709話 小さなマーチュ村へ
「これで全部?」
「あぁ、それで全部だな」
目の前にはマジックバッグが4個。
それと、ソラ達が入るバッグが2個。
トロンが入るカゴが1個。
「まさかこんなに減るとは思わなかったね」
マジックバッグ4個のうち、3個がポーションやマジックアイテムなどソラ達のご飯。
お父さんと私の服や調理器具など必要な物は、マジックバッグ1個に入ってしまった。
ウルさんが持って来てくれたゴミは、整理をしたりソラ達が食べたりで最終的には3個に収まった。
それでも、今までよりはるかに多い量を持ち歩けるので、ソラ達に我慢をさせる回数は減るだろう。
「そういえば、次の村の名前は何だっけ?」
お父さんが地図を出してくれた。
「マーチュ村だ」
マーチュ村。
地図を確認すると、オカンコ村よりオカンノ村の方に近い所にマーチュ村はあるように見える。
と言っても、この地図が正確なのかは不明なのでだいたいこの辺りで覚えた方が良い。
道も地図ではしっかりと書かれてあるけど、正直怪しい。
小さな村へ行く道は、木々が邪魔をして見つかりにくい時がある。
まぁ私達はきっと、通常の道を通っては行かないだろうけど。
「マーチュ村は、どんな所なの?」
「農業や酪農で成功している村らしくて、うまいものがいっぱいあるそうだ」
農業や酪農か。
「それは、凄く楽しみだね」
良い食材が手に入ったら、色々作りたいな。
「そうだな。さて、そろそろ行こうか」
「うん」
肩からは、マジックバッグが2個。
それとソラ達のバッグが1個。
少ない。
今までなら、マジックバッグがあと2個はあったのに。
「身軽になったな」
お父さんが嬉しそうに私を見る。
「うん。楽だね」
肩から下げられたマジックバッグがたったの2個なんて、最高!
部屋から出て1階に下りると、悲しそうな表情をしたリーリアさんがいた。
でも、私達の姿を見ると、にこっと笑った。
ちょっと無理しているのが分かるけど、笑顔で見送ってくれるみたい。
優しい人だな。
「色々とお世話になりました。ありがとう」
お父さんが、アリラスさん達や店主のチャギュさんに挨拶をする。
「こっちこそ、本当に色々とありがとうございます」
アリラスさん達が頭を下げる。
私も頭を下げると、宿から出た。
「アイビー。またオカンコ村に来てね。私たちはこの村にいるから」
「はい。また会いに来ますね」
ミッケさんとアバルさんには、昨日のうちに挨拶は済ませてある。
今日はどうしても、抜けられない用事があるそうだ。
「色々あったけど、いい人達と出会えたね」
「そうだな」
大通りに出る前に、後ろを振り返り宿に視線を向ける。
リーリアさんが、私の行動に気付いたのか手を大きく振ってくれた。
私もリーリアさん達に手を振って、角を曲がって大通りに出た。
チラリとお父さんの様子を窺う。
顔色は悪くないし、普通に歩いている。
とても、体調が悪いようには見えない。
でも、実際は違うんだよね。
「マーチュ村に着いたら、ゆっくり休養だからね」
見た目に誤魔化されないように気を付けよう。
「分かってるよ」
あっこの気配は……3日前からついてくれている人だ。
そっと、気配を感じた方に視線を向けると、いた。
見ている事が知られないように、そっと視線を逸らす。
「アイビーは、本当に気配に敏感だよな」
私の行動を見て、お父さんが感心した様子で言う。
「頑張ったからね」
気配を読めると、逃げる時が本当に楽だった。
だから、広範囲の気配に気付けるように、頑張って鍛えた。
それにしても、私のちょっとした動きで何をしているか分かるお父さんは、本当に凄いよね。
お父さんの様子を見ながら、大通りを門に向かって歩く。
「体調は良くないだろうけど、このまま歩いていても大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。問題ない」
「お父さんの大丈夫は当てにならない」
「酷いなぁ」
お父さんが小さく笑ったのが分かった。
でも本当の事だからね。
門に着くと、門番の人達に挨拶をして森に出る。
森に出てしまえば、お父さんも少しは楽になるはず。
「本当に、大丈夫?」
「心配性だな。本当に、問題ないから」
顔色や態度からは、全く分からないから信じるしかないんだよね。
「そういえば、村に入る手続きをする部屋が綺麗になっていたね」
村に来て手続きしてもらった時は、凄い状態だったからね。
「そうだったな」
森に出て、ある程度歩くと周りを見回す。
オカンコ村で感じた護衛の気配はない。
冒険者達の気配も、近くには無い。
たぶん、大丈夫のはず。
「ソラ達を出してもいいかな?」
「ん~、あと少しだけオカンコ村から離れようか」
「分かった」
周りの気配を探りながら村道をオカンノ村に向かって歩く。
30分ほど歩くとお父さんが、私を見た。
「そろそろ、大丈夫だろう」
「うん。ソラ、シエル。出てきていいよ」
肩から下げたソラとシエルが入っているバッグの蓋を開ける。
お父さんを見ると、フレムとソルが入ったバッグの蓋を開けていた。
2個のバッグからそれぞれ勢いよく出て来る4匹。
シエルは出た瞬間、アダンダラに戻って全身をほぐし始めた。
やっぱり部屋だけだと、体がなまるのだろう。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
ソラやフレムが少し興奮した様子で、縦や横に大きく伸びている。
たぶん、体をほぐしているのだろう。
その傍で、ソルも小さく縦運動をしていた。
しばらく皆の様子を窺う。
落ち着いてきたのが分かったので、お父さんが皆に声を掛けた。
「そろそろ、行こうか」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
シエルがスライムになると、思いっきり飛び跳ねだした。
それに続くソラ達。
「そうとう遊び足りなかったんだな」
お父さんの言葉に苦笑しながら頷く。
部屋と、洞窟の数日だけではつらかっただろう。
悪い事をしてしまった。
「行こうか」
私の言葉に、前を歩く4匹。
そういえば、トロンは?
お父さんの肩から下げているカゴの中をそっと窺う。
視線の先には、気持ち良さそうなトロンの寝姿。
「この様子だと数日は起きないんじゃないか?」
お父さんがツンツンと指でトロンを突くが、本当に動かない。
「そうみたいだね」
良く寝ているなぁ。
「にゃうん」
んっ?
そろそろ、シエルの本領発揮かな。
シエルに視線を向けると、村道から少し外れた場所にいた。
「そっちの方がマーチュ村に近いの?」
「にゃうん」
自信ありげに鳴くシエルにちょっと笑ってしまう。
「それじゃ、いつも通りシエルの導く方へ行くか」
「うん」
オカンノ村へ向かう村道から外れ、マーチュ村に向かって歩き出すシエルの後を追う。
次の村はどんな所かな。