第1話 裏切りと敗走
――ベオルグの森には、竜が住んでいる。
太古より言い伝えられる伝説だ。とどのつまりは、御伽噺。
今の時代にそんなことを証明できる者はいない。仮にいたとしても、まともに信じる奴など居ないだろう。
夢を語るくらいなら、自身の武勲を語った方がウケはいい。
彼方に見える鬱蒼と茂った森から視線を移し、俺は眼前に広がる戦場を見下ろす。
ローウェン帝国とサヴァニア連合は、今日も今日とて国境付近で飽きもせずに小競り合いを続けていた。
これは数百年に渡る戦争だ。
最早、何のために争っているのか――今まさに命を賭して剣を振るう騎士たちの、何人がそれを理解しているのだろうか。
全ての原因は、あの鬱蒼と茂るベオルグの森。
あの地はかつて、サヴァニア連合の前身であるブリリオート国の領地であった。しかし、国内での内乱の果てに、ブリリオート国はサヴァニア連合とブリリオート公国に分裂。その後、ベオルグの森を含むブリリオート公国はローウェン帝国に吸収され今に至る。
やがて、サヴァニア連合は帝国領土となったベオルグの森の返還を求め、この戦が始まった――。
それならば、返還してやればよいだろう。
もちろん、帝国内でもそのような声は聞こえる。徴兵される市民たちは不満であろう。
しかしながら、返還できぬ理由がある。
それはブリリオート公国が、ローウェン帝国へ下る際に交わされた盟約――。
「ルカ殿下」
背後から声が掛かり、俺は肩越しから声の主を見る。
そこには薄汚れ光沢を失った銀の鎧を纏う騎士の一人――ルシアンの姿があった。
幼い頃から共に過ごし、俺の側近として付き従ってきた男の顔には、焦りの色が浮かんでいた。俺はすぐさま、彼が言わんとしていることを察する。
「――戦況はよくないのだな」
「……ご推察の通り。以前から殿下が懸念されておりました、ヴァリエ公爵が反旗を……」
「やはり、あの道化め。裏切ったか」
ヴァリエ公爵。
第一皇子派閥の筆頭。第二皇子である俺を蹴落とさんと、日々思考を巡らす――そんな男だ。
兄が皇位継承から外されてから、俺への風当たりは強くなる一方であったが、まさかここで裏切るとは。いや、今だからこそ、なのか。
「殿下、ここも直ぐに戦場となります。兵を引きあげましょう……」
「無様に敗走せよと言うのか?」
「はい。無様に、脱兎の如く、蜘蛛の子を散らすように敗走してください」
「お前は昔から生意気な男だな」
「陛下の身を案じてのことですので」
ルシアンは疲労の色を浮かべ、苦笑いを返した。
全く、子どもの頃からこいつには苦労ばかりさせているな。偶には労ってやらねばなるまい。
――この戦局を、無事切り抜けられたらの話だが。
「私は殿を務めます。殿下は、第一騎士団と共に帰還を」
「殿など他の奴に任せればいいだろう」
「そういうわけにもいきません。これでも第一騎士団副隊長ですので」
「いつの間に出世した?」
「あなたから拝命されたのですが?」
「ああ、そうだった。そうだった」
今の状況にそぐわない冗談を交わし、俺はルシアンの肩に手を置いた。
「生きて追い付いてこい」
「勿論、そのつもりです」
さくっと読める短編になります。
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