691話 ガバリ団長さんは忙しい
「おぉ、本当に木の魔物だ。いや、凄いな。襲われないと聞いていても、すこし怖く感じるな。アバルの気持ちがわかったわ。おぉ、後ろ姿も迫力あるなぁ」
木の魔物の後ろ姿に、迫力なんてあったかな?
それより、少し落ち着いて欲しいな。
周りを回るガバリ団長さんに、木の魔物が困っているみたいだから。
「あぁ、これがアバルの言っていた魔法陣の影響で出来た黒い部分か。幹にもあるんだったな」
駄目だ。
全然落ち着いてくれない。
これは、止めてもいいよね。
「ガバリ団長さん、木の魔物が困っています」
「えっ? 困る?」
私を不思議そうに見るガバリ団長さん。
「木の魔物が、ガバリ団長さんの行動に困っているみたいです。周りをくるくる回るのは止めてあげて下さい」
「えっ? あぁ、悪い。そんなにくるくる回っていたか? 無意識だった」
興奮していたから、そのせいかな?
昨日、ガバリ団長さんがジナルさんの仲間だと分かった。
それにホッとして話を始めようとしたら、部下の人がガバリ団長さんを呼びに来た。
内容は、ガバリ団長さんとミッケさんが狙っていた貴族が動いたという報告。
なんでも、貴族が「ミッケさんがいると思われる宿を襲う」ために村から要注意と認定されている冒険者を雇ったらしい。
ちなみに、雇った冒険者の1人からの情報なので、確実な物らしい。
どうして貴族の雇った冒険者から情報が入るのかと思ったら、自警団員が送り込んだ仲間だそうだ。
「昨日は、ちゃんと話も出来ずに悪かったな」
「仕事なので仕方ないですよ。貴族の方は大丈夫ですか?」
そうだ。
宿を襲うって話だったよね。
その宿というのは、「あすろ」の事だよね。
「大丈夫だ。ミッケが囮になって宿から目を逸らすから」
お父さんの質問にガバリ団長さんが、にやりと笑う。
これは、何かを企んでいる表情だね。
それにしてもミッケさんが囮?
大丈夫なのかな?
あれ?
囮役をするにしては、朝食時のミッケさんは凄く機嫌が良かったけどな。
たしか「今日は憂さ晴らしの日よぉ」とか言っていたような。
この場合、貴族を心配した方が良いのだろうか?
「ミッケの心配は必要ないぞ。あいつは、ギルマス候補の1人と言われているぐらいの実力があるからな」
それは凄く強いという事だよね。
「別の名前を持っているのか? ギルマス候補に病弱設定は無理だろう」
そう言えば、ミッケさんには病弱な設定があったね。
ミッケさんを見ていると、忘れてしまうけど。
「あぁ、ミッケは3つ、別名を持っている」
3つも別名があるんだ。
「そんなに?」
リーリアさんが驚いた様子で、ガバリ団長さんを見る。
「あぁ、俺の子供と言うだけで命を狙われるからな。だから、生まれた時に数個名前を持たせるんだ。名前ごとに違う噂を流して、狙っている奴らを見つけたり、死んだ事にして親元から離して育てたりして守るんだよ」
団長さんの子供と言うだけで?
それは……何と言ったらいいのか分からないけど、団長さんというのは大変なんだな。
「そんなに狙われるのか? 他の村や町では聞いた事が無いが」
お父さんの言葉に、神妙に頷くガバリ団長さん。
「このオカンコ村では、団長、ギルマス。それに補佐達の家族は狙われる。少しでもこの村の利益に絡みたいんだよ。大金が手に入るからな」
お金か。
「ぷっぷぷ~」
あっ、ソラの治療が始まるのかな?
鳴き声に視線を向けると、ソラが木の魔物の枝の上でのびのびと体を伸ばしている。
縦にのびのび。
横にのびのび。
もう一度、縦にのびのび。
横にのびのび。
「何をしているんだ?」
ガバリ団長さんの言葉に首を傾げる。
今まで、治療を前にしてそんな行動をとった事は無い。
まるで、
「準備運動?」
そう見えてしまうんだけど。
「ぷっぷぷ~」
えっ、まさか正解だったの?
「スライムが準備運動?」
ガバリ団長さんが、面白そうにソラを見る。
まぁ、珍しいからね。
「ぷっ!」
準備運動が終ったのか、気合が入った鳴き声を上げると、木の魔物の黒くなった枝を包み込んだ。
「本当に、アイビーのテイムした魔物は凄いな。木の魔物を治療するスライムなんて、きっと誰かに話したとしても、信じてもらえないと思うよ」
ガバリ団長さんが、治療中のソラに近付き感心したように頷く。
「これが治療なのか。泡が出ているな。不思議だなぁ」
ソラの治療を見ていたガバリ団長さんは、感心した様子で木の魔物から離れた。
「邪魔をしたら駄目だろうからな。あっ、そうだ。ドルイド」
「はい、なんですか?」
ガバリ団長さんがお父さんを見る。
「俺は組織の決まりに縛られているから、組織に関わった以上はドルイドの事もアイビーの事も他言は出来ない。ただ組織内で、必要な時には話すが問題ないか? 問題があるなら、個別で契約をするが」
組織って、ガバリ団長さんの組織の事だよね。
いつ関わったんだろう?
「ジナルと同じ組織だと言えばいいのに、守りの組織だと区別させたのは、組織の決まりを発動させるためですか?」
えっ、別の組織と知っただけで関わった事になるの?
「そういう事だな」
「それなら、個別での契約は必要ないですよ」
組織の決まりは厳しい物なのかな?
お父さんが、確認せずに必要ないと判断するなんて。
「あの、私達もガバリ団長が属している組織に関わった事になるんですか?」
リーリアさんが、ガバリ団長さんを不安そうに見る。
「あぁ、そういう事になるな」
そうなるよね。
一緒に話を聞いていたんだから。
「これからの事に影響しますか?」
これから?
あっ、そうだ。
アリラスさん達は、この村で王都にある教会の動きを様子見する事になっていたんだった。
教会の動き次第で、これからが変わるんだよね。
組織と関わった事で何か影響があったりするのかな?
「あぁ、それについては――」
「戻りました。シエルの存在は凄いですね。魔物が1匹も現れませんでしたよ」
洞窟全体を見回りに行っていた、アバルさんとアリラスさんとタンラスさんが戻ってくる。
なぜかシエルがお供をしていた。
楽しそうに尻尾を振って戻ってくるシエルに、首を傾げる。
魔物は出なかったみたいだけど、何か楽しめる事でもあったのかな?
「お帰り、シエル。あれ? 毛が濡れているね」
傍に来たシエルに触ると、毛がしっとりと濡れている。
「あぁ、水遊びして来たんだよ。木の魔物が通った場所に水が流れ込んだみたいで、小さな川が出来ていたから」
水遊び。
だから帰ってきた時に、楽しそうだったのか。
「楽しかった?」
「にゃうん」
それは良かった。
「ガバリ団長、洞窟内部の変化は魔法陣があった空間と小さな川が出来ただけです。他にはありませんでした。あと、洞窟内を流れる魔力が元に戻ったみたいです」
アバルさんの説明にガバリ団長さんが頷く。
「分かった、お疲れ様。それにしても川か。水中に住む魔物が出そうか?」
洞窟の変化で、現れる魔物も変わるんだよね。
水中の魔物の中には、恐ろしい魔物がいたはずだけど大丈夫かな?
「いや、それは無いですね。本当に小さな川なので」
小さいんだ。
ちょっとその小さい川を、見て見たいかも。
「そうか。あとでその川までの案内を頼むよ」
「はい。分かりました」
あとで一緒に行っていいか聞こうかな。
「あっ、そう言えば。アリラス達のこれからについて話していたんだったな」
「「えっ」」
洞窟を見回っていたアリラスさんとタンラスさんが、驚いた表情でガバリ団長さんを見る。
「3人を、組織に勧誘しようと思っているんだけど、どうだ?」
「「「えっ!」」」
アリラスさん達の声が洞窟内に広がる。
組織とは、自警団ではなく裏の組織の方だよね。
本気?