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マリの癇癪

 マリはまだ髪形についてエリーナに文句を言っていた。

 そのしつこさに、エリーナも仕方なく向き合って相手をしている。

 エリーナは冷静に取りなしているが、何か理想の髪形があるらしいマリはどうしても納得いかないようだ。


 今の髪形でも十分華やかだと思うんだけれど……。

 下手をすると、派手すぎると眉をひそめる人もいるかもしれない斬新な髪形だ。

 本来堅物なキース王子だってどう感じるだろう?


 それ以前に、お茶会を抜け出してマリは無事にキース王子に会えるのかしら。



 ジュリマリのマンガでは――いなくなったアントンを追いかけて王宮内で迷子になったジュリエッタは、偶然見つけたバラ園でキース王子と出会う。

 奥宮まで入り込んだジュリを優しく、けれどぴしりと咎めるキース王子。

 ジュリは素直に謝って、さらに持ち前の天真爛漫さでバラ園の見学許可を勝ち取るのだ。


 厳しく帝王学を学ばされたキース王子は、自分をそっちのけでバラ園を元気に動き回るジュリが気になってならない。

 バラにそんなに近付いてはいけない。

 花に触れるのはダメだ。

 落ちた花びらを拾ってはいけない。

 咎めてばかりのキース王子に、ジュリは不思議に思って訊ねる。


 そんな風にダメダメばっかりで、あなたはこの素敵なバラ園を楽しめるの?


 そこから二人は一緒にベンチに座っておしゃべりをし、心を交わし合う。

 キース王子は明るく純真なジュリに惹かれていくが、ジュリもまた大人びたキース王子が大好きになる。

 特に奔放に育ってまだまるっきり子供のジュリの好意はあけすけだ。

 お父さまが理想の男性であるジュリのこと。

 そんなお父さまにも似た――かっこよくて優しくて、いけないことはいけないとはっきり口にするキース王子を憧れのお兄さまのようだと慕うのだ。


 

 それで、ジュリの子供っぽいストレートな愛情とキース王子の不器用な愛情が触れ合って、一輪のバラのつぼみが花開く不思議な現象が起きるのよね。

 精霊さまの奇跡だって、その時は二人で手を取り合って喜ぶのだけれど。


 あの時から、マンガのジュリは精霊の愛し子さまになれる片鱗があったんだわ。

 改めて思い出して胸がジーンとする。


 それに、堅物なキース王子が優しい笑顔を見せたシーンは本当に心が震えたわ。

 今日お茶会を抜け出すマリの跡をつけていったら、そんなキース王子の微笑みが見られるかしら……?

 ちょっとやってみるべき?


 そうそう、子供時代のキース王子はおかっぱ頭で格好可愛かったのよね。

 でもあれはマンガだったからよかったけれど、実際男の子がおかっぱ頭ってどうかしら。


 これからのお茶会のことを思うと色々くすぐったい気持ちになって、唇が変にもぞもぞする。


「さ、お待たせ致しました。ジュリエッタお嬢さまのセットを行いましょう。ポーラは補助に回ってちょうだい」


 考えごとをしているうちにマリとエリーナの話し合いは決着がついたらしい。

 手伝いに来てくれたエリーナにホッとする。

 ポーラも悪くはないけれど、髪を扱うのはエリーナがメイドで一番上手なのだ。



「エリーナ、喉が渇いたわ。お茶を持って来てちょうだい」


 しかしマリがそれを邪魔する。


「わかりました。ポーラ、悪いけれど誰かに頼んできてもらえるかしら」


「エリーナ! あなたが準備するのよ。ジュリ姉さまのメイドはポーラで、ポーラを差し置いてエリーナがジュリ姉さまのヘアセットに関わるのは失礼だわ」


「マリエッタお嬢さま。お言葉ですが、今日の茶会用の髪を結うのはポーラにはまだ難しいのです。ですから奥さまからも――」


「いいから! エリーナは私の言うことを聞くの! 私がお茶を飲みたいって言ってるんだから、私付きのメイドなら私の命令を聞きなさいよ!」


 珍しく人前で癇癪を起こしたマリに、エリーナもポーラも驚いた顔をした。


「エリーナ、お茶の準備をしてきていいわ。ポーラにもう少し頑張ってもらうから。その後に一緒に手伝ってくれるでしょう?」


「かしこまりました。すぐ戻って参りますので」


 エリーナはホッとして部屋を出ていく。

 三人だけになった部屋で、すぐに『嫌なマリエッタ』が正体を現した。


「あーもうムカつく。ちょっとデキるからってエリーナはマジ生意気。主人の私になに刃向かってんだか。髪形にも一々文句をつけて! イメージからほど遠いのに、何で私が我慢しなきゃなんないわけ!? ムカつくムカつくっ」


 ポーラは初めて見るマリの地の顔に息も止まりそうな顔をしている。


 ポーラがいる前でマリが本性を見せるなんて、見習い上がりのメイドは取るに足らない存在だと見なしたのだろか。

 というか、最近マリはちょこちょこ『嫌なマリエッタ』を見せるようになった。

 お屋敷や他の場所で自分の立場が磐石なのを確信してもう我慢をやめたのか。

 それとも自分より立場が下の人間に対しては、いい子の演技をしなくても構わないと思うようになったのかもしれない。 


 素敵なドレスを身に纏っているのに、般若の様相で文句をまき散らすマリに、私は心中でため息をついた。

 しかしそんなため息が聞こえたようなタイミングで、マリが私を見た。


「ムカつくのはあんたもよ! 一番地味だと思ったドレスだから許したのに、いい感じになってるじゃない。しかも実際着るともっと可愛く見えるなんて! やっぱりあんたにミアンのドレスを選ばせたのが間違ってたわ」


 ミアンのデザイン帳からドレスを選んだのは、まだ前世の記憶が戻る前――七歳のジュリエッタだ。

 隣でマリが何度も邪魔をしたが、お母さまや工房スタッフがいる手前強く言えなかったらしく、また素敵なドレスデザインに夢中になってマリの怖さを一時忘れたジュリが強行して、こうして今日のドレスを着ることが叶った。


 それでもマリが言葉巧みに誘導して、習作だからとミアンが何度も断った一番地味なドレスに決まったのだが、デザインイラスト以上にドレスが素敵に仕上がったのが気に入らないらしい。


 急に不機嫌になったのは私のドレスが可愛かったせいだなんて。

 わかってはいたけど、とことん自己中心的で困ったマリだ。

 王宮に着くまでに機嫌を直してくれるかしら。


 のほほんとそんなことを考えていたから、マリが動いたのに気付かなかった。


「きゃあっ、マリエッタお嬢さま!?」


 パシャンっと何か飛んできて、一部顔にもかかる。


 マリが手に持っていたのは、魔色ペンと呼ばれる筆記のための魔道具だった。

 それを私に向かって勢いよく振り下ろしたのだ。


「思ったよりインクが入ってなかった。ッチ、面白くない」


 しかめっ面でのマリの第一声はそんな言葉だった。


 呆然とドレスを見下ろすと、胸元からウエストにかけて黒いインクがポツポツと滲んでいる。

 確かに量はさほどないが、薄い色の生地に真っ黒いインクは目立つ。

 しかもウエスト部分には私の手の平ほどの大きな染みが広がっていて、あまりの惨状に心がカチンと固まる。


「マリ、あなた……ひどい」


「何言ってんの、私より目立とうとしたあんたが悪いんでしょ。ジュリのくせに、悲劇のヒロイン面してんじゃないわよ。でも……くふふ、その染みじゃあ、今日のお茶会には行けないわね。ザマーミロだわ」


 マリは鼻で笑って、


「あー戻ってきた。ほら、ポーラ。しっかり受け取って」


 持っていた魔色ペンをポーラに放り投げた。

 反射的にポーラが受け取ったタイミングで、ドアが開く。


「何か、悲鳴が聞こえましたが。ジュリエッタお嬢さまっ!?」


 ティーセットを抱えたエリーナがはっと息をのむ。


「ポーラがやったのよ! ジュリ姉さまのドレスにインクを落とすなんて。せっかくの素敵なドレスなのに台無しになったわ。どうしてくれるのよ! ジュリ姉さまと一緒にお茶会に行こうって楽しみにしてたのにっ」


 マリがポーラを指さして大声でなじった。


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