707話 解決したわ
「リュウの子玉の件だけど解決したわ。情報をありがとう。受付長と冒険者ギルド1階の管理室長、どちらも黒だったの。ふふっ」
ミッケさんの最後の笑いに、ぞくっとした寒気が走る。
「そうなんですね。お役に立てて良かったです。何かあったんですか?」
ミッケさんの様子に、アリラスさんが戸惑った表情を見せる。
「いえ」
ミッケさんは首を横に振るけど、どことなくいつもと違う。
ん~、なんとなく不機嫌というか、怒っているというか。
問題は解決したのに、どうしたんだろう?
「何か予想外の事でも分かったのか?」
お父さんの質問に、ミッケさんの眉間に深い皺が刻まれる。
「抑えようとしても駄目ね。はぁ、もう聞いてくれる? あの2人のせいで、この村が更地になるところだったのよ」
更地?
受付長と管理室長は、いったい何をしようとしていたんだろう?
「冒険者ギルドに勤めているくせに、魔物の事を全く理解していなかったのよ。あの馬鹿ども」
「冒険者ギルドに勤めるには、魔物についての試験が無かったか?」
お父さんの言葉に、「もちろん」と頷くミッケさん。
「魔物についての知識はあるのよ。それもこの2人はかなり多くの魔物について知っているわ。でも、『たかが魔物』と言う考えがあったみたい。しかも『人が魔物に負けるわけがない。負けるのは魔物の事を知らないからだ』という変な考えも持っていたのよ」
私は、魔物の事を知れば知るほど恐ろしい存在だと思ったけどな。
だって、人より速く走って大きな牙や角で攻撃してくるんだよ?
しかも、魔物によっては魔法まで使えるんだから。
どうして、これで勝てると思えるんだろう?
「2人は凄く強いんですか?」
だから、そう思ったのかな?
「全然。いつも誰かに守ってもらう側よ。だから魔物の本当の恐ろしさを知らないのよ」
あっ、そっちか。
「上位魔物を1回でも目の前にしたら、自分がいかに弱い存在か思い知らされるわ。あの時は、死を覚悟したもの」
ミッケさんには、そういう経験があるんだ。
お父さんにもきっとあるんだろうな。
「まぁでも、被害が出ないなら別に魔物の事をどう見ていたっていいの。でも、王都の貴族にあの馬鹿共は協力した」
また、王都の貴族?
王都の貴族は、暇なんだろうか?
「リュウが子供を大切にする事を知っていた2人は、子玉を人質に取ってリュウを操ろうとしていたの」
「「「「「うわ~」」」」」
凄い、全員の声が揃った。
でも、本当にありえない。
成功すると思った事が恐ろしい。
「しかも、洞窟から魔物は幾らでも出てくるから餌に困らないとか、村に被害が出てもすぐに元は取り返せるとか」
いやいや。
リュウの怒りに触れたら、村なんて一瞬で火の海だと思うけど。
あぁ、だから更地なのか。
「自信満々に言うから、途中で2人の頭を何度かち割ってやろうかと思った事か。足の骨で我慢した私は偉いと思わない?」
偉い……のかな?
まぁ、頭を割っちゃったら話が出来ないからね。
「子玉を村に入れたら、村が数分で更地になるだろうな」
お父さんの言葉に、本に書かれていた情報を思い出す。
リュウの火による攻撃は、威力が凄くて防ぐ事はほぼ不可能。
だから、リュウを決して怒らせてはいけない。
人の多くいる場所に、来させるような事をしてはいけない。
だったよね?
そういえば、リュウの子玉はリュウの火に耐えられると書かれてあったような気がする。
「そう、その通り。リュウの子玉は親の攻撃に耐えられるからね」
よかった、正解。
「あれ? 捕まった2人は魔物の知識はあったんですよね? それなら、子玉がその耐性を持っている事は知っていたはず。なのに、何故人質に出来ると考えたんだ?」
タンラスさんが不思議そうにミッケさんを見る。
あぁ彼女の呆れた表情から、「馬鹿々々しい答え」だと分かってしまった。
「あいつ等、『その耐性はきっと生まれたばかりの子玉だけのもの。孵る時は、生まれやすいように殻が薄くなっているはずだから、人質にするのは耐性が無くなった孵る直前の子玉にすれば問題ない』と、言っていたわ」
「ははっ、凄い解釈だな」
タンラスさんの表情が引きつっている。
その気持ちは、分かる。
なんて言うか、自分達のいいように解釈している。
「聞いていた私達は完全に呆れたわよ。本当に、まさかあの2人がここまで愚かだとは思わなかった。でも、その考え方だったから村は助かったのかもしれないけどね。もし途中で子玉が孵らなかったら、村に持ち込まれた可能性があるもの」
そうか。
途中で子玉が孵ったから、この村まで冒険者達は戻って来られなかったんだ。
2人がもし生まれたばかりの子玉を狙わせていたら、本当にこの村は危なかった。
「そういえば、リュウはどうして子玉から離れたんだ? 普通は、離れないよな?」
「離れないんだ」
お父さんを見ると、不思議そうに首を傾げられた。
「そう。知らなかった?」
「うん」
本には、書かれていなかったな。
「この村の近くにいるリュウは、子供を多く生むのよ。普通は1個か2個なんだけど、1回で5個の子玉を生んだ事が記録に残っているわ。たぶん、今回も子玉を多く生んで、既に孵った子がいたために餌を取りに行っていたんじゃないかな? それで子玉から離れてしまった。2人も、親が餌を取りに行っている間に「盗め」と言っていたみたいだから」
子沢山なんだ。
大きなリュウの周りを、小さなリュウがいっぱい飛んでいるのかな?
危険だから絶対に近付かないけど、ちょっとだけ見てみたいな。
「2人は捕まったが、貴族の方はどうするんだ? どうせ、訴えても逃げるだろう?」
お父さんの言葉に、ミッケさんが肩を竦める。
「まぁ、逃げるでしょうね。と言うか、相手にもしないでしょうね。貴族の部下を1人捕まえたけど、どうせ切り捨てるだろうし。訴えるだけ無駄なのは分かっているわ」
貴族は無駄に力があるもんね。
私達では、手に負えないのかな?
「でも、黙っているほどこの村の奴らは甘くないのよ。だって、この村が消える可能性があったんだもの。だから村から抗議と訴える事を書いた手紙を送ったわ。すぐに『訴えても無駄』とか『貴族を敵にまわすのか』みたいな脅しの手紙が返ってくるわ」
うん?
ミッケさんの説明に首を傾げる。
この村の人達が本気で怒っているのは分かる。
本当に危険だったのだから。
ただ、その気持ちを抗議文にしたり、訴えても無駄だと知っていながら訴えると手紙を書いたりするのは、どうしてなんだろう?
「手紙が返って来たら、あとは……まぁね」
あっ、ミッケさんが言葉を濁した。
つまり言えない事があると。
……誰かが、貴族をどうにかするのかな?
「まっ、悪い事をしたら逃げない事ね」
ミッケさんを見て頷く。
それはそうだよね。
「そうだ。リーリアの件も解決したわよ」
「本当に?」
ミッケさんの言葉に、驚いた表情をするリーリアさん。
「うん。王都の教会から来た、追っ手やその他もろもろ、全て捕まえたわ」
その他もろもろ?
占い師とか……あとは、関係者かな。
「良かったね」
「うん。ありがとうございます」
リーリアさんがお礼を言うと、アリラスさんとタンラスさんが頭を下げる。
良かった。
これで、リーリアさん達は前へ進めるようになるね。