表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/22

うちのお嬢はチームを作りたい

 お嬢がいると言い張っておられる異世界の皆さまがたは、校外学習という言葉で何を思い浮かべられるでしょうか?


 ウキウキ楽しいキャンプでしょうか? それとも、みんなで仲良く遊園地?


 ですがあいにくとこちらの世界は戦時中。校外学習にも楽しい娯楽を混ぜ込む余裕はございません。

 たとえ戦場にあまり出ない貴族であるにしても、最悪の場合は領軍を率いて、戦場にはせ参じる必要があるのです。

 というわけで、マルティラ学園における校外学習とはすなわち、


「は~い、皆さんで三人一組の班を作ってください! これから、冒険者さんの護衛をつけて、森で野営を行いま~す!」


 戦時下において起こりうる、劣悪な環境での野営訓練と相成るわけです。



…†…†…………†…†…



 レビオンの森。


 マルティラから程よく離れた場所にある原生林で、野生の獣が豊富な森であります。

 それゆえに、餌場を求める魔獣や、行き場を失った亜人なども生息しており、人にとっては多くの危険が存在する森です。


 そんな森の入り口に、我がマルティラ学園初等部の軍人・貴族学部一年の面々は、引率の教師三人に連れられやって来ていました。


「本日は待ちに待った校外学習です。皆さんは将来このイウロパを率いていくことになる貴族や軍人の卵。その中には、魔族の侵攻に自分の領地が晒され、領軍を率いてそれの迎撃に当たらなければならないこともあるでしょう。そこで本日の校外学習では、このレビオンの森の中で一泊野営をしてもらうことです!」


 お嬢が選択した授業でよく顔を見る、優しそうなたれ目をした女性中年教諭が言葉を区切ると、続いてその傍らに控えていた完全武装の、巨漢の男性教諭が声を張りあげます。あれは確か軍人学部の教諭でしたか?


「学園の近くだからと言って油断するな! この森には餌となる野生動物を底辺とした、巨大な生態系が構築されている。その中にはEからCまでランクの豊富なランクの魔獣も組み込まれており、一流の冒険者であっても過度な油断をすれば命を落としかねない環境となっている」


――とは言いつつ、所詮は最高ランクがC(まあまあ強い)といった程度の魔獣です。他の貴族学部の学生ならともかく、お嬢の敵ではありません。Aのデミドラゴンをワンパンで沈めちゃうわけですし……。


 私――セヴァスがそんなことを考えつつも、念のためにといくつか小石を拾う中、軍人学部教諭の教訓は続きます。


「とはいえ軍人学部のヒヨッコ供はともかく、貴族学部の学生諸君はいまだに戦闘経験を積んでいない足手まといにほかならん! 当然だ! 貴様らと軍人とでは戦場に出る頻度が違う! また、戦闘を学ぶ前に、貴族として行儀作法を学ぶ必要もある! ゆえに、お前たちに戦力としての期待は一切していない!」

「言い方……」


 鎧にすら反響する大声での戦力外通告に対し、お嬢の同級生がたも、事実ではあるとはいえ機嫌を悪くされておられるようでした。眉間にしわが寄っておられます。

 さすがにまずいと思ったのか、軍人学部の教諭の隣におられた、もう一人の中年男性教諭から指摘が飛び、軍人学部の教諭がしまったと言いたげな顔をされました。


――素でそれですか……。発破をかけるための演技とかではなく。


「おほん! とにかく、貴族学部の面々に心掛けてもらうのは、勝手な行動をしない! 戦場では、貴族のプライドを捨て軍人の言うことを聞く! 余裕があるようなら全体を見渡し、有益な情報を軍人学部の学生に届ける! 以上のことを守ってもらい、今回の校外学習を過ごしてもらいたい!」

「まぁ、言い方はあれだったが……言いたいことは分かるだろう?」


 続いて、先程軍人学部の教諭に注意を促した、中年教諭の説明が始まった。


「貴族学部の面々は、授業のカリキュラムを見たらわかるように、現段階では基本的に戦う術を教えていない。政治にかかわる諸君には、相手を退ける方法よりもまず覚えなくてはならないことが多いからだ。実際、中等部や高等部に上がれば、《戦術理論》《格闘術》等の授業も選択できるようになるが、大多数の貴族学部の面々はそう言った授業を受けずに我が校を卒業していく。無論それが悪いとは言わないが、いざ戦うときになって知識を持っていないことは非常にまずいと言える」


 実際歴史を振り返る限り、そういった戦うすべをもたない貴族というのは、戦時において非常に弱い。

 死にたくないと死守すべき防衛ラインを棄てて逃げたり、プライドが邪魔して素人のくせに軍の指揮をとり無駄に死人を増やしたり……最悪の場合、攻められてすぐに無条件降伏を行い、敵の橋頭保になったことを本土に隠すという、反逆罪待ったなしの行いをした領主までいる。

 さっき言った通り今は戦時。貴族と言えども、政治だけ考えて生きていける程、甘い情勢ではなかった。


「だが、貴族は軍人にはない力を持っている。それは人の上に立つ権力というモノだ。自分に戦う才覚がないのなら、優秀な人間を雇い、その人間の言うとおりに動けばいい。実際そうやって戦果を上げてきた賢君も大勢いる。つまり、軍人学部の演習であるこの授業において、合同として参加する貴族学部の面々が覚えることは、プライドを捨て、戦争のプロに従い、勝利を掴む感覚だ。これさえ体感し、学ぶことができるのなら、諸君らは歴史に名を残す偉大なる貴族として後世に名を残すだろう」


 無精ひげだらけのだらしない恰好をした教諭でしたが、そのカリスマ性は本物だったようです。軍人学部の教諭のせいで冷え切っていた空気は、多少緩和されました。

 どれほど幼くとも、やはり彼らは貴族の子供。名誉を重んじる一族の末席に連なるもの。歴史に名を残すという言葉に、憧れのようなものを抱いているのでしょう。


――もっとも、


「つまりどういうことなのかしら、エトワール」

「つまり、戦いとかは軍人学部の生徒さんたちに任せて、私たちは邪魔にならないように軍人学部の皆さんの指示に従うようにということでは?」

「なるほど……退屈そうですわね」


――うちのお嬢はそんな名誉など最初っからアウトオブ眼中のようですが。


「というか、お嬢が戦った方が早いですよね? 絶対に」

「あら失礼ね、セヴァス。私のようなか弱い令嬢を捕まえて!」


――はははは、お嬢。後ろを見てみてください。流石のエトワール様も反応に困っておられますよ?


 魔獣がうごめく森を前にして、そんな風に私たちは何時もの雑談を繰り広げます。不思議と恐怖はありません。むしろ私としてはお嬢が何かしでかさないかという方が怖ろしい……。

 そして、そんな私の心配をしり目に、


「なお、本当に危険になった場合は引率である私たちや、先に森の中に入ってもらい、陰ながらあなたたちを見守ってくれる冒険者の皆さんが控えているので、遠慮なく救援を呼んでください。命が失われてからでは遅いので、限界の見極めはきちんとするように! いいですね」

「「「「「はいっ!」」」」」


 中年女性教諭の言葉によって訓示が締められた瞬間、お嬢にとってはとんでもない指令が教諭方から出されました。


「それでは、五人一組になって班を編成しろ! 軍人学部三人と、貴族学部二人という人数構成が望ましい」

「あぁ、執事の方々は戦力に含んじゃだめですからね? セヴァス君みたいな例外は除き、基本的に成人男性の方が多いですし。執事の方々も、仕事上離れるわけにはいかないという意思はくんで同行は許可しますが、余計なアドバイスや戦闘への参加は基本的に禁止とさせていただきます。これはあくまで訓練であり、将来必要な経験を積むための授業ですから」

「……え?」


 瞬間、軍人学部生徒が、コネを作ろうといろいろな貴族学部の元へと走っていく中、お嬢の周りだけはさながら某聖人に切り開かれた海が如く、ぽっかりと穴が開きました。

 そりゃそうでしょうよ。あの入学式には軍人学部の方々もいらっしゃいましたし、自分たちの先輩ぶんなぐったという噂も一時的に広まってしまっております。

 さらにはお嬢の珍妙不可思議な言動はすでに学園中に広まっており、ロレーヌ家のヤベエ奴という称号を、お嬢はほしいままにされておられました。


 偏屈・凶暴・意味不明。


 こんな三拍子がそろった令嬢の護衛を、命がかかった校外学習で引き受けてくれる奇特な方はいません。


「あ、あのヴィクトリア。どうします?」

「……せ、セヴァス!」

「ダメですよ、お嬢。助言も救援も禁止されてしまいました。俺からは何もしてあげられません」

「ぐっ! なんて意地悪な校外学習ですの! ボッチに適当にチームを作れという指示がどれほど残酷か、偉い人にはそれがわからないんですの!」

「お嬢は一応この上なく偉い人のご令嬢ですよ?」


 むしろお嬢以上に偉い人ってあんまりいないくらいですよ? と、私が内心呆れる中、ちょっと血走った眼でお嬢は周囲を確認し、


「そこのあなたっ!」

「ひっ!」


 逃げ遅れた――もとい、気弱なのか恥ずかしがり屋なのか、それともただの人見知りか……。とにかく、活発な叫び声が上がるこの場で、孤立していたハグレ者三人をとっ捕まえ、


「私とエトワールの護衛をしなさい!」

「「「え、えぇええええええええええ!?」」」


 本日の生贄とされたのでした……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ