うちのお嬢は見極めたい
「あ、あのあのあの……ぐ、ぐぐぐぐ、軍人学部スキッピオ・ノア・スカドニオールです。よよよよ、よろしくおねがいしししします」
「……揺れている?」
「揺れていませんよ!」
エトワール様が「失礼じゃないですか!」と、お嬢に注意される。
とはいえ、お嬢の疑問も尤もというべきでしょうか……。もう足元が揺れているんじゃないかという勢いでどもられる、槍を背負った少年がどうやら我が班のリーダーに決まったようでした。
相当苦労しておられるのか、落ち着いた栗色の髪のあちこちから白髪が見えておられます。
「でも苗字持ちということは、貴族なのでしょう? そんな自信なさそうな態度では侮られますわよ?」
「い、いいいえ! 苗字と言っても、スカドニオール家は父さん……もとい、当主が武勲を上げて爵位をいただけた成り上がり家系でして。その……ロレーヌ公爵家なんかとは比べられない木端貴族でででででででで!」
「え? 騎士爵家?」
「よく入れましたね?」
以前にも言った通り、ここマルティラ学院に通うには莫大な学費がかかります。領地をもたず、年金も雀の涙程度の騎士に毛が生えた騎士爵程度では、到底払いきれないほどのお金が必要なのです。
「そ、そそそそそその……父さん……じゃなかった。とと当主は、は冒険者時代に活躍した貯えがありまして。入学資金だけは何とか捻出できたのです。僕には一流の教育をうけさせたいと……。ただ、僕の生活費だけはまかなえないからと、学園の許可をもらって、今は僕も冒険者として日銭を稼いでいる有様でして」
「あら、ということは実戦経験ありですの?」
「ご、ゴブリン討伐くらいなら少々……」
なるほど、とお嬢は頷きました。私も何でこんな自信なさそうな人が班のリーダーに選ばれたのかと首をかしげていましたが、少し納得です。
「で、そちらの方は?」
次いでお嬢の視線が映ったのは、なにやら左手で片目を隠しながら、体をちょっと傾けて立っている、紫の髪を短く切りそろえ、左目に眼帯をつけている変わった御仁でした。
「ふふふっ! 我が名は、リット・ド・エドワード・シュタイン。邪悪なる闇の世界を切り開く、新時代の英雄! おっと、サインの催促はやめてくれ、お嬢ちゃん。俺はまだ、語れるほどの偉業を成していないのだから」
「……ちょ、ちょっと変わった子でして」
「見ればわかりますわ」
困り果てた様子でスキッピオ様が頭を下げる中、お嬢は面白い芸人を見つけたという顔で、その御仁を見つめておられました。
ですが、
「お嬢、シュタイン家と言えば、神聖ロマウスの東にある、ポートランド王国の男爵家系で、数多くの軍人を輩出した軍閥の家系でもある名門貴族ですよ?」
「え? そうなんですの?」
「ふふっ! さすがはロレーヌ家の執事。その暗い深淵の瞳はすべてを見透かすか!」
「いえ、入学前にお嬢が失礼かまさないように、各国の貴族家系はすべて暗記させらたので」
「『暗記した』と言わないところがミソですね?」
「というかお父様、どれだけ私のこと信頼しておられないのっ!」
――取りあえず、お嬢が最近した所業の数々は素直に報告してあるので、ご当主様は胃薬の買い付けの回数を増やされたそうですよ?
と、内心私がつぶやく中、どうも魔法使いらしい、大きな杖をついたローブ姿の女子へと皆さまの視線が集まります。
その視線に応えるように、ローブについたフードで顔を隠しながら、女子はぶぜんとした声音で、
「リンネルよ。悪いけど、苗字はないわ」
「ということは平民出身の方ですか」
「優秀なのですわね。推薦状が必要だったでしょうに」
お嬢の言うように、マルティラ学園軍人学部は平民にも門戸が開かれていますが、当然のごとく学費は据え置きです。そのため、平民がこの学園に入るためには、実家が貴族並に金持ちであるか、もしくはその才覚を認められ、それなりの権力者によって書かれた推薦状により、学費を免除してもらう必要があるのです。
リンネル嬢が着ているローブは、言っては悪いですが非常にぼろく、あちこちがほつれていました。実家が金持ちではないことはすぐにわかります。
「はっ! 平民出身だから何? 何か問題がありますか? あぁ、それとも名門貴族様は、平民と同じ空気を吸うだけで気分が悪くなられますか? さすが繊細なご令嬢は言うことが違いますねぇ! だったら、やってくるモンスターは全部私が倒しますから、ご令嬢は私たちに近づかない場所でゆっくりされてはいかがですか?」
そして、そういったシンデレラストーリー持ちにありがちな属性――上流階級に対する執拗なまでの敵愾心も標準装備されておられるようでした。
「む。リンネル、言いすぎだぞ?」
「ちょ、り、リンネルちゃん! ロレーヌ家だよ! ロレーヌ家だよっ!」
――大事なことなので二回言ったのですね。わかります。
私が内心そんなくだらない戯言を呟く中、いきなりお嬢に喧嘩腰のリンネル嬢の口を、スキッピオ様とリット様がふさがれました。
ですが、対するお嬢はというと……。
「あら、べつに気にしていませんわよ?」
「え?」
「えぇ、本当ですかぁ?」
「黙りなさい、セヴァス」
むしろすがすがしいまでの令嬢スマイルで、その悪態を流されました。ただ私にはわかります。
――あ、お嬢キレてる。あの笑顔は怒っている時の笑顔だ。
相変わらず煽られると沸点が低いお方です。何分今まで自分を高めるために様々な人材を抱えてきたお嬢は、その努力に比例して、それなりにプライドが高い。
問題なのはそのプライドの方向性で……普通の貴族なら平民程度に侮られたと怒るところなのですが、お嬢の場合は、
「仕事さえしていただけるのならば、私身分の貴賤は問わない主義ですの。ですが大口をたたいた以上、それなりの働きはしてもらいますわ」
「っ! 上等よっ!」
身分の貴賤程度で相手の評価を決める暗愚だと思われた……。と、お嬢は普通の貴族とは違った、斜め上のキレ方をされるわけです。
なんでこの人こんなにひねくれてしまったのでしょう。ご当主も私も、一向にお嬢の精神構造は理解できません。
もうそろそろいい感じの時間付き合って来たエトワール様も、お嬢の雰囲気が変わったことを察せられたのか、
「あ、あのセヴァスさん。これはアドバイスを受けたことになるのかもしれませんけど……ヴィクトリア、怒っていません?」
「怒っていますよ?」
「ととと、止めた方がいいんでしょうか? この授業は軍人学部の訓練も兼ねていると聞きます。ヴィクトリアのことだから、それを知ったうえで横からモンスターをかっさらって、活躍の機会を奪うんじゃ……」
「いえ、その心配はないかと」
「え?」
「お嬢はリンネル嬢に任せるとおっしゃられました。あの方がその言葉を違えることはありません。ですが、問題なのは戦闘が終わった後でして……」
「というと?」
不思議そうに首を傾げるエトワール様に、私は忠告としてこれからお嬢がするであろう行為を告げました。
「お嬢はおっしゃられました。『それなりの働きをしていただく』と。つまり、それなりの働きをするかどうか見ているということです」
「……えっと、つまり」
「えぇ。お嬢はじっと見ているつもりですよ。あれだけの大口をたたくに値する人物であるかどうか……リンネル嬢の働きを」
わたくしの言葉に、エトワール様の顔から血の気が引いたときでした。
「では、各々森の中に作られている野営地に向かって出発だ!」
「班単位での行動を実現するために、出発個所は複数に分けるので、私たちの誘導に従ってついてきなさい」
授業開始の合図が放たれました。




