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ポーラ

「あんたはどうしてあのメイドを側付きに選んだのよ」


 ポーラがいなくなって、最初にマリが口にしたのはそんなことだった。

 私は少し迷惑そうな顔を作ってマリを見返す。


「マリが先にエリーナを選んだからでしょう。私と一番仲が良かったエリーナを自分の側付きにするって言ったから、他のメイドを選ばなきゃいけなくなったの」


「は? 何ふざけたこと言ってんの。髪結いが一番上手なのはエリーナでしょ。きれいなウェーブを作ってくれんだから、そんなメイドをあんたに渡すわけないじゃん。あんたって本当にバカ。じゃなくて、残ったメイドの中で何であの子を選んだのかって話!」


「ポーラがどうかしたの? あの中でポーラを選んだのはいちばん年が近かったからよ。十四歳になったばかりなんですって。エリーナみたいにまだ上手に髪を扱えないし、たまに失敗もするけど良いメイドよ」


 側付きの候補として連れてこられた中には、話に出たエリーナのように色々あっても私によくしてくれるメイドもいたが、優秀だったゆえにマリに取られた。

 他のメイドは普段の接し方が嫌で選びたくなかった。

 マリの話を信じてか、私に関わる仕事のとき表情やしぐさに好ましくない気配を感じていたから。

 

 そんな中、一番端に見習いから上がったばかりのポーラが並んでいたのは本当に僥倖だった。


 原作マンガでマリの手駒だったポーラを私がここで選んで何か感付かれないか。

 少しだけ心配したけれど、味方であるポーラを不自然なく取り込める状況を逃す手はない。

 その時は迷ったそぶりを見せながらポーラを選んだが、今のマリの様子を見るに、何か察したのだろうかとちょっとだけどぎまぎする。


「ふうん、だったら違う、か……? ッチ、恋愛シーン以外は興味なかったから読み飛ばしたんだよなあ。ちょっと失敗だったかも。あのメイドの名前、何だっけ」


 危うく息をのみそうになった。

 必死でこらえて、何でもない風を装ってマリの声に耳を澄ます。


「っていうかあ、あのモブメイドに名前なんかあったっけ?」


 もしかして。


「色々使えて便利そうだから、早く取り込みたいんだけど」


 やっぱり。


「あーもうっ! 使えるメイドがいたのも今思い出したくらいだし、どうやってマリが手下にしたのかなんて覚えてるわけないでしょ。マジムカつくっ! こんなことならもっとちゃんと読んでれば良かったー」


 マリってポーラのことがわからないんだ!


 原作のマンガでも、ポーラという名前はちゃんと出ていた。

 けれど、マリの手駒に堕ちるシーンは原作マンガではほぼカット。

 いつの間にかマリの背後にひっそりたたずんでいたのがポーラだ。

 確か、会話か何かでさらりとポーラの盗みの話が出たくらいだったはず。

 その分、同人誌では詳しく描いてあったけれど。


 ということは、もしかしてマリは同人誌を読んでいないかもしれない?

 同人誌どころか、原作のマンガさえそんなに読み込んでいない超ライトユーザーなのかも。

 恋愛シーン以外は読み飛ばしたというのなら、他にももっとわからない部分がたくさんあるんじゃないだろうか。


 だったら、私にすごく有利かもしれない。

 どれを知っていて、どれを知らないか判別はつかないけど、少なくてもポーラたちは守ってあげられる可能性が高くなった。


 ホッとして嬉しくて興奮した。

 けれど、頑張って自重する。

 表情を取り繕って、マリのおしゃべりにうんざりするいつもの顔を作り続けた。


 うん。

 ぬか喜びに終わるかもしれないし、もしかしたら全部マリの嘘かもしれない。

 油断させて、私に前世の記憶が戻ってないか確認するためだったら大変だ。

 ここでうかつなことを言ったりしたりしたら絶対にダメだ!


「けど子供時代なんか大した話じゃなかったじゃん。明るいジュリと暗いマリがあーだこーだするストーリーだったし。キース王子とルカーシュさまが出てきてからがジュリマリでしょ。それまではただの序章ってやつよ」


 まぁ確かに恋愛マンガだったから……。


「だから私の序章も今日で終わり。でもって明日からは華やかなヒロインとしての世界がスタートすんのよ! キース王子は子供でもかっこよかったよね。うはー、すげえ楽しみ!」


 マリはソファの上で体をくねくねさせる。


「キース王子は挨拶のときは無表情だけど、バラ園でのイベントじゃ、優しく笑ってくれんだよねー。麗しのルカーシュさまは出てこなかったけど、お茶会には出席してるはず。しててくれなきゃ困るし! ルカーシュさまとも何か印象に残るイベントを起こしとこう。明日のお茶会は絶対成功させなきゃ!」


 部屋に来たときとは打って変わって、マリはうきうきした様子で立ち上がった。

 

「そうと決まったら、明日のために色々準備しなきゃ。お母さまの荷物からシートマスクを抜き取っててよかった。この世界にも美肌シートマスクがあるなんてラッキーだわ。あとはエリーナに頼んで、髪のオイルパックもしてもらおうっと!」


 もう夜も遅いのに、今からやるのかしら?

 あっという間に出ていったマリを見送って、大きなため息をつく。


「でも、そうよね。明日がとうとうお茶会なんだわ」


 そう考えると、私もちょっとだけ胸が高鳴った。


 先ほどマリの話題に出たキース王子は、我がシュレーゲル国の王太子だ。

 眉目秀麗、頭脳明晰。

 ちょっと真面目で堅物だけど、そこが可愛いとマンガでは大人気だった。

 幼い頃から厳しく帝王学を学び、大人ばかりの王宮で育ってきたせいか、お茶会が開催される八歳の頃でも大人びた物の見方をするキース王子が、お茶会を抜け出して出会ったジュリエッタの天真爛漫さに触れて心を動かされるシーンは、キュンキュンのドキドキものだった。


 高貴できらびやかで優しくて、まさしく正統派王子! 

 ジュリマリの二大ヒーローの一人だ。


 ちなみにもう一人は、侯爵令息のルカーシュ・デ・ツヴァイクさま。

 ファンの間で麗しのルカーシュさまと呼ばれていた彼だが、マンガでは明日のお茶会での登場シーンはなかったので、もしかしたら出席してないのかもしれない。


 外国の血が混じるエキゾチックな美貌は蠱惑的で、しぐさのひとつひとつに匂い立つような色気があって、しゃべり方も柔らか。

 いつもにっこり笑顔の優しそうな見た目とは裏腹に、実はクセが強い腹黒なキャラクターで、ヒロインのジュリエッタを甘く意地悪く翻弄するのだ。

 けれど後に、ルカーシュさまもジュリエッタに恋をする。


 ジュリエッタを好きになったあとに親友キースと恋の鍔迫り合いをしたときには、いつも飄々としているルカーシュさまが初めて本気を見せて、ルカーシュさまのファンはもとよりキース王子のファンからも絶賛の嵐が吹き荒れた。


 にっこり腹黒公子とか、お色気担当さまなんて呼ばれていたルカーシュさま。

 そんな彼も悪くないけれど、私はやっぱりキース王子推しだわ……。


 前世では、初恋も経験しないうちに中高一貫の女子校へ入り、女子大へ進学したという生粋の箱入り娘だったせいか、男に免疫がない。

 そんな私にとって、キラキラ華やかで真面目で優しいキース王子は、それはもう理想中の理想だったのだ。


 明日は、そのキース王子にとうとう会えるなんて!


「どうしよう。今日は眠れるかしら」


 別に今の私はマンガ本来のジュリエッタとは似ても似付かないし、取り巻く環境も変わってしまったから、キース王子と恋をするなんて考えてもいない。

 けれど、前世の憧れだった王子さまに明日会える事が急に現実味を帯びてきて、心臓がバクバク鳴り始める。


 しかしはたと思いつく。

 前世の十八歳の記憶がある私にとって、小学生程度の男の子を憧れの王子さまというのはちょっと痛い気がした。

 従弟の優くんと大して年齢が変わらない男の子なのだ。


 うん……気分が落ち込んで気持ちが落ち着いたわ。


「それにもし今の私がキース王子と出会っても、マンガのように楽しく会話できないのは確かだわ。マリの方がよほど上手に話せる。王子にとってはマリと出会うのはいいのかもしれない」

 

 また色々考えてしまう前にさっさと寝よう。


 今夜はマリのおしゃべりからいいことも知れた。

 恋愛パート以外はあまり覚えていないということ。

 そして、同人誌を読んでいない可能性が高いことだ。


 本編に直接関係しなくても、重要なストーリーが同人誌では描かれていた。

 それを私だけが知っているというのは、今後マリより有利に立ち回るのにとても有効だと思う。


 いい気分で眠りにつけそう――――。


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