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うちのお嬢は説教したい

 課外授業が始まって数十分後。

 お嬢が率いる我らがD班は、早速モンスターと接敵。

 とはいえその相手は弱小のゴブリン。実戦経験があるスキッピオ様や、軍閥貴族の三男坊であるリット様が危なげなくそれらを撃退し、初戦は余裕のある勝利を収めたのですが……。


「総合的になっていませんわ!」

「…………………」


 代わりに、いまいち活躍できていなかったリンネル嬢が、お嬢に説教食らっていました。

 可哀そうに、土の上に正座させられた上に、お嬢の容赦ない査定結果を聞かされ、リンネル嬢はすでに半泣きです。


「誤爆しかけ二回に、魔法詠唱の失敗三回。あげく防衛網を抜けてきた、ゴブリン相手に腰を抜かして逃げられなくなるなど、死にたいんですの!」


 その細やかな指摘は、さながら嫁の掃除の不備を指摘する小姑が如く。


 あらあなた。掃除したと言っている割にこんなところにまだ埃が! と、言いながら勝ち誇った笑みを浮かべる年配女性のシルエットがお嬢の背後に浮かび上がります。


「ぐぐぐぐ」

「あ、あの、ロレーヌ様? そそそそ、そのくらいにしてあげた方が」

「そそ、そうだぞ、ヴィクトリア嬢。あ、あなたの可憐な顔に憤怒の表情は似合わない」

「だまらっしゃい!」

「「はいっ!」」


 名門軍閥貴族も、成りあがり騎士爵もなんのその。お嬢の一喝に震えあがる駄目貴族二人に、リンネル嬢が白い目を向ける中、お嬢の指摘は続きました。


「あなた、見たところ戦闘は素人ですね? ですが、何度失敗しても魔法使用準備が行えたということは、魔力は潤沢。おそらく冒険者ギルドで冒険者登録した際、ステータス確認をして、高い魔力値が計測されたがゆえに、専門の学校で魔法の手ほどきを受けるようにと推薦状を書いてもらったというのが、あなたの入学の顛末でしょう」

「ど、どうしてそれを⁉」

「平民サクセスストーリーなんて、玉の輿か、隠された才能のツーパターンに決まっていますわ!」

「お嬢、さすがにそれは偏見です。東方には、茸フェチが高じて王立学園の教授になられた方もいると聞きますし」

「何それ気になりますわ!」


 人材コレクターであるお嬢は、私の与太話にちょっとだけ興味を引かれたのか、一瞬だけリンネル嬢から目をそらされます。

 ですが、私ができた援護はそこまで。エトワール様からちょっと白い目で見られているのに気付き、ゴホンと咳払いしたお嬢は、説教に戻られました。


「いいですの、リンネルさん。貧相な生活をして、貧相な精神が養われてしまい、性根がネジくれ曲がったことについては何も言いません。人間飢えると、性根なんて容易く歪みますしね!」

「お嬢、オブラートって知ってます? 水で溶ける、薄い透けた紙なんですけど、これに言葉を包むということも可能なんですよ?」

「黙りなさい、セヴァス!」


――イエッサー。


「ですが偏見はいけません。えぇ、それは正しい成長を妨げる害悪です。貴族だから、金持ち

だから、こいつはクソ野郎だなんて考えは、今後のあなたの成長のためには、それこそクソの役にも立ちませんわ」


――お嬢、言葉遣い。


 あまりに下品すぎるお嬢の言いぐさに無言で涙ぐむ私に、班の皆さまからは憐みの視線が突き刺さります。


――同情するならお嬢を止めてください。


「事実、あなた今までまともに魔法の授業を聞いていないでしょう」

「うっ!」


 お嬢の指摘に帰ってきたのは、気まずそうなうめき声でした。


「どうせ、貴族共なんかの話なんて聞いていられるかと、図書館にこもりきって独学で魔法の勉強でもしていたのではなくって? 基礎技術を学ぶ授業をおろそかにしたあげく、独学で訓練など……強くなれるはずがないでしょうがこの大戯け!」

「………………」


 ことごとくお嬢の言葉が図星に突き刺さったのか、リンネル嬢はもうグウの音も出ない状態でした。


――もうやめてあげてくださいお嬢! リンネル嬢の精神は死にかけよ!


「本当に私を見返したいのなら――本当に私に口を挟ませない域に達したいのなら、まずはその態度を改めなさい、リンネル。でないとあなた、またここに来る前の貧相な生活に逆戻りですわよ?」


 吐き捨てるように放たれたお嬢の一言によって、森の中での説教大会は終わりを告げた。

 その後我らがD班は、お通夜のような雰囲気で、指定された夜営場所へと到着することになります。

 チョットだけ開けた、子供五人が天幕を張り練られるだけのスペースがある場所。

 お嬢はその中でチャッチャと自分とエトワール様の天幕を張り、一人で寝てしまいました。

 その手際の良さに瞠目するスキッピオ様とリット様をしり目に、リンネル嬢は一人虚ろな目で、火打石を使って焚火に火をつけようとしておられました……。


…†…†…………†…†…


 夜。

 交代で寝ずの番をされておられる軍人課の皆様には悪いですが、私も一応お嬢の安全確保のために野営地周囲の見回りをしております。


――念のため。念のためですよ? ええ。ど素人の学生の見張りじゃ少し不安とか、考えていませんとも。


 ところで何故お嬢たちは見張りをしないのかと思われる方がいるかもしれませんが、貴族に見張りをさせるなんてとんでもない。

 戦闘のド素人が多い貴族の中には、闇にまぎれて近づくモンスターを見逃すだけでは飽き足らず、襲撃をうけたら仲間を起こす前に、ビビって一人で逃げるなんて醜態をさらす者だっているのです。

 戦力としてあてにしがたいどころか、致命的な失敗を起こしても悪びれない貴族を、寝ずの番に使う兵士などこの世界にはいません。


――まぁ、お嬢は例外でしょうが、エトワール様は夜目がききそうにないですしね……。


 そんな風に私が独りごちていると、寝ずの番をしていたスキッピオ様に、交代のリンネル嬢が近づいていきました。一人では不安と結論が出されてしまったのか、リンネル嬢の傍らにはリット様もいます。


「スカドニオール、交代よ」

「す、スキッピオでいいよ、リンネルちゃん」

「我もリットと呼ぶがいい! 我らが英雄リットでも構わんぞ!」

「私なんて役立たずの平民が、貴族様の名前呼びなんてできるわけないでしょう」


 陰鬱にボケをスルーされ、ちょっとリット様が落ち込む中、焚火の横に座ったリンネル嬢に、スキッピオ様が話し掛けます。


「り、リンネルちゃん、そう落ち込む必要は、な、ないよ。初実戦ならあんなものだって」

「しかり。我は幼少の頃よりモンスター狩りに駆り出されて慣れておったから、今回はうまく動けたにすぎん」

「ぼ、僕なんかは実家が騎士爵なんて爵位貰っちゃっているけど、基本貧乏だしね……。自分の食い扶持は自分で稼ぐのが当たり前だったから、ご、ゴブリン狩りなんかは死ぬほどやったし」

「……少しじゃないの?」

「……いいかいリンネル。貴族の社会はね、調子に乗ったら打たれるんだよ。出る杭は埋まるまで上からたたかれるんだ」

「言い過ぎではないか?」


 そこだけはなぜか強く主張されるスキッピオ様に、リット様はドン引きされた様子です。


「り、リット君はこの苦労を知らないから……。いいな、名門。め、名門軍閥貴族だったら、やっかみなんてそう受けないでしょう?」

「ふっ。所詮男爵家ではあるがな。中間階級の貴族なんぞ、公爵連中から見れば吹けば飛ぶ程度の木端にすぎん」


 貴族の子息と言えども、苦労は人一倍しておられるようです。まぁ、どこぞの哲学者も言っていますしね。


『身分の違いがあろうとも、人が人生で味わう苦労の総量は同じ。苦労の種類が変わるだけである。ゆえにヤッカミなど無駄なことをするくらいなら、味わっている苦労を解決する方法を模索するべきだ』


 なんて。


「でも、だとしても私はなっていなかったわ。あの公爵令嬢が言うように……」

「「…………」」

「否定しないのね?」


 どうやら、スキッピオ様とリット様には嘘をつけない純真さが残っておられるようでした。素晴らしい! 純真なのはいいことです。お嬢にも少しは見習ってほしい!


「はぁ、勉強したし……練習もした。憧れていた魔法もいくつか使えるようにもなったのに、結局私はこの程度か……」


 そう言いながら膝を抱え、顔をうずめるリンネル嬢は、ため息と共に、


「私はやっぱり、碌でもない貧民の一人でしかない。生まれた場所から逃れることなんて、でいないのよ」


 絶望を吐き出されました。ですが、それは早計というモノかと、私は思います。それはその言葉を聞いていた皆さんも同じ意見だったのか、


「それは違う」


 力強い否定が、意外な人物から飛び出しました。 

 それはお嬢の前では盛大にドモっていた、スキッピオ様の言葉でした。


「確かに、君の努力は今回報われなかった。命を懸けて真剣に取り組んだ訓練だったのかもしれない。でも、そんなことは人生ではよくあることだ」

「え?」

「ほう? 達観したことを言うな、スキッピオ」

「貴族になった途端、ヤッカミで左遷された父さんを持つ身だからね。そりゃ挫折には一家言あるさ」


 だが、だからと言って……と、スキッピオ様は続けられます。


「命が失われたわけじゃない。失敗しても、後悔しても、死なない限り、人間は何度だって立ち上がれる」

「それは、立ち上がる余裕があるやつの台詞でしょう?」

「違うね。余裕がないなんて、立ち上がる気がない奴の言い訳だ。努力が報われなかったからなんて……それこそ、努力が不足している事実を認めたがらない奴の、泣きごとに過ぎない」


 言い切るスキッピオ様の背中には、不思議な覇気が感じられました。あれがいわゆるカリスマというやつ。将来世界に君臨する者のオーラだと、お嬢を見慣れた私にはなんとなくわかります。


「リンネル。君は本当に、ここで満足なのか? あのお嬢様はちょっと変わっているけど、間違ったことは言っていなかった。強くなる環境を、君は十分に生かし切れていないだけだと。それを指摘され、強くなる道筋すら教えてもらえたのに、こんなところで折れて全てを諦め立ち止まったここが、君の目指す場所だったのか?」

「……………………」

「違うならさ……今は悔しさを飲み込んで歯を食いしばるべきだと僕は思う。まだまだ強くなるための方法があるのなら、それに縋り付くべきだと思う。何事を始めるにも遅いなんてことはないと人は言うけれど、今の君はその領域にすら達していない。やるべきこと、なすべきことを……君はまだ全てできていないよ」


 厳しいようだけどさ。と、最後に申し訳なさそうに付け加えながら、スキッピオ様の演説は終わった。

 それに目を見開きジッとスキッピオ様を見つめるリンネル嬢の背後では、


「ふはははは! ただの腰抜けかと思っていたら、なかなかどうして言うではないか!」

「いたっ! いたいよ、リット君!」

「確かに貴君の言うとおりだ。我らはまだ若い! まだ始まったばかりだ! 一度や二度の挫折でくじけていては、未来は開けまい! うむ! 我も新時代の英雄となるために、粉骨砕身の努力をしていこうと思う!」

「ならとりあえずその素っ頓狂な話し方をどうにかした方がいいと思う」

「……ふふっ。そうね、それに関しては賛成」

「ぬっ! なぜだぁああああああああ!? かっこいいだろ! カッコイイだろう!?」


 狙ってやっているのか、それとも素なのか……。とにかく、リット様の狼狽した声によって野営地には笑いが満ち、リンネル嬢の落ち込んだ雰囲気も吹き飛ばされたようでした。


――これなら明日の帰りは大丈夫そうですね。


 私がそう思った時、


「ん?」


 森の中で何かがうごめくのを感じました。


「あれは!」


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