122 この世界の現実と
アーシュとの空の旅は、人の姿がぽつぽつ見えた街を上空から観察して、行きとは違うルートで守護地の森へと引き返して終わった。
その帰り道でも、人の姿よりも遥かに多くの廃墟と焼け出された大地だけが広がっていた。
そこには悲哀を通り越して虚無を感じ、オズの絶望の一端を実感として感じられた。
まあ、安全地帯で未だに日本での生活と同じようにのうのうと暮らしている俺が、実感など言っても薄っぺらい言葉でしかないだろうけどな。実際に俺がこの世界の人里へ放り出されていたら、もう生きてはいないと思う。食べ物一つ確保出来ずに、すぐに果てていただろうことを容易く想像出来た。
焼けただれ、煤けた赤茶の大地がむき出しとなった場所を見つけると、アーシュは無言で下降して【再生の炎】で緑を蘇らせていた。
それでも大地に力がもうないのか、それとも精霊がいない影響か、雑草が芽吹いても濃い緑とはならず、ただ薄い色の緑の葉を力なく広げただけだった。
そのことからも神獣、幻獣達がこの世界の住人には干渉しないから手をこまねいているのではなく、根本的に改善しない限りこの世界が回復へ向かう術がないのだ、と気づいたのだ。
歯がゆかっただろうな……。人の繰り広げる争いで精霊が大地を追われたり消滅せざるを得なかった時、よっぽど人の方を滅ぼしたかっただろうに。でも、世界樹が支えるこの大地の住人として見守る相手だったからこそ、恐らくたまに人里に姿を見せて牽制することくらいしか直接的に関与する手立てもなかったのだろうな。
争乱初期などには、まだ人も力があるから、圧倒的な存在を感知しても逆に対抗しようと戦闘力を高める結果になったこともあったのかもしれない。
けど、ここまで荒廃が進んだ今ならーーーー
もう国もない、って程に人口も減っているようだしな。世界を守ろうとしている神獣、幻獣達が人から恐れられる、っていうことには納得はいかないけど、でも、それで人が団結して人同士の争いを止めて力を溜めようとしてくれるのを期待するしかないんだよな……。
やるせない思いにため息をつきつつ、空の旅から戻ってから浮かない顔でため息をつくばかりの俺を気遣ってずっと隣に付き添っていてくれているキキリをそっと撫でた。
「結局、俺は俺に出来ることをやるしかない、ってことなんだけどな。世界のことなんて、俺には背負えないしさ」
そう、この世界の現実を垣間見たが、結局当事者にはなれない俺は、ここでこの世界を存続させようと奮闘しているアーシュ達神獣、幻獣、それに精霊達の為に、求められた協力を頑張るくらいしか出来ることはないのだ。
何度考えてもその結論しか出ないし、オズを戻すことを止めることも出来ないんだけどな。フウ……。でも、こうして嘆いてばかりいても、せっかくアーシュが連れて行ってくれた意味もなくなってしまうな。
「よし!明日は久しぶりに午後は川へ行こう。暑くなって来たから、午前中に泉で遊んでも午後も川遊びでも平気だよな!」
暗い考えを振り切って自分に言い聞かせるように、キキリに告げたのだった。
翌日。昨日は休みにして空から人里の様子を見て来る、と子供たちにも告げていたので、早朝からクオンが元気に駆けて来た。
『イツキーーーっ!二日ぶりなの!』
ダダーーーーーーッっと駆けて来たクオンが、まだ朝食用の肉を切っていた俺に突撃して来て背中にぴょーんっと飛びついて来た。
「うわっ、クオン!今刃物を手に持っていて危ないから!台所にいる時は飛びついちゃダメだって、言っただろう?」
『だってイツキと昨日会えなかったから、寂しかったの!……イツキ、大丈夫?なんか悲しいことあった?』
楽しそうにブンブン尻尾を振って怒られてもはしゃいでいたクオンが、振り向いた俺の顔を見て心配そうに立ち上がってのぞき込んで来た。
うわぁ……。振り切ったつもりだったのに、俺ってやっぱり優柔不断というかなんというか……。夕方戻って来たドライも、なんか優しかったしな。
「いいや、大丈夫だよ、クオン。昨日人里の様子を初めて見てショックを受けたけど、悲しんでいる訳じゃないんだ。ただオズに俺がしてあげられることはあったのかな、って考えちゃっただけなんだ」
そう言葉に出して、初めて一番引っかかっているのがオズのことだと気づく。
魂の管理官にも頼まれていたのに、結局色々面倒を見てくれていたのはキキリやシュウ、それに他の子供たちだものな。俺はただ食事の支度をして、散歩に連れ出すくらいのことしか出来ていなかったしな。
オズの瞳に宿る昏く重い虚無が、どういうものかを完全に理解出来ていなかったのだと、この世界を直に見た今は、そう実感できる。でも、見ただけの自分が、オズに寄り添えるかといえば、不可能だということも分かってしまったのだ。
『んんーー?オズ?オズは最初は近づけなかったけど、今はイツキが手を引いて歩いていると穏やかなの。だから最近では私も近づけてるの!』
「え?ああ、そういえば最近昼寝から目が覚めた後、皆オズの周りにいたりしているよな」
オズが来た当初はキキリとユーラ以外はオズのいるロフトには誰も近づかなかった。
シュウはいつの間にかオズの元へ通っていたみたいだけどな。でも、確かに最初の頃は誰も近づいていない筈だ。スープが飲めるようになって、食事をきちんととれるようになってからは、そういえば子供たちもだんだんとロフトの方を気にしなくなったかもしれない。
『イツキがいると、ほわーーんってなんだか暖かい気持ちになるから、オズも多分それで穏やかになったんだよ。イツキの力なの!』
「そ、そうかな?……ありがとうな、クオン。なんかちょっと元気になったよ」
手に持っていた包丁を置き、しゃがんでクオンを抱きしめてしっかりと柔らかなもふもふの温もりを確かめる。
その温もりが、手を引いたオズの手の温もりと重なって、やっと肩の力を抜くことが出来たのだった。
その後はせっかくクオンともふもふイチャイチャしていたのに、ご飯!とアインス達に騒がれたけどな!
急いで肉を焼いてアインス達に朝食を出し、パパっと手早く自分の食事の用意をして食べている間にも子供たちがいつもよりも早く次々とやって来て、俺の膝になつくクオンを見て皆俺の周りに寄って来てくれた。
自分ではクオンの温もりともふもふに癒されていつも通りのつもりだったが、気遣ってくれる子供たちの優しさに、改めてこの世界を崩壊させたりなんてしない。その為の協力なら惜しまない、と決意したのだった。




