世界は私のために回ってる
「だいたい別荘とか避暑地で想像するのって軽井沢でしょ。あれイメージして行ったのに、マジ何もないど田舎なんかありえなくね!?」
マリが苛立ったようにかりかりと爪を噛む。
「おもしろいことなんかこれっぽっちもなくて、何にもすることないわけ。娯楽と言えば、別荘抜け出して近所の村の子供をいじめて遊ぶくらい? 田舎だから虫も多くて家の中まで入ってくるし、朝は鳥がうるさくてのんびり寝てもいられなかったし。もうっ、マジ発狂するかと思った!」
マリがヒステリーを起こしている間に、持っていた氷レモンとアントンからの手紙をそっとシーツの下に隠した。
枕を盾の代わりにするべく胸に抱える。
マリのストレス発散はずいぶん長かった。
ガヴァネスがどれだけヒステリックでうるさかったか、別荘がどんなに狭くて勝手が悪くてど田舎だったかを事細かにしゃべり倒す。
ただそうやってマリの不満を聞いているだけならまだ楽なのだ。
問題はマリの意識が私に向くとき。
その時はすぐにやってくる。
「で、あんたは何してたの。まさかずっと寝てたわけじゃないでしょ。そうだ。王都に行くって話があったじゃん。もしかして一人で行ったんじゃないでしょうね? だったらただじゃすまないから。ほら、聞いてんだからさっさと答えなさいよ。このグズっ!」
「ね、寝てたわ、ずっと。熱があったの。具合が悪くてずっと寝ていたわ」
「はあ? 何だ、結局あんたもだらだらしてたんだ。ほら、やっぱ私だけ勉強しなくてよかったんじゃん。やり損じゃん。マジ不公平! お父さまにおねだりして、絶対何か買ってもらわないと割に合わないわ」
次はネックレスが欲しいだとか勝手にしゃべっているマリに心が波立つ。
エリーナを階段から突き落としておいて、お母さまは一時は危ういほど体調を崩したというのに、マリはどうしてこんなにのんきで普段通りなんだろう。
いつも自分のことばかりで周りに目を向けない。
目を向けたかと思うと不満ばかりだ。
いつもならマリらしいとため息をつくところだけれど、今日は何だかとても不満だった。
「エリーナがお屋敷を辞めたの」
気が治まらなくて、つい言ってしまった。
マリのせいでひどいケガをして心まで病んだ。
未だまともに生活も出来ないらしいエリーナが不憫だった。
「あーそれそれ、マジムカつくー。エリーナが勝手に辞めたりするから髪をセット出来るメイドがいなくなったんだよね。気分乗らなくてマジ最悪―。ベサニーは全然ダメだし、エリーナも屋敷を辞めるならちゃんとベサニーに教え込んでから辞めるべきだろ。ちょっと無責任がすぎんじゃね」
「マリが階段から突き落としたんじゃない!」
その言い方はあまりにひどいと反射的に言葉が出た。
「はあ? 何言ってんの。あんたが突き落としたんでしょ? ちゃんとベサニーが見てんだし、証拠だってあるんだから」
「突き落としたのはマリでしょ。私は見たんだから。あの時、マリが階段の上にいたの。エリーナを突き落としたのを!」
息を切らしながらマリを責め立てる。
マリは驚いたように目を見開いたが、すぐににんまり笑った。
「何だ。あんた見てたの? なのに何も言わなかったんだ。笑うー。それで犯人にされちゃって、あんたバカ? マジバカがいるわ。おもしろー。いやマジ笑うわ」
「なっ」
「で? マリが犯人ですとでも言った? それで誰か信じてくれたわけ?」
狡そうな嫌な目で見られて私は口ごもる。
「あはは、誰も信じるわけないでしょ。あんたと私、この屋敷じゃ全然立場が違うっての。そのために普段から色々仕込んできたんだから、簡単に引っ繰り返されるわけないじゃん。てかさあ、エリーナが都合よく記憶喪失になっちゃうんだからマジすごくない? 運まで味方につけた私ってやっぱヒロインだわ。世界は私のために回ってるってこんな感じ? ヒロインってマジ楽でいいわー」
「……っ」
「あーでも、こんなことならあの時もっといろいろ言っとけばよかった。あんたとエリーナが仲悪いとか、エリーナがあんたのことを怖がってたとか、殺されるって相談を受けたとか。エリーナの記憶が飛ぶってわかってれば他にもガンガン言えたのにマジもったいないことした。ま、結局あんたがエリーナを突き落としたって皆が信じたからいいけど」
「マリ、あなた……」
「しかもさ、ここぞってときに味方が現れるんだから! 突き落としたのをあんたのせいにしようと思ってあんたの刺繍の布を持ち出したとき、ベサニーが任せてくださいなんて言ってきた訳よ。あの子も全部見てたらしくてさ、あんたに罪をなすりつけようって言うんだから、あの子もなかなかの悪党でしょ。まあ、裏切ったらただじゃおかなかったけど。上手くやったからもう少し使ってやることにしたわ。仕事はサボるしやっても出来ないけど、立ち回りだけはなかなかでさ。別荘でも村の子供を騙して連れてくるのが上手でいい暇つぶしになったし、ちょっと見どころあるわー」
あまりの話に呆気に取られて私はただただマリを見つめる。
「ジュリマリの中でマリが使ってたメイドとはちょっと方向が違うけど、ま、使い勝手はよさそうだし、私の言うことを聞くうちはキープしておこう。そういうとこもやっぱ私がヒロインだから? くふふ、本当すっかりあんたと入れ替わってるよねー。主人公なだけあって、何をやっても私がいいように進むなんて笑いが止まらないわ。まあ……最近はちょっといろいろやったから、しばらくは大人しくお嬢さましとくかな」
言うわりにやることはお嬢さまらしくない。
あぐらを組んでいた足を伸ばして楽しげにばたばたやっていたかと思うと、今度は踏ん反り返ってソファーの前にあるテーブルの上へ足を乗せた。
その足で庭の花を生けている花びんを蹴らないか少しだけ気を揉んだ。
「でも、別荘行きはマジムカついた。どうせなら王都へ行きたかったー。お母さまも何で体調不良になんのよ。ガキなんていらないのに。うるさいだけだし、ジュリマリでも私の下に弟も妹もいなかった気がすんだよねー。あんま覚えてないけど。ちょっと体調崩したくらいで屋敷中が大騒ぎするって、お母さまってもしかして構ってちゃん? お父さままでオロオロしてさあ。いるよねえ、病弱アピールして構われたがるヤツ。あと、ちょっとのことで大げさに騒ぐヤツも。お母さまって完璧それでしょ。はあ、他はどうでもいいけどお父さまは私に意識向けといてくれないと不便なんだよねえ」
ふつふつと憤りがお腹の底からわき上がってくる。
マリは絶対許せない――――!




