公園
光江さんに許可をもらい、ホテルの傍にある有料の公園に入った。しだれ桜が満開を迎えていた。みんな、寒かった冬が終わり春の陽気に浮足立っている。この先自分はどうなるのか不安でいっぱいだった。
「奈菜さん。単刀直入に聞きますが、何が不安ですか?」
どうしよう、なんて言っていいのか。言葉がみつからない。下を向いていると、
「奈菜さん。僕には夢がある。僕は5年前から舞台を中心に生活の軸を置いています。舞台に立つときの高揚感、終わった後の達成感。たまらないです。もっと、もっと、上に行きたいです。僕はブロードウェイを目指しています。そのために、英語の勉強もして短期の留学を繰り返してきました。
ダンスのレッスンや、ボイストレーニングを行っているうちに気づきました。ずっと何かが足りないと思っていたのですが、それは食事だったことに。自分で試行錯誤しましたが、不規則な生活の為、うまくいきません。誰かに管理してほしくなって探していました。それで、奈菜さんが食品に対する知識がおありなので、僕としては奈菜さんにお願いしたいと思いました。どうですか?僕と一緒にブロードウェイ目指してもらえませんか」
まっすぐな瞳で私を見つめるその瞳は、一点の曇りもないきれいな瞳で、さっきまでモヤモヤと考えていたものが、すっと消えていくのが分かった。
「ほんとにわたしでいいですか。」
「奈菜さんとなら、僕の夢も夢ではなく現実になります」
なんて、すごい人だろう。空気を浄化しすべて自分のモノにしてしまう。すごい力。
「よろしくお願いします」
「ありがとう。本当にありがとう」と言って一馬さんは笑った。その時、暖かい風が吹き込んで桜吹雪が舞った。一馬さんの周りは桜の花びらでピンク色になり、暖かい日差しが優しく包み込んだ。映画の世界から抜け出した、この人を私は支えることが出来るのだろうか?また、不安が襲ってきた。
一馬さんと別れ奥さんと電車に乗って帰った。帰り道、光江さんの話を聞いた。光江さんのご主人は芸能事務所の社長で、光江さんは副社長も務めていて、とても忙しいけど、奥さんが病気になって、会いたいと言ったら、飛んで会いに来てくれる人情派だという。昔、好きな人が被ってしまい喧嘩したり、2人同時に告白したが2人とも振られたり、学校を抜け出して海に行ったり青春を謳歌した人だと、とてもうれしそうに懐かしく語っていた。
奥さんが、笑って話す話が聞いていてうれしくなった。ずっと、ずっと元気でいてほしい。
あっという間に、営業最終日がやってきた。旦那さんも奥さんも朝からお店にいる。暖かい日で天気も良く良かった。朝から、ご近所さんがあいさつに来て、うれしいような、かなしいような顔をしながら1人1人に挨拶をしていた。ご近所さんに大切にされてお店と夫妻が羨ましくなった。私も、そんな姿を見たら姿勢をほんの少し正した。閉店まで1時間になったころ1台のSUV車が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「お久しぶりです。」
そう言って、車から降りてきたのは一馬さんだった。前は緊張して気づかなったが、車から降りてくる一馬さんは、やっぱり映画のワンシーンのように軽やかに降りてきた。しかも、紺のスーツは着こなしていて、さすが俳優。こんな人を見たことがない。
「一馬さん。」
「光江さんから今日が最終日と聞いたので、あいさつに来ました。」
一馬さんの手には大きな花束があり、お疲れまでした。というメッセージカードがついていた。奥さんもびっくりしていたが、涙を流して喜んでいた。思わず、私ももらい泣きしてしまった。ありがとうございます。
「今日はご夫妻に労いをお伝えしたかったので来てしまいました。また、近いうちに連絡します」
「一馬さん、ありがとうございました」
「では、また」
颯爽と車に乗り込み帰って行った。奥さんはもらった花束を嬉しそうに眺めて、その姿を旦那さんが、また嬉しそうに眺めていた。
一馬さんは、たくさんの人を幸せにすることが出来て、すごいと思った。そんな人と一緒に暮らしていけるか、また不安になった。
一馬さんから連絡があり引っ越しの日にちが決まった。荷物がほとんどないので、一人で向かうと伝えたが、一馬さんがどうしても迎えに来ると言ったので甘えて迎えに来てもらうことにした。段ボール3個分の荷物を見て一馬さんは「奈菜さんのイメージ通りだと」と言って笑った。旦那さんと奥さんが見送りに出てきた。
「佐々木さん、これは私たちからのプレゼントだよ。受け取ってくれるかな?」
「これは」
「包丁だよ。これから、鈴木さんのサポートをする佐々木さんにはこれがいいって家内が言うからね」
「奥さん、ありがとうございます」
「奈菜ちゃん。また、遊びに来てね。」
思わず、この場所で過ごした時間がよみがえってくる。涙がこぼれ落ちて止まらない。奥さんが抱きしめてくれる。優しい、暖かいこのぬくもりがあれば、頑張っていけそうな気がした。
「今までお世話になりました。ありがとうございました。」
車に乗り込み、見送ってくれる。サイドミラーでわかる、私たちの車が見えなくなるまで手を振ってくれている。また、会いに来ます。




