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この世界の不思議

説明回です。

少しだけハチが出てきます。

ご注意ください。

「これは銀葉木蓮ね。ええっと、葉っぱからは銀色のインクが取れるですって。確かに葉っぱの裏側がキラキラ銀色に光ってるわ。これがインクの元かしら。本当に不思議。この世界の植生って、前世のものと似ているのにまったく違うのねえ」


 芝生の上に広げた図鑑を見ながら、私は感嘆のため息をつく。


 マリがソフィ伯母さまのいる王都へ行っているので、ここ数日は本当に久しぶりにのんびり屋敷ですごしていた。

 今日は図書室から植物図鑑を持ち出して庭の探索だ。


 前世では家が造園業をやっていたので遊び場はいつも庭か植木畑だった。

 仕事で使う庭木や花が溢れるそこで遊び回るうちに植物に詳しくなったし興味も出た。

 将来は違った観点から造園業に関わっていけたらなんてことも考えていた。


 だからかこの世界に生まれ変わって戸惑っていたときに慰めになったのは、慣れ親しんだ植物たちだ。


 フローリオ子爵家の屋敷は、社交界では『花のお屋敷』と褒めそやされるほど季節ごとに次々と花が咲き誇る広い庭を有する。

 そんな緑豊かな庭に癒やされて気持ちが落ち着いてくると、俄然植物たちが気になった。

 というのも、日本で見ていた植物と似て非なるものが多いのだ。


 球根植物だったチューリップは花の見た目はそっくりなのにこちらでは垣根に巻き付くつる性の植物になっているし、可愛いはずのタンポポは棘も恐ろしいサボテンとして温室の一角で隔離されて育てられていた。


 しかも、植物図鑑を見てさらに驚く。

 見た目が似ていて違うだけならまだしも、植物の特性までも前世のものとまったく違うのだ。


 先ほどのチューリップは花びらから布を染める染料が作られたり、鋭い棘があるのに何故大事に温室でタンポポを育てるかというと、種の綿毛から熱冷ましの薬ができるという。


 まったくもってファンタジーだ!


 元々この世界は日本のマンガが元になっているためか、これまで生活に違和感はなくて気にもしなかったけれど、違いすぎるものがあることにとても驚いた。


 実際、生活や文化は日本そっくりのものが多いし、世界観も変わらない。

 一年は三百六十五日で一日は二十四時間という法則も、物の数え方も同じだ。

 食べるものにしても日本で食べていた食事はほぼ再現されているし、お菓子や飲みものなどの嗜好品も普通にある。

 今日のおやつのマカロンも楽しみにしていた。


 幸いなことにトイレやお風呂などの水回りも前世の快適なものである。


「でも、考えてみればこんなドレスを着るのは前世とは違うわ」


 今日は庭歩きをするために比較的すっきりとした膝丈のワンピースだ。

 けれど、お出かけにはフリルやレースがついたくるぶし丈のドレスが必須だし、今度王宮で開催されるお茶会にはドレス工房で特別に作ってもらう豪華なドレスを身に纏うことになっていた。


 これまでジュリエッタとして日常的に着ていたから違和感なく受け入れていた。

 が、改めて考えると確かにおかしい。


 他にも移動は馬車一択。

 お父さまが領地を見回るのも、マリが王都へ行くのにも馬車を使うしかない。

 ジュリエッタの記憶によると、王都へ行くために子爵家からは二時間以上も馬車に揺られないとならなかった。


 現代の日本そっくりなものが多くあるくせに、変なところで時代錯誤である。


「ちょっとちぐはぐな世界よね。そういうところがマンガなのかしら」 


 ジュリマリのマンガでは、豪華なドレスの他にも中世ヨーロッパのようなお屋敷や街並み、古めかしいお店の雰囲気といったレトロ感は、胸を高鳴らせるファクターだったんだけれど……。


 ぶうんという大きな羽音が聞こえて振り仰ぐ。

 高い枝に咲く銀葉木蓮の白い花にハチが蜜を吸いに来ていた。


「あと、不思議なのは昆虫や動物もよね」


 図鑑によると、銀葉木蓮の花の蜜には眠りを誘う成分があるらしい。

 そんな花の蜜を集めているのは、私の手の平ほどもある大きなミツバチだ。

 それでも、イタズラしなければ刺さない大人しい性格だと庭師のトム爺に聞いていたから、こうして落ち着いていられる。

 ただ羽音が大きいために驚いてしまうくらいだ。


 マリは庭に花が咲き始めてハチが飛ぶようになると、途端に出歩かなくなった。

 どうやら虫が苦手らしい。

 だから一人になりたいときやマリから逃げたいときは、庭に出るようにしている。


 ミツバチに限らず、この世界に存在する昆虫や動物も変わったものばかりだ。

 その最たるものが精霊さまと魔物だろう。


 良き隣人と尊ばれる精霊さまと、悪しき隣人と恐れられる魔物はまさにファンタジーな存在だった。

 特に精霊さまは聖なる不思議な力を持ち、昔から人間を助けてくれることも多かったので、『精霊さま』と敬われて信仰の対象となっているほどだ。


 だから精霊さまを昆虫や動物と一緒にするのはちょっとおかしいし、叱られそうだけど……。


 大昔は精霊さまも魔物もどこにでもいたと聞く。

 ただ今では――特に精霊さまはおとぎ話の中にしか登場せず、たまに精霊さまにまつわる不思議話を伝え聞く程度。

 乳母のニーナから、船乗りだったというニーナの祖父が精霊さまに助けられた話を聞いたときは、胸を高鳴らせたものだ。


 一方で魔物が恐れられるのは人間を襲うためだ。

 街で普通に生活する分には見る機会もないが、人の少ない森や山には今も多く生息しているという。

 我が子爵家の領地でも山から下りてきたという魔物の話をたまに聞く。

 

 ただ魔物がまったくの悪かというとそうでもない。

 というのも魔物は体の中に魔石を有する。

 これが電池のような役割をするらしく、前世の電化製品にも似た便利な魔道具を動かす燃料となって日常生活を豊かにしてくれるのだ。

 だから魔物専門のハンターが存在するくらいで、王都には魔道具を作ることを勉強する学校もあるらしい。


「わくわくするような世界だわ。冒険者ギルドとかもあるのかしら」


 前世で読んだ転生もの小説でよく出てきた冒険者ギルドがこの世にもあるのなら、一度くらい行ってみたいものだと憧れる。


 残念ながら人間が魔法を使うことは出来ない。

 せいぜい魔石を使ってライターのような魔道具で火をつけたり水筒のような魔道具で水を発生させたりするくらい。


 ただ精霊さまがもっと多くいた大昔は、精霊さまから力を借りて魔物を倒したり病気を治したり出来ていたそうだ。

 しかし今では精霊さまを見る力さえ人は失って久しい。


 たまに純粋な心を持つ子供が精霊さまを垣間見ることはあるようだ。

 ニーナの祖父のときのように、絶体絶命な場面で気まぐれに助けてくれる精霊さまもいる。

 けれど多くの人は精霊さまの気配にさえ触れられずに一生を終えるという。


 精霊さまを研究している人の話では、実は今も精霊さまはすぐ近くにたくさんいるらしい。

 だからか、ごく稀に精霊さまを見たり感じたり出来る人が現れる。

 心が美しかったり清らかだったりする人は精霊さまに好かれやすいそうだ。

 精霊の愛し子と呼ばれ、この国では人と精霊さまの橋渡しをする重要な存在として尊ばれている。


 今の王さまのお祖母さまは、精霊の愛し子として有名な方だった。

 絵本にもなっているその方は、デジレ薬の元となるデジレ蝶を保護し、さらには飼育する方法を確立したという功績を残していらっしゃる。

 デジレ蝶はなんと精霊さまが育てているらしい。


 魔物は怖いからあまり興味はないが、精霊さまは一度でいいから見てみたい。

 前世の記憶を取り戻して最初に私が願ったことだ。


 実は、ジュリマリのマンガではこの精霊さまが重要なファクターになる。

 マリエッタのいじめに耐え抜いて清い心を持ち続けたジュリエッタは、精霊の愛し子となるのだ。

 恋を育む王子との間には身分という大きな壁があるのだが、それも精霊さまを見ることが出来るようになったことで解決。

 ハッピーエンドとなる。


 だからといって、今の私が精霊さまを見ることはきっと叶わないだろう。

 あれは原作マンガのジュリエッタだからこそ精霊の愛し子となり得たのだ。


 マリエッタの陰湿ないじめにも決して折れなかった強い気持ちも、きつい境遇でもまったく濁ることのなかった清い心も、どんな困難の前でも揺るぎもしなかった王子への真っ直ぐな愛情も、私は持ち得ないだろうから。


 だからこそ、今この時に一度でもいいから精霊さまを見てみたかった。

 純真な子供時代なら、まだ見られる可能性もある!



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