●サメ
高橋課長は悩んでいる。
次の獲物をどうするか。
はっきり言って、小型の魚はほとんど獲り尽くした。
地球の世界中の海でいろいろな魚を取ろうと網を投げれば、ほとんどの魚がたいていは入ってしまう。
であれば、このプロジェクトは終わりでいいのではないか。
違うのである。
そういった、適当に漁をしていればかかってしまうのではない海生生物が、たくさんいるのだ。
つまり、大型のものだったりありえないような場所に住んでいたり。
そんな面倒なものばかりが残っている。
そして、そんなものを社長が知らなければ問題は無いのに、面倒なことに社長はやけに詳しい。
まだあれを獲ってないだろう、と指摘してくる。
丁寧にリストまで作って。
そのリストの『捕獲済み』欄は、実質真っ白だ。
百を超えるレコード数となったそのリストを眺める。
「何見てるんすか」
佐藤主任が横からそのリストを覗き込んだ。
「ああ、社長じきじきに、な」
「獲ってこい、と」
「ああ」
佐藤主任もリストを熟読する。
「……めんどくさいやつらが多そうですね」
「そうだな」
「どれにするんすか」
「決めかねてる」
「じゃあ、あれですよ、ダーツでも投げましょう」
「いいのか」
「え?」
「当然お前投げるよな」
「いや僕は」
「練習して上手くなったんだってな」
「いやいや課ちょ」
「よーし始めるぞ、ほら、これ持て」
いつの間に用意していたのか、高橋課長は佐藤主任の右手にダーツを押し付けた。
***
佐藤主任は、縛り付けられている。
船のクレーンの支柱の一つに。
「なんすかこれ、ねえ」
「逃げるだろ」
「逃げませんよ」
「絶対逃げる」
「いいえ逃げません」
「だったら縛っててもいいよな」
「だめっすよ、危ないときに逃げられないじゃないですか!」
「やっぱり逃げるんじゃないか」
「逃げません!」
自らの言葉の矛盾をまるで無視して佐藤主任は主張する。
「て言うかもっと小さいサメ狙いましょうよ」
「お前がホオジロザメに当てたんだろが」
「コバンザメで良いですって」
「全然別もんだっつってんだろ」
「僕ここにいなくていいですよね、それでも」
「誰がクレーンの操作するんだよ」
「遠隔でも」
「カメラ越しじゃしぶきがかかって獲り逃すかもしれんだろうが。この改造クレーン船も二千万クレジットかかってんだ」
「僕と二千万クレジット、どっちが大切なんですか!」
「二千万クレジット」
「即答っすか」
「俺の年収の五百年分だ」
「はえ? えーと……ええっ、そんなにもらってんすか!?」
「俺五百人とお前一人とどっちが損失がでかい?」
「そりゃ課長五百人ですけど」
「な」
「な、じゃないっすよ!」
佐藤主任は両手をばたつかせる。
彼を縛っているロープは強化繊維製で、なおかつ、留め具はしっかりと錠がかかっている。
「て言うかな、もう、餌の匂いに気付いて何匹か寄って来てるらしい。じゃ、俺は退散するからな」
「え、餌!? 僕のことっすか!?」
「そこまで鬼じゃねーよ。お前の昼飯より上等な餌をぶら下げてるよ。食いつかれる前にアーム上げボタンできっちり網に収めろ」
「間に合わなかったら?」
「別にお前が餌になってくれても一向に構わん」
言い捨てて、高橋課長はそそくさとブリッジに続くドアをくぐって甲板から消えた。
それからほんの数分後、大しぶきを上げてホオジロザメの巨体が水面から姿を現し、緩やかに水中に沈みこむよう改造した傾斜甲板に向かって突き進んできた。
水面を叩く激しい音と佐藤主任の悲鳴がガラス越しに聞こえてくる操舵室で、高橋主任はリストに目を落として次の獲物の思案を始めた。




