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アーシア

17

「陛下、本気で仰っているのですか?」

「ああ。もちろん本気だとも」


 難しい顔で問いかけてきたマイザーに俺は当然のように是と返す。


「しかし、陛下。彼女は犯罪奴隷なのですよ? それも、窃盗などではなく子どもながらに傷害、それも騎士に勝つほどの腕前を持っている」

「大したものじゃないか。死んでいないのだから心証も悪くはないだろう? それに生きるために必要だったからやったことだ。俺は、真に責めるべきはフラタス王国だと思うが?」

「それは……そうですが……」


 俺とマイザーが言い争っているのは、昨日没収した奴隷の処遇に関する問題だ。

 え? キャラデス? 裁判すらまともに開かれずに死刑が確定して、今は牢屋でギャーギャーわめいてるよ。

 ちなみにマイザーとは事務的なやり取りすらしたことなかったらしい。

 マイザーを攻める好機だと思ったのにぬか喜びさせるなんて役に立たないおっさんだ。


「幼いながらに腕は立つ。俺と同い年だから今後のことを考えればいろいろな面で使える上に奴隷の待遇改善の手本として適任だ。これほど俺の奴隷に相応しい者はそうはいないだろう」

「ですが……」

「それに、こいつの条件でいったい誰が買う? どうやっても赤字にしかならんではないか」

「…………かしこまりました。そのように手配いたします」


 反論の材料がないのか、反論しても無駄だと悟ったのか――おそらく後者だろう――マイザーが折れて、手続きを進めると認めた。

 うん、どれだけ反対されたって屁理屈こねて絶対諦めなかったからその反応が正解だ。


「うむ。あと、ここ5年の税に関する書類を集めろ」

「税……ですか?」


 理由に見当がつかないのか、マイザーは首を捻った。


「そうだ。王都を除いた王国内全ての領地のものを集めておけ」

「膨大な量になりますよ?」


 そりゃそうだ。

 昨年の記録では我が国の人口は500万人を超える。

 一般的に王都と呼ばれる王都とその周辺だけ見ると1割以下の40万人しか暮らしていないのだ。残り460万人分――実際は人数プラス作物なんかの税も含めれば1年分でも相当な量になるのは想像に難くない。


「幸い、マナーとダンスも一段落した。あとは法に関して学ぶことは残されているが、時間はずいぶんとあるはずだ。今後のためにもぜひ目を通したい」

「……かしこまりました。ご用意いたします」

「うむ。良きに計らえ」


 部屋からマイザーが出て行くのを見送ると俺は改めて部屋に残された彼女へと向き直る。


「さて、これでお前は私の奴隷になることが決まったわけだ」

「…………私は屈しない」


 にらみつけるようにこちらを見てくる奴隷、アーシアに俺はこれ見よがしにため息をついて見せた。

 そう、アーシアだ。

 フォウアード戦記で初代から後の全シリーズに登場する人気メインキャラクターのアーシアが俺の前にいる。

 けっこう感動だ。

 ベス――エリザベートの場合は敵になる危険性ってやつの方が先に来たからそうでもなかったけど、ゲームでさんざん見てきたキャラクターが目の前にいるっていうのはなんとも言えない感慨深いものがある。

 しかし、そんな感動とも言える感情をなんとか抑え込み、心底呆れた風に俺は言った。


「屈するも何も、お前は奴隷だ。俺の指示に従わねば、自由になることは出来ないのだぞ?」

「………………ん?」


 あ、意味分かってないね。

 クエスチョンマークが見えそうな顔してる。

 やっぱあれか? 奴隷が解放されるっていうのがこの世界の常識から外れてるせいか?


「我が国では、先日から奴隷の待遇を改善してな。犯罪奴隷であろうと反省の色があり、十分に罰を受けたと判断されれば自由民に戻ることが出来るのだ」

「…………?」

「まだわからんか……お前は、悪いことをした。自分たちが食べるために他の人を傷つけ、食べ物を奪おうとしたのだからな。悪いことをしたら罰を受けなくてはいけない。これは、わかるか?」

「……わかる」


 きっちり返事してくれるあたり素直だね。

 やっぱり、子どもだし精一杯警戒して虚勢を張ってもボロボロなのは丸わかりだ。


「そうか。それは安心だ。だからお前は悪いことをした罰として、俺の奴隷になる。俺がお前は十分反省したし、罰は終わりでいいと判断したらお前は奴隷じゃなくなるんだ」

「…………信じられないよ」

「信じられなくても事実だ。お前の場合、略奪未遂に騎士3名への傷害で最低でも10年の無償期間と金貨2枚の罰金だ」

「そんなの払えるわけないよ。やっぱり嘘なんだ……」


 まぁ、普通の子どもはそう思うよな。

 3人もの人間を傷つけた傷害という罪を犯してしまった以上、他の経済的な理由で奴隷になった連中より厳しくしなくてはならないので、無償期間10年っていうのは変えようがないが、少なくとも罰金に関しては非常に緩い。

 一般的な家庭――だいたい5人家族――の収入は月あたり平均で銀貨20枚程度だ。金貨1枚は銀貨100枚なので金貨2枚と言えば、一般家庭の収入で10ヶ月分に相当する。

 この世界に暮らす普通の大人なら、これが破格だとすぐに分かるだろう。

 しかし、子どもが見るようなお金と言えば銀貨の100分の1しか価値がない銅貨をお駄賃で1枚もらえるぐらいなので、金貨2枚といったら途方もない金額だ。

 貨幣価値は世界共通なので、フラタス王国出身のアーシアでもそれは変わらない。

 だが、この金額でも仕方ないし、十分以上に譲歩しているのだ。

 アーシアにやられた騎士3人はけっこうな深手を負っており、ゲーム的な世界観を持ったこの世界においてもすぐに現場復帰というわけにはいかない。

 魔法なんて便利なもので怪我自体はすぐに直るが、ゲームと違うこの現実ではなんとビックリ怪我が治った後にリハビリが必要なのだ。まぁ怪我の程度によるが……

 次いで、治療してくれた教会への謝礼おふせと騎士3人への見舞金と働けない間の補償なんかの諸々を合わせれば金貨1枚ぐらいになる。それに罰金を加えたので、金貨2枚という額は情状酌量込みの妥当な金額なのだ。

 本来なら罰を含めて金貨10枚は固いし、マイザーの説得でも触れたが、どれだけキツい仕事を与えたとしても10年もの間、衣食住の面倒をみておきながら金貨1枚程度の見返りでは赤字にしかならない。


「そうでもないぞ。無償期間が終わった10年後のお前の仕事と言えば、主に俺の護衛だ。俺の身分を考えれば基本手当と危険手当を合わせて2年もあれば余裕で払える額だ」

「2年……」


 奴隷の平均的な収入は仕事によって差が大きいものの普通の仕事という枠であれば、おおよそ銅貨50枚程度になる。ちなみに最低は子どもの遊び相手程度の仕事をする銅貨5枚だ。

 国王おれの護衛ともなれば、奴隷でも基本手当で銀貨5枚、危険手当も合わせて銀貨10枚はいくだろう。


「だから、お前の罰は最低でも12年はかかるわけだな。お前が俺の言うことを聞かなかったり反省してなければもっと長くなる」

「…………」


 アーシアは破格の条件というのは多少理解できたようだが、それでもどうしても納得いかない部分があるのか目に力を込めてこちらを睨んでくる。

 怖いよ。

 6才児とは思えないぐらい目が怖い。


「狼の獣人は仕えるべき主人を自ら選ぶってのはよく知っている。だが、罪を犯して奴隷という身分にいる以上、不本意な形でも俺を主人としなくちゃいけないのは自業自得だ。そこは諦めろ」

「…………っ」

「とまぁ、いろいろ言っているがな。本当のところ俺は主人なんかよりもお前の友達になりたいんだ」

「とも……だち?」


 アーシアの目を真っ直ぐと見つめながらそう言うとアーシアは酷く戸惑っている。

 それはそうだろう。

 奴隷となれば自分が主人と認めていない相手が主人面する。そんなことは狼の獣人にとって本能が拒絶するレベルで酷く屈辱的なことだ。まだ6才でしかないアーシアですらそれは同じだ。

 そのはずが、主人ではなく友達になりたいなどと言われれば戸惑うなと言う方が無理な話だろう。


「………………私……悪いことしたよ?」


 本当はやりたくなかったというのがありありと分かるほど泣きそうな顔でアーシアは言った。

 か細く小さな声は、それでも彼女の叫ぶような悲鳴なのだ。


「そうだな。だけど、そうしなければ自分たちが死んでしまうかもしれなかった。それにお前に罪を犯させたのはフラタス王国とお前を戦力にした大人だ」


 そもそもいくら切羽詰まっているからと言って、子どもを盗賊稼業に同行させるなんてふざけた奴だ。

 残念ながら、首魁は捕まったその場で斬首なので、責めることも出来やしない。


「それでも友達になってくれるの?」

「ああ」


 俺が頷くとアーシアはその場にへたり込むと声を上げて泣き出した。

 今は亡き小太りの奴隷商に聞いたところ、アーシアをはじめ奴隷たちの待遇は相当悪かったらしい。

 しかも、アーシアは暴力こそ振るわれなかったものの、お前を買った主人はお前を犬扱いして云々、お前はもう人間として普通の生活は出来ない云々などと言葉で相当責め立てられたらしく、自分は狼の獣人としての誇りを守れないし、ひとりぼっちで悲しみに耐えるしかないのだと悲観する他になかった。

 それが蓋を開ければ主人ではなく友達になりたいと言われたのだから緊張が途切れてしまったのだろう。


「今は存分に泣くといい。ここにはお前を傷つけようとする人間はいない」


 俺はアーシアの側に寄るとぽんぽんと背中を撫でてやる。

 どうやら、俺は選択を間違えずに済んだようだ。

 これで戦力は大幅増が確約された。

 なにせアーシアといえば、フォア戦で物理キャラで最強の一角を担うキャラなのだ。

 職業軍人3人を粗末な武器で倒せるのだから6才にしてその片鱗を見せていると言っていいだろう。

 そんな彼女を俺の奴隷にすることがどれだけ有用なことか。

 本当に昨日奴隷商へ行くことを決めたのは運が良かった。

 モーブが獣人の奴隷を買いたいと言っていたから、もしかしてと思ったらドンピシャリだ。

 奴隷商が自ら違法商だと自白してくれたおかげで、アーシアも解放されるかと思ったが、まさかの犯罪奴隷だったのは心底驚いたがそれはそれ。これ幸いと手駒に加えるよう画策したわけだ。

 物理キャラはアーシアでいいとして、魔法は誰がいるかな?

 やっぱ、ベス――メインヒロインのエリザベートが鉄板だろうけど、彼女は今後どうなるかわからない……って、そもそもゲームじゃないんだからパーティ編成考える必要ないな。

 まぁでも、武力はどうにかなりそうだから、政治的な面で力になってくれる信用できる味方が欲しいところだ。

 そんな都合良くマイザーの息が掛かってないと証明できる奴なんていないだろうけど……


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