1114話 フォロンダ公爵と魔法陣4
ーフォロンダ公爵視点ー
「レアな上位魔物の攻撃実験は必要ですか?」
アーシャの問いに、俺は頷く。
「上位魔物やレアな上位魔物と遭遇した下位冒険者や中位冒険者が、生き残れる方法をずっと探しているんだ。アーシャが作った魔法陣に、彼らが生き残れる可能性を感じる。だからレアな上位魔物の攻撃も防げるのか、実験してほしい」
「それだったら、早急に冒険者ギルドに依頼を出そうか。実験の目的を伝えれば、優先してくれると思うよー。冒険者ギルドも、冒険者達が助かる方法を探している筈だからねー」
トースの提案に、アーシャが頷く。
「わかりました。ではすぐに依頼を出しますね」
「レアな上位魔物の攻撃を防げたら、使った魔法陣を教えてくれ。その魔法陣を使った防御用の道具を作るから」
「あの、魔法陣はまだ完成していないんですけど」
「えっ、そうなのか?」
アーシャの言葉に首を傾げる。
「はい。防御魔法を発動する魔法陣に組み込む文字が、まだ決まっていないんです。防御魔法に使用する文字は複数あって、組み合わせや魔法陣のどこに描くかで防御力が変わるとわかったんです。だから今、どう組み合わせたら最も防御力が上がるのか実験を始めたところなんですよ。それと使用する魔石も、文字の組み合わせ次第では、レベル5か6の魔石でも発動出来るのではないかと調べています」
「つまり、商品化するにはもう少し時間がかかるという事か」
「そうなります」
なるべく早く防御用の道具を作りたいんだが……。
「いや、今わかっているところまでで商品化したほうがいいと思うよー」
俺の言葉にアーシャは頷いたが、トースは首を横に振った。
「魔法陣の研究はこれから数十年にわたって続くだろうから、今、一番最適な魔法陣を使って商品を作ったほうがいい。そうじゃないと、いつまでたっても商品化出来ないと思うよー」
確かにトースの言う通りだな。
「アーシャ、魔法陣は完成していなくてもいいから、実験が成功したら教えてくれ」
「わかりました」
俺の言葉に、アーシャの表情が少しこわばる。
「どうしたんだ?」
アーシャの様子が気になり声をかけると、彼女はちょっと視線をさまよわせた。
「私の作った魔法陣が、本当に役に立つのか不安に思って……」
「実験では、攻撃を防いだんだろう?」
俺の疑問に、アーシャは力強く頷く。
「はい。それは間違いありません。協力してくれた研究員達に確認してもいいです。でも……もしも、攻撃を防げなかったら、冒険者は死ぬかもしれないんです。だから……」
アーシャが作った魔法陣は、冒険者達の命を左右する事になる。
彼女はそれをしっかり理解しているから、怖くなってきたんだな。
「アーシャ、大丈夫ですよー」
俺が何を言おうか迷っていると、トースがアーシャに声をかけた。
「主任」
「アーシャは魔法陣が作られた経緯を知って、防御魔法の魔法陣を研究し始めたよね。何度も失敗しながら、絶対に発動する魔法陣を作り上げた。だから自信を持っていいと思うよ」
トースがアーシャの肩を軽くたたく。
「何度怪我をしてもあきらめなかったのに、ここでひるんでどうするのー」
「怪我?」
トースの説明に驚いて、アーシャを見る。
「あ~、魔法が上手く発動しなくて、攻撃を受けてしまった事があるんです」
俺の視線を受け、アーシャが恥ずかしそうに言う。
「まさか、自分を実験台にしたのか?」
「はい、そうです。発動するかもわからない魔法陣の実験を、誰にも頼めませんよ。だって、失敗したら怪我をさせてしまうんですから」
あっけらかんと話すアーシャに、トースが溜め息を吐いているのが見えた。
「トース? 実験には犯罪者を使っていいと言っておいた筈だが」
「そう言ったんだけどねー。自分でやると言って聞かなかったんだよ。まぁ、大怪我を負うような攻撃実験ではなかったから許可を出したけど、あれは心臓に悪かったねー」
トースが疲れた表情で呟くと、アーシャはトースを見て申し訳なさそうな表情をする。
「それにしても、魔法陣を組み込んだ道具かー。大丈夫かねー」
トースが心配そうに俺を見る。
「魔法陣を使った事件が起こる可能性は?」
「これからどんどん起こるだろうな」
既にあちこちで、魔法陣を組み込んだ不当な道具が見つかっている。
今のところ、大きな問題にはなっていないが、時間の問題だ。
「もしかして、既に何か見つかった?」
俺はトースの言葉に小さく笑う。
「そうか」
「魔法陣はもう隠し通せない。だから、魔法陣はむやみに扱うと危険だと広め、近付かないように教育する予定だ。それと同時に、安全性が認められた魔法陣を発表する。国がお墨付きを与えた魔法陣という事になるな」
「それでうまくいくのか?」
トースの問いに、俺は肩を竦める。
「どうかな。大きな問題を起こさせない為に、監視体制をしっかり作るつもりだけど……」
黒のスライムをテイムしているテイマーに協力を求めたいんだけど、アイビーともう1人以外、見つからないんだよな。
アーシャの実験結果次第では、防御用の道具は1年以内に完成するだろう。
その商品の販売を始める前に、監視体制を作り上げておく必要があるが……。
「森へ行って黒のスライムを探すか」
俺の呟きが聞こえたのか、トースが呆れた表情で俺を見る。
「フォロンダ公爵が自ら森へ? 護衛が気の毒だからやめたほうがいいぞ」
トースの言葉に、後ろにいる護衛騎士を見る。
護衛騎士は、なぜか必死に頷いていた。
「今、フォロンダ公爵に何かあったら、国のいろいろな事が滞るからねー」
トースの説明に、俺は思わず溜め息が出た。
「そうならない為に、俺に集まっていた権力を分散させたんだけどな」
そう、力のある貴族に分散させた筈なんだよな。
それなのに、どうして問題が起こったら、俺のもとに相談しに来るんだ?
貴族まで相談に来るのはおかしいだろう。
「落ち着くのはもう少し先になりそうだねー」
トースが面白そうに言うので睨むと、彼は視線を逸らした。
「あの、冒険者ギルドに依頼を出しに行きたいので、お先に失礼します」
アーシャを見ると、一度頭を下げてから急いで研究所のほうへ向かった。
「彼女の作った魔法陣が商品化されたら、彼女の事を見ていてやってくれ。魔法陣が発動しても、おそらく逃げ切れずに亡くなる冒険者が出る。それを知ったら、きっとショックを受けるだろうから」
俺の言葉に、トースは頷く。
「うん、わかってるよ」
「そろそろ戻る。あっ、報告書は早めに頼むぞ」
俺が真剣な表情で言うと、トースはちょっと考えて頷く。
「報告書って、楽しくないんだよねー」
「数日以内に報告書が提出されなかったら、研究所にアマリが取りに行くからな」
「えっ?」
トースが俺を不思議そうに見る。
「どうしてアマリさん?」
「報告書が出来上がるまで、すぐ横で監視させていただきますね」
トースの疑問に、アマリは笑顔で答える。
それを見たトースは、何かを感じたのか、アマリから1歩後ろに下がった。
「えっと、数日以内に確実に……待った。数日以内? それはちょっと無理かもしれない」
報告書の数が多いから普通は無理だろうな。
でもトースは、やる時はやるからな。
「実験に手を出さず、報告書を書けば出来る筈だ。頑張れ」
トースを見ると、悲壮な表情をしていた。
「うわ~。本気……だね。わかった。頑張ってみるよー」
ここまで言えば、報告書を仕上げるだろう。
すぐに実験を始めて、報告書を忘れてしまうからな。




