お祖父ちゃまとの約束
「ジュリエッタ、それにアントンくん。君たちには約束をしてもらいたいことがあるんだ」
「約束? 約束ってなあに?」
「ふむ、まずはルカーシュくんのことだね。ルカーシュくんが精霊の愛し子であること、今日あの場でルカーシュくんに会ったことも秘密にして欲しいんだ。彼はちょっと特殊だからねえ。あまり彼の存在を公にしたくないんだ」
「バークレー博士、ルカーシュからも内緒にして欲しいって言われました。でも、どうしてなんですか? 精霊の愛し子さまだなんて自慢してもいいくらい誇らしいことでしょう?」
不思議がるアントンの言葉には頷ける。
精霊の愛し子は奇跡の存在だ。
出自や身分に関係なく国の至宝として大切にされ、人々からの崇敬も厚い。
ジュリマリのマンガでも、王子との恋愛には身分という壁があったのに、ジュリエッタが精霊の愛し子になったことであっという間に解決したくらいだ。
誇ることはあっても隠すようなものでは決してないはずなのに。
「うーん、大人の事情と言うものだねえ。詳しいことは言えないけど、しょうもない大人のいざこざにルカーシュくんを巻き込んで悲しませたくないんだよ。今までもたくさん傷ついてきた子だからねえ」
お祖父ちゃまはちょっと難しい顔をしていた。
大人の事情?
大切にされるべき精霊の愛し子さまなのに?
結局聞いても何もわからなかったけれど、ルカーシュさまが傷つくというのなら黙っておこうと私もアントンも素直に頷いた。
「それから、精霊の庭のことも内緒だ。あそこは多くの人間が訪れる場所ではないんだ。一般には立ち入りを制限しているんだよ。蝶の温室も含めて、あの場所のことは研究所と呼んでいる。君たちも覚えておいて」
それにも二人してわかりましたと返事をする。
「最後のひとつはとても大事なことだ。白い菫のことだよ。ジュリエッタが今日白い菫を手に入れたことは誰にも言ってはならない。出来ればロッサーナとスチュアートくん――君の両親にもね。ジュリエッタは白い菫をメイドのために使うと決めたんだろう? だったらそのメイド以外には話さない方がいいねえ」
蝶の温室への行きがけにお祖父ちゃまとは色んな話をした。
蝶の温室について質問攻めをしたけれど、反対にお祖父ちゃまにもあれこれ訊ねられて私のこともたくさん話した。
動植物が大好きなこと、本が好きなこと、紫菫の木をずっと探していたこと、ルカーシュさまとの出会いや白い菫を授かったことも。
白い菫の話をしたときはお祖父ちゃまもとても驚いていた。
精霊の庭で長年仕事をしてきたお祖父ちゃまでさえ白い菫は一度も見たことがないなんて話でその時は終わったのだが。
「どうして? どうしてお父さまやお母さまにも話さない方がいいの?」
「うーむ、白い菫は本当に特別なものなんだよ。何せほとんどの薬の代用になるし、特殊な使い方もできる。幻の妙薬として王族が求めたこともあるくらいだ。それほど貴重なものだから欲しがる人も多いし、白い菫を巡って争いが起きたことだってある。それを子供のジュリエッタが手にしたと知ったら、君の両親は危険だからと取り上げてしまうかもしれない。他の使い道に回してしまうことだって考えられる。そうなるのは困るだろう?」
そんなに貴重なものだったんだと急にポケットが重くなった気がした。
私の様子に気付いたお祖父ちゃまが表情を崩して頭を撫でてくれる。
「そんなに怖がらなくてもいい。私とルカーシュくんとアントンくんしか知らないんだ。この三人がしゃべらなければどこにもばれない。もちろん私は誰にも言わんよ、家族にもだ。ルカーシュくんも言うはずがない」
「ぼくも言わないよ、ジュリエッタ。お父さまにもお祖父さまにも、もちろん奥様にも誰にも言わないから安心して」
二人の約束にほっとため息をつく。
「使わせるメイドにも口外しないように約束させるんだよ。なるべく早くメイドに渡して、処置もメイド本人に行わせるんだ。ただ本当のことを言うとねえ、ジュリエッタが望まない形で手放した白い菫は、精霊の祝福としての力を失ってしまうんだよ。けれど一般には知られてなくてねえ、奪えばいいと考える人間が多いのが現実なんだ」
「わかったわ。誰にも内緒にして、早くデジレ薬を作ってポーラに渡すわ。大人でもあっという間に治るんですって。ルカーシュさまが教えてくれたの」
「ほっほっほっ。ジュリエッタはルカーシュくんを気に入ったか。ルカーシュくんも珍しくジュリエッタを気に入っておったから、また会ってあげなさい。そのためにはロッサーナに約束を取り付けなければいけないねえ」
お祖父ちゃまとアントンと三人並んでお茶会会場まで王宮を歩いていく。
正規のルートを通ると、会場まではかなり歩くことになった。
行きがけはそれほど長い距離を歩かなかった気がするから、偶然にもいろいろショートカットしていたのかもしれない。
庭園ではまだ多くの子供達が楽しんでおり、保護者達も社交を勤しんでいた。
お祖父ちゃまはそんな会場を通りすぎて、王宮の部屋のひとつに私たちを連れていく。
「ジュリエッタっ、あなたまでどこに行っていたの!」
部屋にはお母さまとマリ、ソフィ伯母さまがいた。
どうやら先触れを出して、別室に待機してもらっていたらしい。
「ああもう、心配したんだから。お父さまに連絡をもらわなかったらもう少しで捜索願を出すところだったのよ。本当に無事でよかった」
お母さまに抱きしめられて、ようやく帰ってこられたとホッとする。
同時に隣にいるマリが射殺さんばかりの目で睨みつけてくるのを見て、帰ってきたんだと胸がどっと重くなった。
うー、後が怖い……。
離れた場所ではソフィ伯母さまがきんきん声でアントンを怒鳴りつけている。
「ふむ、悪かったねえ。ロッサーナがそんなに探しているとは知らなかったよ。偶然王宮でジュリエッタに会ったから嬉しくてねえ。つい仕事場へ連れていったんだ。喜んでくれたんだよ、ジュリエッタもアントンくんも」
「喜んでくれたも何もありません。お父さまはいつもそうなんですから、もうっ」
お祖父ちゃまが庇ってくれたことに驚いてお母さまに抱かれたまま見上げると、私の視線に気付いたお祖父ちゃまが小さく目配せした。
任せておけとばかりの頼もしい表情に、嬉しくなって笑顔になる。
「ほら、お父さまがそんなだからジュリも反省せずにもう笑うんです!」
「おう、子供が笑うのはいいことじゃないか。それに私にとってはおまえも可愛い子供なんだから、笑った顔が見たいよ。ねえ、ロッサーナ?」
「もう、お父さまは……」
のらりくらりとした口調でお母さまの怒りをかわすお祖父ちゃまを尊敬の眼差しで見た。
小言が多いお母さまさえ笑顔にしてしまうんだからすごい!
「だから平民の子供なんかと一緒に王宮に行きたくなかったのよっ。王子への挨拶もまともに出来なくて恥ずかしい思いをしたかと思えばこれですからね! 伯爵夫人である私がどうして――」
お母さまが落ち着くと、ソフィ伯母さまの甲高い声がうるさく聞こえた。
アントンをずっと責め続けているのだ。
ヒステリックに何度も文句を繰り返し、人格を否定する言葉も多い。
アントンはすっかり消沈してしまっている。
「これこれ、ロッシ伯爵夫人。小さな子供をそんなに怒るものではない。私がアントンくんを連れ出したんだ。男の子なんだから今は何にでも興味を持つのはいいことだよ。私の研究の話もとても熱心に聞いてくれてねえ。今後もちいっと手伝ってもらうことになったんだが、構わんだろうかな」
「なっ、なんですって! そんなこと許しません。ええ、私が許しませんよ。たかだかバークリー子爵家ごときが、我が伯爵家に言うことを聞かせようというのもなんて思い上がりでしょう。失礼ですわ! そもそもアントンは将来法曹界で働くんです。覚えの悪い子だから、今のうちからしっかり勉強させないとまともな大人に育つかも危ういんですからね。勉強以外にかける時間など少しもないんです。蝶の研究などもっての外! ありえませんわ」
「ほっほっほっ、ロッシ伯爵夫人は相変わらずだのう。だが、これは私の一存じゃなくてな。うちの精霊さまが決めたことなんだよ。今度ロッシ伯爵にも正式に挨拶を出すから、その時は気持ちよくアントンくんを送り出して欲しいねえ」
「精霊が決めたですって? っは、何を馬鹿げたことを。これだからバークリー家は落伍者だって笑われるんですわ。くだらないことをこれ以上聞いていられません。アントンっ! 帰りますよ」
肩を怒らせて伯母さまが部屋を出ていく。
アントンはびっくりして伯母さまが出て行った扉とお祖父ちゃまを何度も見た。
そんなアントンに、お祖父ちゃまがぱちりとウインクする。
「アントンくん、今は行きなさい。だが、心配しなくてよいぞ。迎えは寄越すから安心して待っていなさい」
「はい。バークリー博士、ありがとうございました」
部屋を出ていくアントンの顔には小さな笑顔が戻っていて私もホッとした。




