お茶会の本番
08
「では、下がるが良い」
「かしこまりました」
アンジェリカは一礼すると事前に放しておいた通りにエリザベートたち3人の従者を連れてガゼボから出て行った。
とはいえ、声が聞こえないぐらい離れたところに行くだけで完全にこちらが見えないところに行くわけではない。
未来の重要人物と現在進行形の超重要人物がいるので、まったくの無警戒になんて出来ようはずがないのでそれは仕方がないことだ。
しかし、見晴らしの良い庭園のガゼボならば、スナイパーライフルもないような世界では周囲を囲むように警備を置けば暗殺はほぼ不可能だ。
スナイパーライフル――というか、銃器の代わりに魔法なんていう長距離攻撃手段はあるが、このガゼボのように建物自体に魔法障壁を施しておけば、長距離からの暗殺を防ぐために防弾チョッキなどを個人で装備するまでもない。
そんなガゼボから離れていく自分たちの従者を見て、エリザベートたち3人は自分の従者がアンジェリカによって連れて行かれたことに戸惑いを隠せずにいる。
お茶会の本番に彼女たちは邪魔なので退場願ったのだが、自分の従者が説明もなしに連れて行かれたら普通は不安に思うよな。
「さて、これで邪魔者はいなくなった」
俺がニヤリと笑みを浮かべながら言うと3人に緊張が走ったのが見て取れる。
いったい何が起きるのか見当もつかないんだろう。
何をされるかと気が気でないって感じだ。
別に法的な意味で悪いことをしようってわけではないので、そんなに警戒しないで欲しい。
「そう緊張するな。って言うか、もう面倒なんだよこの口調も……あ~、疲れる」
俺の口調が急に砕けたものになり、ぐったりと椅子の背もたれに体を預ける様子を見て3人はどうすればいいのか分からず、ひどく戸惑っている。
うん。そりゃそうだ。
普通のお茶会なら、さっきみたいなテンプレをなぞって固っ苦しいおしゃべりを続けるはずなのだから、こうやってホストがいきなりだらけ始めるなんてありえない。
「楽にして良いぞ。スタンリー、お前はさっきから緊張しすぎだ。ちょっとミスったって、怒るような奴はここにはいないんだから、もっと落ち着け。まぁ、家に帰ったらエドに怒られるのかもしれんけど」
笑みを浮かべながら紅茶を口に含む。
ふむ……まだ、3人ともどうすればいいのか分からないみたいだな。
「楽にしろって。俺は国王なんてもんやらされてるけど、お前たちと同じ5才になったばかりのガキだ。市井のガキが何してるか知ってるか? 家の手伝いちょっとやるだけで、後は遊んでるんだぜ? だったら、俺たちもちょっとお仕事したら遊んでたって文句言われたくないって」
してるか知ってるか、なんて渾身の親父ギャグまで挟んだのに3人から戸惑いが抜けない。
あれだな。5才児のくせに柔軟性が足りないよこいつら。
「ベアトリス、お前のその髪ってセットするのにどれくらいかかんの?」
「え!? あの……毎朝2時間ほど……」
「そんなすぐ終わんの? 絶対4時間とか掛かると思ったわ」
まぁ、2時間でも十分長いな。
それでもあのドリルヘアが2時間で出来るってのはすごい。なんか、魔法を使って時短とかしてるんかな?
「あの……陛下?」
「ああ、ルードで良いぞ。まぁ、立場があるから様はつけてくれ」
「よ、よろしいんですの!?」
いきなりテンプレから外れた髪の話題を振られ、何か自分の髪型に問題でもあるのかと不安そうだったベアトリスだが、名前で呼べと言うとものすごい勢いで食いついてきた。
身を乗り出すのは、はしたないぞ?
まぁ、しょうがないことだろう。
元の世界のマナーを詳しく知らないからなんとも言えないが、この世界のマナーとか慣習ってやつは、元の世界とは違う――と思う。
たとえば、今回の名前にしても、貴族同士――特にお偉い相手をファーストネームで呼べるってのは、それだけプライベートで親しい間柄の証明なのだ。
しかも俺の場合、王族なんて立場なので、たとえプライベートな付き合いでも、よほど親しくなければ名前を呼ぶことはできない。
王族をファーストネームで呼べるってのは、それだけで大きなステータスになるのだ。
また、愛称というやつもこの世界では意味合いが違う。
愛称とはつまり元の世界で言うところの綽名だが、この世界においては綽名であると同時に短縮形でもある。
元の世界では、日本の『たけし』という人物を『たけちゃん』と呼ぶことがあるだろう。これは綽名なので、公式の場において『たけし』が自分を『たけ』とは名乗らない。
それに対するのが英語名の短縮形だ。たとえば『アンソニー』という男が自らを『トニー』と名乗るのは日本で言う綽名ではなく短縮形なので公式の場でも認められる。
現実に大統領などでも公式文書に短縮形の名前でサインをしている例がある。
だが、この世界ではどっちもひっくるめて綽名に当たるので、公式の場で『アンソニー』が『トニー』と名乗るのは認められていない。
と言うか、そもそも立場が下の者は上位の者を名前で呼ぶことが許されない。短縮形もクソもないのだ。
たとえば、この国で国王に次ぐ立場である摂政のマイザーは、俺以外には公式の場でマイザーとは呼ばれることはありえない。摂政閣下や閣下と呼ばれるわけだ。これは、プライベートな場でも同様だが、マイザーが許可を与えた場合はプライベートな場に限り例外が許される。
それだけ、位が高い相手を名前で呼ぶことが許されるというのは、親しい間柄という証なのだ。
そんな親しい関係を国王から求められたのだから興奮するなという方が無理な話だろう。
「少しばかり遠いとは言え、2人は親戚だし、スタンリーは俺に近しいエドウィンの息子だ。これから付き合いも長くなるだろう。正直、堅苦しいのは嫌いだからな」
「陛下、そのようなことを申されましても……」
「エリザベート、ルードと呼べ」
「ですが、陛下」
「くどい。じゃあ、命令だ。公式な場を除き、陛下と呼ぶことを禁ずる」
本当にエリザベートは頭が固い。ここは戸惑いながらも名前で呼ぶ流れだっただろ?
ゲームだとここまで融通が利かないとは思わなかったけど、人生経験が足りないせいか?
まぁ、5才児と15才を比べるのが間違いだな。
「で、では……る、ルード様」
「おう、なんだ?」
ベアトリスの方がいくらか柔軟だ。
まぁ、ベアトリスの場合は、家族から俺と親しくなるように命令されているだろうから、距離を詰められるのは大歓迎ってのもあるだろう。
「なぜ私たちの侍女を外させたんですの?」
「友達作りに大人の協力が必要か? 俺は邪魔なだけだと思うし、こんな口調で話すところをあまり大勢に見られるわけにもいかないからな。悪いとは思ったが外させた……と言うのは建前で、子どもが集まっているんだぞ? 野暮な大人がいたら邪魔だろうが」
建前も半分は真実だがもう半分は嘘だ。
俺の口調が公式な場以外ではこんな調子なのは周知の事実だし、誰かに聞かれて困るとは思っていない。
一番の理由は、布石である。
実のところ俺は、アンジェリカという最も俺に近しいメイドを信頼はしているが信用はしていない。
はっきり言って、今の俺は摂政によって生かされているだけの可能性があるのだ。
城内の人事は全て摂政の手によって行われている。
マイザーが俺を傀儡にしようとしているのか、スケープゴートにしようとしているのか、それとも他の何かなのかはわからないが、俺の一番近いところに自分の息が掛かっていない人間を置くわけがないことはバカな俺でも分かる。
本当に腹の底から信用できる部下がいない。これは、俺が前世を思い出した段階でそれを作るだけの時間がなかったので仕方がない。
それならば、俺の近くに置かれた人間は全員マイザーの息が掛かっていると思って行動した方がいい。
そのためにも、子どもだけで一緒にいたい。とかそんな理由でもいいので、アンジェリカや護衛を見えるが声の聞こえない場所に追いやる、と言う形を作れるようにしておけば、いざという時に役立つはずだ。
「安心しろ、見晴らしは良いしこのガゼボには障壁も張ってある」
「そうなんですの……」
目的が順調に達成されつつあるのが嬉しいのか、ベアトリスはニコニコとしている。
エリザベートはどうしたものかと戸惑い、スタンリーは緊張を続けて――ダメだこいつら。
「スタンリー、お前は普段家で何をやっているんだ?」
「へ? あ、はい! あの……」
「楽にしろって。プライベートなんだから、失敗もクソもないんだぞ?」
「はい! えっと、俺――いや、私は、剣の修行や勉学をしています」
だから固いって……
「スタンリー」
「はい!」
「私って言うの禁止な?」
「はい?」
「今、お前は自分のことを俺と言ったな? 普段と同じように喋れば良い。さっきから俺はずっとこう言っているんだぞ?」
「そうだったんですか!?」
やっぱ分かってなかったな。
本当に緊張しすぎだ。
単純に馬鹿なのか? 筋肉達磨の息子は、脳筋なのか?
「へい……ルード様」
「なんだ?」
今、陛下って言いかけたよな?
さすがに、「Hey! ルード様!」って訳じゃないだろ?
まぁ、命令って言った効果なのか、きちんとルードと呼んだから許してやろう。
「やはり、会ったその日のうちに国王陛下をそのようにお呼びするなど……」
「固いってエリザベート。お前、そんなんで息つまらない? 俺はお前たちと仲良くなりたいんだ。陛下なんて呼ばれてたら仲良くなんてできやしないんだ。本当なら、愛称で呼んで欲しいところだけど、立場があるからな」
この世界では、国王という立場にある人間は、公的な場以外であっても配偶者や両親以外に愛称を許すわけにはいかないのだ。
そもそも、ただの悪役だから愛称もクソもないが……
『ルード』を『ルー』や『ルド』と呼ぶのはなんか違う気がする。
「で、でしたら、私のことはどうぞビービーとお呼びくださいませ」
「わ、わた……いや、俺はスタンでいいです」
「ほれ、2人はこう言ってるぞ? お前だけ仲間はずれは嫌だろ? 4人で仲良くしようぜ?」
2人ともナイス援護射撃だ。
エリザベートがひどく戸惑っている。
内心で葛藤しているのだろう。しかし、所詮は子どもだ。
仲間はずれは嫌だろう?
「…………で、では私のことはベスとお呼びください」
「よし、ベスにビービー、スタンだな。さて、なにをする?」
ようやく少しは打ち解けられたな。
しかし、何をするかと問いかければ、3人はそろって首を傾げている。
「なにを……ですか?」
「子どもが4人も集まって、おしゃべりするだけなんてありえないだろう。何かしら遊びをするものじゃないのか?」
「な、なるほど」
「まぁ、今日は簡単な遊びにするか。道具も何もなくても遊びはいろいろある」
そう言いながら、テーブルの真ん中に片手を置く。
「スタン、右手を載せろ」
「はい」
そう言って、スタンは俺の隣に自分の手を差し出してくる。
違うからな。
「俺の手に重ねるように置け」
「よ、よろしいのですか!?」
「遊びだ。気にするな。スタンの次は、ビービー、ベスお前たちも片手を載せろ」
全員が片手を載せたところで、俺は素早く手を引き抜き、どうすればいいのかわからず残されていた全員の手の中で一番上にあったベスの手をピシリと叩く。
「次の鬼はベスだな。さぁ、一番下に手を置け」
「は、はい」
単純な遊びだが、何度も繰り返すうちに奇妙な盛り上がりを見せてくる。
この辺は子ども独特の訳が分からんテンションだな。
貴族の子どもで表は取り繕っていても、遊んでいれば子どもらしさも見えてくる。
「も、申し訳ありませんわ。へい……ルード様」
「かまないって。遊びだぞ? 国王の手を叩ける機会なんてこれを逃したらもうないかも知れないんだ。今のうちに叩きまくれ」
勢い余ってちょっと強く俺の手を叩いてしまったビービーが申し訳なさそうな顔をするが、俺は笑ってみせる。
「さて、だがそろそろ別の遊びもやるか?」
「ルード様、自分が鬼になったからって逃げるんですか?」
「お? スタン、なかなか言うじゃないか。どれ、もう一戦してやるよ」
俺の本気を舐めるなよ?
手を引くと見せかけて、ガタリとテーブルを動かしてやれば、全員が一斉に手を引いている。しかし、フェイントなのだから、俺の手はテーブルに残されたままだ。
「ダメだぞ? 鬼が手を抜く前に逃げるのは反則だ。お前たち全員の負けだな」
「ずるいですよルード様」
「そうですわ」
「ずるくなんてないさ。さて、次の遊びだ」
いっせーのせでもやるか。あれって、かけ声がいろいろありすぎて、混ざると意味分かんなくなるんだよな。
この世界では、いっせーのせで統一してみせる。
そんなこんなで、俺たちは座ったまま手だけで出来る様々な遊びで大いに盛り上がった。
日も傾きかければ、楽しいお茶会は終わりを迎える。
3人は名残惜しそうに帰っていったので、ファーストインプレッションは良好って事で良いのかな?




