
店に入ってきたのは、煌びやかな鎧をまとった騎士たち。その中心に立つ、一際体格が良く、涼やかな顔立ちの男性が、私の手元にあるハンバーガーをじっと見つめていた。
「それは、何という料理だ?」
「……ハンバーガー、と申します」
彼の名はレオン・ハーウッド。王国の食の安全と探求を司る、美食騎士団の団長その人だった。
「団長、このような汚い店の食べ物など……」
部下の制止も聞かず、レオンは私の前に歩み寄る。
「一つ、貰えるか」
私はおずおずとハンバーガーを差し出した。レオンはそれを恭しく受け取ると、迷うことなく大きな口でかぶりついた。
サクッ、というパンズの音。続く、肉を噛みしめる音。レオンの目が、カッと見開かれた。
「こ、これは……!!」
彼の口から、驚愕の声が漏れる。
「なんだこの一体感は! 香ばしいパンが肉汁を受け止め、新鮮な野菜が食感に変化を与え、この甘酸っぱいソースが全てをまとめ上げている! 口の中で、味のオーケストラが奏でられているようだ! 革命的だ!」
レオンは夢中でハンバーガーを平らげると、興奮した様子で私の肩を掴んだ。
「君は天才だ! この料理は、この国の食文化を根底から覆す可能性を秘めている! よかったら、私の紹介で露店を出してみないか? 資金は私が援助しよう!」
突然の申し出に、私は呆然とするしかなかった。昨日まで私を嘲笑っていた世界が、たった一人の男の言葉で、色鮮やかに反転した瞬間だった。
「は、はい! ぜひ、お願いします!」
こうして、美食騎士団長レオン・ハーウッドという最強の理解者を得て、没落令嬢エリザベートのハンバーガービジネスが、本格的に始動したのである。




