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 部屋にいた人物は、ヴァルクーラ侯爵の姿を認めるや否や、被っていたフードをゆっくりとおろした。


 現れたのは、赤毛の、どこにでもいそうな小柄な少年だった――少なくとも、その瞬間はそう思った。


 少年が恭しく一礼しようとしたのを、侯爵は片手で静かに制した。


 渡された手紙に目を落とした侯爵の表情が、みるみるうちに硬く曇っていく。


 ――この手紙を持参したのは我が娘ヴィヴィアーヌである。どうか力を貸してほしい。

 5年前の恩を返す、その言葉を今ここで果たしてほしい――


 手紙には、そう記されていた。


 「……君が、クレルモラ前伯爵の娘、ヴィヴィアーヌか?」

 「恐れながら」


 改めて目を凝らしても、目の前の人物から“貴族の令嬢”らしさは微塵も感じられない。肩にかかる程度の赤毛、細い体つき、声変わり前の低めの声。どこからどう見ても少年にしか見えなかった。


 「それで、用件は?」

 「家庭教師の職を、紹介していただきたく存じます」


 その視線は、侯爵という高位の相手を前にしても揺らぐことなく、まっすぐに向けられていた。


 「突然現れた素性の知れぬ娘を、誰かに紹介しろと? ……私がなぜそこまでしなければならん」

 「閣下には、父に対するご恩があるはずです」


 侯爵の脳裏に、ベアトリスの笑顔がよぎる。最愛の妻。彼女を救ってくれたのは――。


 ヴィヴィアーヌを突き放すことはできない。

 ならば、こちらの都合に合わせて使えばいい。侯爵の中に一つの考えが形を成した。


 「なぜ家庭教師の職を求める? 貴族の娘に労働は不要だろう。……まさか家を出てきたのではあるまいな。そんな娘を他家に紹介するわけにはいかん」


 ヴィヴィアーヌは表情こそ崩さなかったが、喉が僅かに動いた。

 痛いところを突かれたのだ。


 「……だが、我が家で君の能力を確かめられれば、他家に紹介することも考えよう。いわば試用期間だ。やれるか」

 「……望むところです」


 ヴィヴィアーヌは迷いを振り払うように、しっかりと頷いた。


 「では、息子の従者になってもらう」

 「……ご子息の?男装せよとおっしゃるのですか」

 「……まさか、できないとでも?」

 「……いえ、いたします」


 侯爵はその返答に満足げに頷いた。


 「伝えておくが、息子は大の女嫌いだ。君が女とバレないように」

 「……なんと?」

 「よろしく頼んだぞ」


 息子の女嫌いを矯正するためには、女性と触れ合わせる必要がある。


 だが、真正面からぶつければ拒絶される。


 ならばーー気づかれぬよう、側におけばいい。

 侯爵の思惑は、静かに動き始めた。

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