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高橋課長の憂鬱  作者: 月立淳水
はじまりからおわりまで
11/20

●ラッコ

「ぬはあー、本当に石で貝叩いてる! 課長、超癒されますね!」


 またも捕獲用の豪勢な装備を備えた『採取船』に乗ってアリューシャン列島を訪れた高橋課長と佐藤主任。

 もはやこの船で捕らえることができない生物は無いだろうというほどに進化したこの船を、採取船以外の何と呼べばいいのかさえ誰も知らない。


 少なくとも漁船ではない。

 数百メートル先まで幅数十メートルの網を撃ち出す投網機や数トンの生物まで易々と吊り上げるクレーン、あらゆる温度や湿度を維持できる『客室』まで。


 累積すれば数十億クレジットが費やされている。

 民間船としては地球上でもっとも高価かもしれない。

 傍目にはそうは見えないが。


 そして、その無敵の採取船の前に現れたのは、珍獣ラッコだ。


「網でいきますか、麻酔銃でいきますか」


 佐藤主任の問いに、高橋課長は、ふむ、と首を傾げる。


「下手に網を投じて溺れられても困るな。しかし、眠らせても溺れそうだ」


 双眼鏡で、ラッコの間抜けな表情を見ながらつぶやく。


「哺乳類なら、どこか陸に上がるまで待ちましょうか」


「あいつら陸に上がらないらしい」


「面倒なやつっすね」


 確かに佐藤主任の言うとおり、面倒な動物だ。

 なんか弱そうだし。


「あの群れはまとめて獲りたいな」


「……っすよね」


 もはや保護動物だからと文句を言うような佐藤主任ではない。どうやってまとめて捕らえてやろうかと思案顔だ。


「あれっすね、また僕がクレーンで麻酔ダーツを」


「驚いたらすぐ潜りそうだ」


「そうっすかね」


「なんだ、クレーンにぶら下がりたいならそうしてやるが」


「別にぶら下がりたいわけじゃ」


「まんざらでも無いだろ」


「正直、意外と楽しいっす」


「よし、じゃ、クレーン準備」


「アイサー!」


 佐藤主任は駆け出していく。

 それから高橋課長は乗組員の一人を呼ぶ。


「定置網出してくれ。水面ぎりぎりに深さを調整して、あの群れを囲む。ゆっくり輪を縮めて一網打尽にしよう。――佐藤? ああ、あれは趣味でぶら下がるだけだからほっとけ」


***


 大きなコンテナの中で、ふわふわと空中を泳いでいる二十数等のラッコ。

 その窓から覗き込んで、またもニヤニヤしている佐藤主任。

 ふと背後に気配を感じると、高橋課長だ。


「あ、課長、どうっすか、あいつら、無重力でうまく飛び回る遊びをあっという間に覚えたんすよ。超頭良いっすよ」


「ほう」


「いやー、やっぱり癒されるっすよ」


「ストレスも何にもなさそうなお前がそれ以上癒される必要はなさそうだがな」


「ストレスまみれっすよ。また課長にクレーンにぶら下げられるし」


「あれはお前の趣味だろ」


「課長がぶら下がれって」


「貴重な社有財産で遊ばせてやったんだ、感謝くらいしろ」


「僕が遊ばれてるだけじゃないっすか」


 はあー、とため息をついて、再びラッコに目をやる。


「ラッコはかわいいっすねえ。あ、そう言えば課長、この前なんか他所の事業部に呼ばれてませんでしたか」


「ああ、呼ばれたな、そう言えば」


「まさか、あれっすか、異動っすか」


「ん、まあ、今のところそれはない」


「この仕事放り出して逃げ出すのかと思って焦りましたよ」


「逃げ出したいのは山々なんだがな、社長に顔を覚えられて身動きが取れんよ」


「そうなんすねえ。僕ならすぐにでも逃げ出すのに」


「逃げ出す算段より、終わった後のキャリアのことも考えとけよ、お前、しばらくまともに商社的な仕事してない状態だぞ」


「そうなんすよねえ……って、それを言ったら課長もそうじゃないっすか」


「ああ、ん、俺は大丈夫」


 へ? という風に首をかしげる佐藤主任。


「……何か当てでもあるんすか」


「ああ、この前、お前が二十億クレジット使って作った高機動潜水艇、水底資源調査用に結構引き合いがあるんだ」


「え?」


「無駄だらけだったからな、コスト削減して原価五千万クレジット、売価一億クレジットくらいで商品化するプランを子会社のメーカーに持ち込んだら、大当たりだったよ」


「ほえ? でもあれって僕の……」


「俺がもらうっつっただろ」


「ええー、ひどい。それに、そんなことしてる暇なかったじゃないっすか」


「星間移動の間、お前みたいにごろごろ寝てるだけじゃねーんだよ」


「ずるいっす。僕にも分け前」


「ねえよ。ちょっと機械販売事業部から特別ボーナスもらったくらいだ」


「いくらもらったんすか。もともと僕のアイデアっすよ!」


「五千クレジット」


「五千……?」


 佐藤主任は目を真ん丸にする。

 五千クレジットと言えば、佐藤主任の月給の四倍ほどだが、それにしても億クレジットの単位の商材を開発したにしてはあまりに少額だ。


「……あんまりっすね」


「ま、大企業ってのはこんなもんだ。個人に報いる仕組みにはなって無い」


「はあ、手を出さなくてよかったっすよ。五千ぽっちなら、星間船の移動中の惰眠の方が価値があるっす」


「そうだろうな。ま、この仕事が終わった後の行先は心配しなくてよくなったがな。お前も、考えとけよ」


「……は? もしかして、次の当てって、その潜水艇の開発で? あー! ずるいっす! やっぱりずるいっす!」


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