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とある世界の日本  作者: 高鉢 健太 
蝦夷と日本
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蝦夷と日本 10

 貸したものを返せというのがロシアの主張であり、一見正しいように見える。

 しかし、蝦夷からすればとんでもない言いがかりどころか、約束を放棄しながら抵当を返せなどマフィアな物言いだった。

 

 ソ連崩壊によってそれまで潤沢だった開発資金はすべて自身で賄うしかなくなり、安価に幾らでも手に入った資源も値上がりした。更には保証されていた納入は常に二転三転して不確かで買いたたかれる状態であり、輸出代理店としての役割すらいつの間にか勝手に打ち切られてしまった。そんなことをしておいて、友好だの以前並の付き合いだのと言って、ただタカられるだけであった20年近い歳月を耐え、訪れたのが今回の侵攻である。


 その間、ソ連式産業形態での経営に行き詰まり、業界再編や民需転換などの苦労ばかりだった。日本という身近な市場が無ければ蝦夷もロシアの様な苦境に瀕したことは間違いなかった。

 蝦夷は日本という市場によって民需転換に成功し、クウェート危機という宣伝効果で兵器輸出の話が向こうからやって来た。そんな幸運でなんとか凌げたに過ぎず、約束も守らなかったロシアへ抵当である北樺太を返却する義理も謂れもない。「返して欲しければ約束を履行するか、20年分の損失を補填しろ」と、そう返答するのが当然である。


 だが、ロシアによる北樺太侵攻はあまりにも周到で、しかも常識的な作戦から逸脱していた。

 侵攻部隊はクルーズ船に乗って樺太へと降り立ち、観光として北樺太要所へと合法的手段で移動し、タイミングを合わせて作戦発動、奇襲により軍、警察施設を機能停止させ、「自発的なロシア系住民」による要請によって正規軍の来援とロシアへの帰属が宣言された。


 蝦夷はこの20年でなんとか兵器の評価以外の面でも西側諸国に認知され、日本を介することなく輸出規制なき貿易ができる所までやってきた。今さらソ連式に一足飛びな武力行使とは行かない。そんな躊躇いから対ロ交渉を行った事が、ロシアに併合する時間を与えてしまった。だが、あとから悔いても戻って来ないのだから仕方がない。


 その後、ロシアは上海民主国や大韓民国と足並みを揃えて「歴史戦」を蝦夷へ仕掛けてきた。

 上海民主国や大韓民国は日本に対し、琉球や対馬の帰属を問い、ロシアは江戸時代の歴史を指して樺太や千島の帰属を問い質してきた。


 だが、近代法で確定したモノに過去の歴史を持ち出しては話にならない。

 日本では対抗するように任那日本府の話や清から送られた尖閣遭難者救助の感状の話が強調されて対上海、大韓民国関係は冷え込みんでいった。蝦夷はロシアに対してアイグン条約や北京条約を持ち出し、沿海州の不当侵略を批判して対決姿勢を鮮明にしていく。子供の喧嘩に見えるが、これが直近の外交実態である。


 そんな中でも米国はなりふり構わず極東で戦火拡大に寄与し、日蝦に話し合いによる解決を呼びかけるだけに終始していた。


 それもそのはず、オハマ政権はハンターゲート事件のあおりを受けて一期限りで退陣し、後にはコメディ映画で大統領役を演じて人気を博したドナード·トランクが半ばジョークで大統領選に出馬すると発言したところ、既存政党に嫌気がさした有権者による多大な支持を受けて後には引けなくなり、映画での所属政党だった自由党を結党して出馬、本当に大統領に就任してしまった。

 彼は国民の圧倒的支持を受け、映画で描かれたように米国ファーストを実践、それまで関与していた中東から引き揚げた。しかし、何をとち狂ったのか極東政策に関しては高句麗支援まで始め、極東大乱を更に拡大させる事に熱心だった。

 しかし、米国の規定では大統領任期は二期と決められており、国民的人気は高かったが、映画のように三選とはならず、二期務めた後は意外と潔く引退していった。が、彼の好き勝手な政策によって米国の軍事的影響力は各所で低下し、駐留経費を増やさなかった日本からも在日米軍は半減されていた。


 そうした情勢を見極める様にロシアは入念に準備を整え、2022年2月、樺太、千島開放を掲げて蝦夷へと侵攻を開始した。


 だが、全くうまくいかなかった。


 蝦夷は米国の混乱をしり目に淡々とその隙間を縫うように武器輸出実績を積み重ねていた。四半世紀余りで蝦夷と肩を並べるほどの経済力を有するようになった日本というパートナーも得た事で、停滞気味であった新世代兵器開発も2010年以後には結果を出していくことが出来ていた。

 その最たるものがHs-27戦闘機だろう。Hs-19の後継機として開発が行われていた機体であり、ちょうど西側が共同開発を行っていたF-35と似通った性能だと言われるが、種子島製エンジンではF35の様な単発での大推力が出せないので双発となり、日本の要求を容れて大型化した事に伴って機体サイズはF-18E/Fに近い。しかも、ソ連製ミグ25の後継となる大型迎撃機の後継も兼ねる事からトンデモナイ多機能化を要求され、F-35では赤外線センサーによる全周監視だが、Hs-27ではレーダーさえもサブシステムとして主翼前縁や機尾に備えて全周監視を行うようになっている。


 そんな困難はあれども単独開発であり、海軍機や垂直離着陸といった複数型多用途までは求めなかった事から2013年には配備を開始し、対ロ警戒と日本の好景気が合わさってロシアによる侵攻時点で日蝦両空軍では6個飛行隊130機近くが配備されていた。クウェート危機以来のお得意様からの引き合いも多い。その上、西側諸国のAWACSに相当する機体も8機配備していた。

 蝦夷では業界再編で設計局と製造工場を統廃合して設計局の規模を縮小したが、旧堀越設計局が戦闘機を、土井設計局が大型機を、小山設計局が中小型機をという役割分担によって最低限、設計局の技術継承を図る努力をしていた。

 そして、旧土井設計局が開発したDi-24は旧来の東側旅客機としてボーイング737級の後継機であり、ロシアや東欧、第三世界の航空会社を中心にシェアを獲得し、ボーイング、エアバスと並ぶ旅客機メーカーとして蝦夷航空機工場の地位を確立した。更に小山設計局が40~60座席級のKy-28を開発し、米国でのローカル路線シェアにも食い込んでいる。さらに大型のKy-30を2017年から販売開始し、世界第3位の航空機メーカーの地位は不動のものとなっている。

 そんな旅客機をベースに開発されたDi-245AWACSがポンコツな訳もなく、ロシアによる攻撃は事前に全てが捕捉されていた。

 


 

Hs-27の外観イメージはJ-31ではなくSu57。


いいね?あんなパクリではなく、純粋なソ連の血統だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロシア純血系に西側技術の航空機とか、征途の北日本機のような夢の様な機体ですね [一言] この侵略のされかただと現実の日本では間違いなく全く対応できないでしょうね……残念ながら
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