726話 何があった?
「す、すみません。えっと……お支払いなんですが、ふぁっくすを送る時にお願いします」
女性団員が、お父さんと私に頭を下げる。
かなり走り回っていたけど、分からなかったみたい。
「もちろんいいですよ。俺たちは宿『バーン』に泊っている、ドルイドと娘のアイビーです」
「ありがとうございます。管理している者が、他の仕事に駆り出されてしまって。本当にすみません」
女性団員が、お父さんの言葉に安堵した表情を見せる。
もしかしたらふぁっくすの紙を渡したら、お金を先に貰うという決まりでもあるのかな?
「それより何かあったんですか?」
お父さんが、自警団の中を見渡す。
慌ただしく動いている人達を見ていると、どうも情報を集めている様子が窺える。
漏れ聞こえてくるのは、「いない」や「村の中には」など、誰かを探しているような言葉が多い。
ただ、かなり慎重に話しているようで、なかなか全貌が分からない。
「あっ……ちょっと」
女性団員が言葉を濁して、視線を彷徨わせる。
その様子から、村にとって重大な事が起こっている可能性があると分かった。
「そうですか。大変な時にお邪魔してしまいましたね。すみません」
お父さんが頭を下げると、女性団員が慌てた様子で顔と手を横に振る。
「いいえ、本当はこういう時に私がちゃんと対応しないと駄目なのに……いつも、上手く出来なくて」
落ち込んだ女性団員に、お父さんが穏やかな笑みを見せる。
「大丈夫ですよ。俺たちは欲しい物が手に入ったので満足しています」
お父さんが私を見るので、頷く。
「はい。対応してくれて、ありがとうございます」
「いえいえ。明日は……無理かな。明後日には落ち着いていると思います」
数日で解決する事なら、凄く大変な事ではないのかな?
「分かりました。では」
お父さんが小さく頭を下げるのに合わせて、頭を下げる。
「はい。んっ? あっ!」
なんだろう?
何か言い忘れた事でもあったのかな?
「私は、シュリスです。毎日この場所にいるつもりですが、いなかったら対応した者に私の名前を言って下さい。ふぁっくすの事はしっかり伝言板に書いて残しておくので」
「分かりました」
シュリスさんの「これで大丈夫よね? えっ、また何か忘れてない?」という小さな呟きを聞きながら、自警団から出る。
「ぷっくくく」
自警団を出ると、隣から笑い声が聞こえた。
見ると、お父さんが笑うのを我慢していた。
「ちゃんと笑っても大丈夫だよ。もう外だし……ふふっ」
「彼女の顔色がどんどん悪くなるし、焦ってあちこちに体をぶつけるし、どうしようかと思ったよ」
確かに。
お父さんも私も別に怒ってないのに、凄く焦ってたよね。
「シュリスさんの上司が怖い人なのかな?」
ちゃんとしないと、凄く怒られるとか?
「どうだろう? 明後日になれば分かるかな?」
「そうだね。ふぁっくすは、2日もあるからゆっくり書けるね」
工夫して書かないと駄目だから、結構難しいんだよね。
ソラやシエルの名前は出せるようになったけど、何をしたのかは正直に書くことは出来ない。
「皆は元気かな? 怪我とかしていないかな?」
隊長や冒険者だから心配だな。
「連絡がきていないから、俺の家族は元気だろう。アイビーの友人達は、何かあれば噂になると思うから、大丈夫だと思うぞ」
そうだった。
お父さんの家族に何かあれば、連絡が届くようにしてあるらしいし。
セイゼルクさんがリーダーの「炎の剣」も、ラトメ村のオグト隊長さん達も、フォロンダ領主も冒険者に凄く人気だった。
「確かに、何かあれば凄い勢いで噂になりそうだね」
「間違いなく、噂が聞こえてくるだろう。問題はジナル達だろう。彼等は凄い冒険者と言われながら、噂がほとんど出ないんだ」
「そうなの?」
「あぁ、たぶん噂を操作しているんだろう」
あっ、それは想像が出来る。
3人とも、人を動かすのがうまいからな。
「アイビー、これから何処へ行く?」
「そうだね、どうしよう?」
魔石を売る時間が無くなったから、お昼にはまだ早い。
屋台を楽しむなら、混むけどお昼時が一番だからね。
「あっ、捨て場の位置を確認しておこうよ」
大切な捨て場の位置を、まだ確認していないや。
「そうだったな。マジックバッグが大きくなって余裕が出来たから、後回しにしてしまったな」
それは私も同じ。
まだまだ、マジックバッグにポーションもマジックアイテムもあるからね。
でも、いずれ無くなってしまう物だから、捨て場の確認だけはしておかないと。
「それなら森へ行こうか」
「うん」
お父さんと門へ向かって歩いていると、自警団員が森へ出ていくのが見えた。
4人ずつの6チーム。
自警団で、情報を集めていた人達の姿があった。
どうやら問題は、森にあるらしい。
「あ~、なんというか」
お父さんの言葉に首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、なんでこう何もしていないのに、分かるんだろうなって思って」
んっ?
「分かる」ってなに?
……あっ、そう言われればそうだね。
自警団で問題が起こっている事が分って、次にそれが森の中だと分かった。
お父さんも私も、知ろうと動いているわけでもないのに。
「今度こそ、巻き込まれないようにしようね!」
私の言葉に、お父さんが苦笑する。
まぁこの希望が、今まで叶えられた事が無いからね。
「どちらに行かれますか?」
門に着くと、門番さんに声を掛けられた。
視線を向けると、お父さんと私を窺っているのが分かった。
「捨て場に行きたいのだが、どっちに向かえばいいですか?」
お父さんの言葉に、門番さんがお父さんと私のマジックバッグを見る。
なんなんだろう?
「どうかしましたか?」
すぐに答えない門番さんに、お父さんが不審そうに聞く。
「いえ、なんでもありません。門を出て左に真っすぐ行ってください。しばらく歩けば、捨て場に出ます」
「ありがとうございます。では」
お父さんに合わせて軽く頭を下げて門を出る。
背中に、門番さんの視線を感じる。
「本当に、何があったんだろうね」
「そうだな……果樹を盗んだ者が現れたのかと思ったけど、門番の様子から違うような気がするな」
そういえば、その問題があったね。
でもお父さんが言うように、門番さんの態度からそれとは違うと思う。
もし果樹を盗んだと怪しむなら、身元を調査するためにギルドカードの提示を求められると思う。
盗んだ物を、何処かで売るはずだからね。
「あっ、あったよ」
森に出てしばらく歩いていると、捨て場が見えた。
門番さんの言う通りだったのでホッとする。
彼の様子から、本当の事を教えてくれたのか、ちょっとだけ不安だった。
「随分、綺麗に整頓されているな」
「そうだね。ここまで綺麗に整頓された捨て場は初めてだね」
捨て場を見ると、どこに何を捨てればいいのか一目でわかるようになっている。
ある程度整頓された捨て場はあるけれど、ここまで完璧な所は無い。
捨て場に入ってポーションが置かれている場所に行く。
カゴが積み重なっていて、その中にポーションが整然と並んでいる。
「これ、逆に持って行きにくいね」
「そうだな」
ポーションの数まで管理しているとは思わないけど、空になったカゴを見たら異常に気付くだろう。
「どうする?」
「どうしよう?」
お父さんの言葉に、同じ言葉を返してしまう。
まさか、管理が行き届き過ぎて困る捨て場があるなんて。
「あっ、誰か来るな」
「うん。こっちに向かって来ているね」
お父さんが村の方を見る。
それに釣られて私も村の方に視線を向ける。
「お父さん、気配の動きも読めるようになっているね」
「そう、みたいだな。今の言葉は無意識だった」
良かった。
気配を意識している時は、まだまだ馴染んでいない時。
無意識で判断できるようになれば、体への負担が減るはずだから。