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予定外

02

 さて、エリザベートのことは置いといて、これから入学式が始まるわけだけど……

 入学式――そして、物語の始まりである一大イベントで主人公ジョンがトラブルを起こさないはずがない。

 初っぱなからお貴族様とトラブルを起こすことになるわけだけど、村でも学院まで来る間でもさんざん注意したからジョンが貴族と問題を起こすわけがない――なんてことはない。

 猪突猛進型と言うか、何というか、正義感に溢れるジョンは誰かが虐げられていたりすると考えるよりも先に体が反応してしまうタイプなので、どれだけ注意をしたところで安心なんてできはしない。

 もうそろそろトラブルが起きるだろうから、なんとしてもジョンを引き留めないとね。

 周回する度に何度となく見てきたイベントだものどのタイミングが重要なのか、どう対処すればいいのかなんてわかりきっているわ。

 さぁ、いつでも来なさいモーブ。


「なぜ栄光あるドーコカーノ学院に薄汚い亜人がいるのだ!」


 さあ、始まったわね……あれ? なんか台詞が違う?

 ジョンと2人、教室へと向かう人の流れに乗っていると前の方から怒鳴り声が聞こえてくる。

 周りを歩いていた生徒たちも突然のことに驚き、何事かと足を止めて視線を向けている。


「奴隷民族を生徒にねじ込むなどと、馬鹿な真似をしたのはどこのどいつだ!?」


 そう言って怒鳴っていた男子生徒は目の前に立っていた女子生徒を突き飛ばして辺りを見回した。

 って、あれ?


「なんてことするんだ!」


 って、ヤバっ!? 予定と違うから一瞬戸惑っている間に突き飛ばされた女子生徒の下にジョンが駆け出していた。

 ジョンさんかい!? 早い、早いよ!

 私が制止する間もなく女子生徒に駆け寄ったジョンは倒れている少女を抱き起こして、男子生徒を睨みつけた。


「女の子相手になんて乱暴なことをするんだ!」

「なんだと!? 貴様、特別入学の平民だな? 平民ごときがベムフィッツ伯爵家が四男、ザコーイ様に逆らうつもりか!?」


 誰だよ!?

 ゲームでこの世界にいる全員が登場するわけじゃないし、知らない人間だっているとは思うわよ?

 実際、ヘレンの両親だって登場しなかったけど、この世界にはきちんと名前を持って存在するし、同じ村に住んでいた人の1人1人が名前を持っているもの。

 でも、ゲームで一番最初に起こるヒロイン2人と同時にラスボスと遭遇するという、この重大なイベントにゲームでビジュアルどころか名前も持たない人間が登場するわけがない。

 マジであんた誰よ?

 ザコーイて雑魚~いってことなの!? モブっぽい名前だけど、キングオブモブのモーブじゃないじゃない!

 ゲームにあんたなんていないでしょうよ!


「無礼討ちにしてくれるわ」


 って、まずい。


「貴族様、どうかお待ちください」


 貴族のザコーイは剣に手をかけているけど、抜いてはいない。

 なんとか間に合ったみたいね。

 ジョンを止められなかった時のことも考えて用意した緊急時対処1が役に立ったわ。


「なにぃ?」

「彼は村から出てきたばかりで初めて会うザコーイ様のどれだけ偉大なのかわかっていないのです。どうか、どうかザコーイ様の寛大なお心で慈悲を賜れないでしょうか?」


 平身低頭して相手を持ち上げてやる。

 一応私たちは農民の出とは言え、1万人に1人とも言われる魔法が使える人間なのだ。

 ほんの些細な無礼ぐらいで首を刎ねたりすれば伯爵家の四男ぐらいだと自分の立場が悪くなるだろう……と思う。さすがにゲームでそんな細かいところまで描かれてないので、実際のところはわからない。

 少なくとも、こうやって自分たちの非をはっきり認めたうえで相手を持ち上げてやれば、大したこともしてないんだから見逃してくれるだろう。


「ヘレン……」


 ジョンが不服そうな目でこちらを見てくる。

 このスカポンタンめ。

 私が村でも馬車の中でも散々口を酸っぱくして言って、今さっきも確認したばかりのことをすっかり忘れて貴族に口答えして……


「ジョン、その子は奴隷なの。奴隷は貴族様しか持てないし、きっとその子は持ち主の貴族様が守ってくれるわ。だから、今はあなたも貴族様に謝って、ここから立ち去りましょう?」

「でも、この子は人間なのにそんなモノみたいな扱いをして……」

「ジョン!」


 語気を強めてもジョンはなかなか頭を下げようとしない。

 今は我慢してよ。

 何年かすれば、こんなやつは言葉1つでヘーコラさせられるんだから。


「失礼ですが……手を離していただけますか?」

「「え?」」


 ジョンが抱き留めていた獣人の女子生徒が空気を読まずにそんな発言をした。

 獣人。

 そう、獣人だ。

 この世界はなんちゃって中世ヨーロッパ風のファンタジー世界なので、エルフやドワーフ、獣人と言った現実には存在しない種族が存在する。

 そして、このドーコカーノ王国において、獣人は下等民族としてほぼすべてが奴隷身分に落とされている。

 先ほど、ザコーイなる貴族子弟が奴隷民族と呼んだのもそれが理由である。


「倒れたところを起こしていただいたのには感謝しますが、いつまでも主以外の人間に触れられているのは不快です」

「あ、いや……ごめん」


 呆然としながらジョンが少女を解放する。

 って、おいちょっと待ててめぇ!

 何が不快だ! この下等民族が!

 と言うか、お前は種族の誇りも踏みにじられて、主人のモーブを嫌ってるはずでしょうが!

 それで、この騒動で自分を人間として扱う主人公ジョンに興味を持つはずじゃなかったの?

 歓迎する事態なんだけど、あまりにもゲームと展開が違い過ぎて意味わからないんですけど?

 周りを見回してみてもモーブの姿がない。

 いくら酷い扱いをしてもまったく心が折れないこの奴隷を他の人間も使って貶めてやろうって姑息なことをしているはずなのに。

 立ち絵もない顔グラフィックだけのモブキャラだけど、一直線の一本眉に鼻筋と直角に左右へ伸びる糸目、異様に鋭角な鼻と『フ』を描く口、鼻の孔とニキビが濁点を表す――つまるところモブを縦に並べた顔という文字顔男を見逃すはずがない。


「貴様ら、何をこそこそと話している! この私を無視するな!」

「も、申し訳ありません。ほら、このア――子もなんともないみたいだし、あんたもザコーイ様に謝りなさい」

「だけど……だけどヘレン」


 さっさと謝りなさいよ。あんまり面倒ごとに頭突っ込んで欲しくないのよ。


「これはいったい何の騒ぎだ?」


 焦る私とは対照的に、その男はのんびりとした足取りでいつの間にか形成されていた人垣を割って姿を現した。

 金髪、茶髪、緑に青とカラフルな頭をした人間が多いこの世界で珍しい黒髪、口調は余裕あるようにゆったりとしていたが、眼光は鋭く、凜々しい顔立ち。

 日々農業で体を使っていたのでがっちりした体つきのジョンよりもなお鍛え抜かれた体。

 前に国軍の兵士が村に来た時に水浴びしている姿を見たことがあるけど、あれは農民や貴族の体つきではなく兵士の体つきだ。

 そもそも、なんで入学式の学院にタンクトップとズボンだけで入ってきてるの? 不審者?

 と言うか、また知らないキャラだよ。誰なのよあんたも……


「へ、陛下!?」


 慌ててザコーイが臣下の礼をとる。

 へいか? 

 へいかってあの陛下?

 あのデブ男がどこにいるって言うのよ。


「お前は……ザコーイだったか? ベムフィッツ伯爵は壮健か?」

「は……っは。陛下と同じ年に生まれた栄誉を誇り、勉学、武術に励むよう昨日さくじつも父直々に稽古をつけられました」

「そうか……して、これは何事だ? 我らが学院へと入学する晴れの日に朝からどのような騒ぎが起きているというのだ?」


 …………は?

 これが陛下?

 この凜々しいイケメンがあの陛下ラスボスだって言うの!?


「はい……どうやら亜人などと言う家畜と同等の存在を入学させた馬鹿者がいるようでして……」

「ふむ……」


 陛下はチラリと獣人の少女に目を向ける。


「それは、こいつのことか?」

「はい。その下等民族があろうことか栄えあるドーコカーノ学院の制服を纏っていたので、どこのアホが陛下が学院にいる間に亜人などを入学させたのかと注意しようとしたところ、そこの平民が反抗的な態度を示したのです」

「…………なるほどな」


 ほんとにどうなってるのよ。

 陛下――初代フォア戦のラスボスにして、主人公が打倒する予定の暴政を敷いている今現在の国王、ルードと言えば、キモい、デブ、不細工の嫌な三拍子が揃ったキャラだったはずだ。

 それがどうしてこんなイケメンになってるわけ!?


「では、ザコーイよ」

「はい」

「注意するがよい」

「はい?」


 両手を広げて宣言しているけど、注意するも何も主人モーブがいませんよ?

 ザコーイも意味がわからないようで間の抜けた返事になってるし。


「どうした? 今お前の前にこの奴隷の主人がいるのだぞ? 注意するのではないのか?」

「ま、ままま、まさか……あの……」

「どうした?」

「そのど、奴隷はへ、陛下のもので?」

「ああ、その通りだ」

「し、失礼しました。ご無礼、平にご容赦ください!」


 慌ててザコーイが頭を下げる。もはや土下座だ。さっきの私と同じ体勢だね。

 と言うか、え? その獣人ってアーシアでしょ?

 なんで主人がモーブじゃなくてルードになってるのよ!?


「安心しろ。獣人を亜人と蔑み下に見るのは偏った教育が悪いのであって、お前が悪いわけではない。これからの学院生活で徐々にでもその認識を改めるが良い」

「はっ!」

「うむ。まずは、獣人やエルフらを亜人などと下に見ず、その能力を自らの目で見定めよ。さすれば、己の認識がいかに的外れだったのか気付くことが出来るだろう」

「かしこまりました」


 ルードはうんうんと頷きながらザコーイに向けていた視線をゆっくりとした動きでこちらに向けた。

 なんだか、怪しく目が光った気がするのは私の気のせいかしら?


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