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侯爵が部屋を去り、扉が静かに閉まると、残されたヴィヴィアーヌは深く息をついた。
冬の夕方の冷気が、暖炉の火の温もりを奪うようにじわりと忍び寄ってくる。
そんな中、執事が部屋の奥に控えていた青年へと視線を向けた。
「こちらが、リュシュアン様の従者のひとり、オリビアでございます」
名を呼ばれた青年が、柔らかく微笑んだ。
栗色の髪は光を受けて金色がかって見え、整った顔立ちはどこか親しみやすい。
背は高すぎず低すぎず、何よりその瞳は人懐っこい光を宿していた。
「はじめまして。オリビアです。よろしくね」
その声は温かく、緊張していたヴィヴィアーヌの肩がわずかに緩む。
執事は二人を見比べ、満足げに頷いた。
「オリビアは従者としての務めをよく理解しております。いろいろと教わってください。では、私はこれで」
執事が退室すると、部屋には二人だけが残された。
(……この人なら、うまくやっていけるかもしれない)
ヴィヴィアーヌは胸の奥でそっと安堵の息をついた。
※※※
オリビアに案内され、屋敷の一角へと向かう。
窓の外はすでに薄闇が落ち、雪がちらつき始めていた。
「ここが、君の部屋だよ」
案内された部屋は簡素だったが、清潔で整っていた。
小さな机と椅子、暖炉、寝台。必要なものはすべて揃っている。
「……ありがとうございます。とても、良い部屋です」
ヴィヴィアーヌがほっとしたように微笑むと、その瞬間、オリビアの表情がふっと冷えた。
ほんの一瞬の変化だったが、ヴィヴィアーヌは敏感にそれを捉えた。
(……今、なぜ?)
疑問が胸に浮かぶが、問いただすほどの勇気はまだない。
「これから、よろしくお願いします」
ヴィヴィアーヌが頭を下げると、オリビアは先ほどの冷たさを隠すように、柔らかく笑った。
「うん、よろしく。貴族の令嬢って聞いてるけど、これからは同じ従者として接するからね」
その言葉に、ヴィヴィアーヌは小さく頷いた。
※※※
「さて……君は背も低いし、細いし、少年に見える。十六歳の少年って設定にしようか」
「わ、私は二十歳ですが……」
「大丈夫。誰も疑わないよ」
オリビアは軽く笑って言った。
「ただね、肩までの髪は少年にしては少し長い。首元までの長さに切ろうか」
ヴィヴィアーヌの胸がきゅっと縮んだ。
髪は、女性にとって大切なもの。
父が亡くなってからも、兄が優しく撫でてくれた髪。
それを切るということは、もう後戻りできないという証のように思えた。
「……お願いします」
震えを押し殺し、ヴィヴィアーヌは椅子に座った。
オリビアが鋏を手に取り、赤毛をすくい上げる。
刃が閉じるたび、ぱらぱらと髪が床に落ちていく。
(これも……兄のため)
悲しみが胸に広がりかけた瞬間、ヴィヴィアーヌは強く唇を噛んで振り払った。
だが、そんな彼女を見つめるオリビアの瞳は、どこまでも冷たかった。




