表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/81

ドレス工房とミアン

「って、ちょっと待って!」


 ガバッと起き上がる。


 同人誌を読んでいないということは、ミアンのエピソードも知らないってことじゃないかしら?


「それは困るわ。ええ、想定外よ。考えてもいなかった」


 明日のお茶会では、私とマリは特別なドレスを身に纏う。

 特別といっても、豪華絢爛だとか変わった意匠を凝らしてあるとかではない。

 ジュリマリのマンガの世界にとって、特別なドレスだ。


 前世でジュリマリのマンガが人気になった要因のひとつに、ジュリエッタが着るドレスの可愛さがある。

 ドレスを描くのが楽しくてジュリマリを描いたと、マンガ家さんがインタビューで公言したのも納得の描き込みの緻密さで、キラキラふわふわとした美麗なドレスの数々は、私も毎回とても楽しみだった。


 そんな素敵なドレスをこの世界で作り上げるのは、ひとりの女の子だ。

 王都のドレス工房『ギザルテ』で働く、まだ十七歳のミアン。

 

 前世の原作マンガで――お茶会用のドレスを作ることになった日。

 王都からやってきたのはドレス工房『ギザルテ』の工房マダムとスタッフ達。

 王都でもそこそこ有名なドレス工房で、お母さまと工房マダムがお友だちという縁もあって、子爵家ではほとんどの衣装を『ギザルテ』にお願いしている。

 優秀なデザイナーを何人も抱える大きな工房で、今回もそんなデザイナー達にドレスを頼むことになっていた。

 

 王都の噂話で盛り上がる母親と工房マダムにつまらなさを感じたジュリエッタ。

 こっそり抜け出して、見習いだからと馬車に残されていたミアンと出会うのだ。


 持ち前の人なつっこさでミアンを慕ったジュリは、彼女がこっそり描きためていたドレスデザインを気に入り、彼女のドレスを着たいと母親や工房スタッフ達の反対を押し切って強行する。

 お茶会当日、仕上がった素敵なドレスが嬉しくて弾むように会場を歩くジュリ。

 そんなジュリと雰囲気がぴったり合ったドレスの素晴らしさが誉めそやされ、工房『ギザルテ』とミアンは注目を集めることになる。

 ミアンは以降ジュリのために魅惑的なドレスを次々と作って、トップデザイナーへと駆け上がっていく。


 何度も言うが――前世のマンガで素敵なドレスをデザインして描いたのはマンガ家さんだけれど、この世界ではミアンがデザインして作るのだ。

 前世で可愛いと私をわくわくさせた数々のドレスを今後作るだろうミアンが、初めて作ったのが明日の私たちのドレス。

 ジュリマリの世界を彩ったドレスが明日の一枚からスタートするのだから、まさに特別なドレスと言っていいだろう。


 ただジュリマリのマンガと違う部分もある。

 マンガではジュリエッタが着て絶賛されたドレスは、明日はマリが着る。

 私が着るのもミアンがデザインしたものだが、マンガには出てこないまったく違ったタイプのドレスだった。


 というのも、今世で『ギザルテ』の工房スタッフ達が子爵家の屋敷を訪れたのは、私がまだ前世の記憶を取り戻す前のこと。

 そして、マリの記憶は戻った後だ。

 そのためすべてがマリの采配でことが進んだ。


 工房スタッフによる採寸が終わるや否やマリは部屋を飛び出していき、見習いだというミアンを引っ張ってきたのは私も覚えている。

 彼女のデザインしたドレスを着たいと熱望したマリ。

 その選んだデザインこそが、マンガでジュリエッタが着るドレスだった。

 その時は私もデザイン帳を一緒に覗き込んで――マリに嫌がられながらも持ち前の天真爛漫さで強行し――ミアンのドレスを選んだ。

 

『あんたのもミアンのドレスってのはムカつくけど、私のは格が違うのよ。今度のお茶会じゃ、私のドレスが絶賛されんだから。ミアンの作るドレスはどれも可愛かったから、これからマジ楽しみ!』


 仕上がったドレスの素晴らしさにため息をつく私の隣で、マリが楽しそうに独りごちたのはつい最近のことだ。


 原作マンガでは、ジュリエッタの成長と共に王都でも一流のデザイナーへのし上がっていくミアン。

 しかし同人誌では、本編で描かれなかったストーリーが掲載されていた。


 工房でも下っ端、ただの見習いの立場なのに貴族からドレスの注文を受けたということで、ミアンはいじめに遭うのだ。

 一部の姉弟子から、下働きがするような仕事を言いつけられたり、悪い箇所なんてどこにもないのに何度も作業のやり直しをさせられたり。

 さらには姉弟子がやった発注ミスをミアンのせいにされ、工房に損失を出したことになってしまう。


 お茶会のために王都へやってきたジュリが可愛いドレスのお礼を言うためにドレス工房『ギザルテ』を訪ねたのは、そんな時だった。

 工房を辞めることになったと涙にくれるミアンの話を聞き、持ち前の正義感から先輩スタッフのいじめを告発。

 発注ミスの真実も明らかになって、二人は年の離れた友人として仲を深める。


 同人誌では、今後ジュリが着る一切のドレスをミアンが引き受けるようになったそうした経緯が描かれているのだ。


「でもマリは同人誌を読んだことはない? だったら何も知らないということ?」


 王都に着いて、ソフィ伯母さまと買いもの三昧だと浮かれていたマリ。

 お出かけ前には――ドレス工房『ギザルテ』にも寄って、ミアンに新しいドレスを何着も作ってもらうんだとうそぶいていた。

 てっきり同人誌のその件もあって工房へ行くのだろうと思っていたが、知らないのだったら行っていない可能性もある。


「だって、さっきのおしゃべりでもミアンのことは何も言わなかった」


 ドレスを作った話は聞いたが、それは王都でも一番と名高い伯爵家御用達のドレス工房でのこと。

 ミアンのいる工房『ギザルテ』ではなかった。

 ということは、マリは工房『ギザルテ』に行っていない。

 だからミアンが辞めることを知らないし、解決もしていないはずだ。


 もちろん同人誌通りの展開になっているとは限らない。

 けれど考えてみれば、しがない見習いの立場で先輩達をさしおいて貴族からドレスの注文を受けたら工房内でどういう扱いを受けるか。

 同人誌と同じようにいじめが行われる可能性は極めて高いだろう。


 今助けに行かないと、ミアンはいなくなってしまうかもしれない……。

 不安で胸苦しくなって、私はきゅうっとネグリジェの胸元を掴んだ。


 同人誌ではミアンを主人公として描いてあったため、工房を辞めさせられたら行き場がない実情も知っている。

 ミアンは孤児院出身なのだ。

 幼い頃からドレスが大好きだったミアンは、働けるようになる十歳よりずっと前から工房に通って働かせて欲しいと何度も頼み込み、その熱意が買われて下働きに採用されたのだ。


 後ろ盾がある他の下働き達がどんどん見習いに上がっていくのを横目にひたすら仕事に打ち込み、つい最近ようやく見習いになれたばかり。

 今の工房を辞めさせられたら、孤児院出身の彼女は他の工房はおろか一般的な働き口さえ難しいらしい。 


「昨日でも今日でも私が行けばよかったんだわ」


 唇を噛んで後悔する。


 マリのドレスが素晴らしかったのは言うまでもないが、私のドレスもとても素敵に仕上がっていた。

 マンガのジュリじゃないけれど、本当にお礼を言いに行きたいくらいだった。


 けれどマリの癇癪が怖かったのだ。

 私の素敵なドレスを見て、マリはヒステリーを起こした。

 ミアンが作るドレスは今後すべて私のものだと声高にののしられたから、もうミアンにも工房にも近付かないでおこうと決意してしまった。


 でもそれじゃダメだ。

 マリが怖くてもここは動くべきだ。

 ミアンを助けなきゃ!

 

 冷たくなった指を唇に当てて、必死に考える。


 明日はお茶会本番だから時間はない。

 だからあさってにはどうにかして行こう

 けれど、それで間に合うだろうか。


「そうだわ。ポーラに様子を見てきてもらうのはどうかしら」


 明日ドレスが素敵だったと工房にお礼を伝えに、ポーラにお使いを頼もう。

 今後もミアンのドレスを(マリが)着たいという熱意と共に、ミアンと直接話をするように言えば、何かしら事情は聞けるんじゃないだろうか。

 そこから何か解決策が見つかるかもしれない。


 すべてが希望的観測だけれど、今出来ることは何もないのだから、そんな風に考えないと今夜は眠れない気がした。

 

 あんな素敵なドレスを作る人が他人に踏みつけられて夢が潰えてしまうなんて間違っている。

 孤児院出身で後ろ盾がないからいじめたりミスを押しつけたりと蔑ろにしていいなんて考え自体許せない。


 ジュリエッタ本来の正義感にふつふつと胸はたぎるけれど、ミアンが今抱えているだろう絶望と不安を思うと手足はじんわり冷たくなっていく。


「やっぱり今夜は眠れないかも知れないわ」


 重いため息をついてシーツをたぐり寄せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ