1096話 影響し合って
―ドルイド視点―
フォロンダ公爵とルトから聞いた話について考える。
「前世の記憶」を持っている者が、この世界でその記憶と知識を活かして変化をもたらしたのは理解出来る。
でも、未来を大きく変える力というのは、どんなものなんだろう?
「フォロンダ公爵は、なぜ『前世の記憶』を持った者が生まれるのだと思いますか?」
「わからない。でも、彼等のお陰で、我々はここにいるのだと思う」
フォロンダ公爵に視線を向ける。
「戦争を終わらせる為に使われた魔法陣を用いた魔法によって、この世界から多くの人がいなくなった。生き残った人達は魔法はわずかしか使えず、また生き残る術も知らなかったそうだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、王を守っていた存在が言っていたんだ。『戦争を止める事ばかり考えていて、その後の世界がどうなるかなど考える余裕はなかった。でも私は、生き残った人達は戦争が終わった事を喜び、前を向いて生きてくれると思っていた。でも、それは甘い考えだった。反抗出来ないように学ぶ機会を奪われ、ただ言われるまま生きてきた彼等に、生きる為の知識はなかった。我々は間違ったのだろう、でもあの時、あれ以外の選択はなかった』と」
世界を救う為に使った大魔法。
俺は、それを使った事が正解だったのか間違いだったのかわからない。
でも、世界の終わりを回避しようとした者達の行動を非難する事は出来ない。
彼らも必死だったのだと想像出来るから。
「俺は勝手にこう考えている」
フォロンダ公爵を見る。
「『前世の記憶』を持つ者が生まれたのは、この世界の人々を救う為だと」
「救う為ですか?」
「あぁ。彼等の記憶と知識は、人々の生活を良くしてくれた。だから、この世界の人々の為に、彼等はこの世界に来てくれたんだと思う。でも、彼等にしたら迷惑だったかもしれないな」
フォロンダ公爵が俺を見て苦笑する。
「アイビーの前世の記憶について聞きたいんだが、いいだろうか?」
フォロンダ公爵が俺を窺うように見る。
「はい。アイビーは、フォロンダ公爵には全て話していいと言っていましたから」
俺の答えに、フォロンダ公爵がホッとした表情をした。
「アイビーは前世の記憶を、どれくらい覚えているんだ?」
フォロンダ公爵の問いに、アイビーから聞いた前世の話を思い出す。
「教会でスキルを調べる前には、前世の記憶がある事を知っていたみたいです。夢で前世の事を見たと言っていました。アイビーが家から追い出された時は、まるで応援するような声がたくさん聞こえたと。あの声のお陰で私は生きる事を諦めなかったと言っていました」
声だけでなく、占い師の存在もあったが。
「夢と声か」
「はい。夢で見た前世ですが、1分~2分の映像で時間軸はバラバラみたいです。ただ、料理の記憶ははっきり思い出すと言っていました。特に食材を決めて何を作ろうか考えると、完成品だけでなく、調理方法や分量も」
「他には?」
「あっ、アイビーがいた前世は、死者が蘇る世界だったそうです」
「えっ? 死者が蘇る?」
「はい。土の中から死んだ人が出てきたところを見たそうです」
俺の説明に、フォロンダ公爵が眉間に皺を寄せる。
「凄い世界があるんだな」
「はい、俺も最初に聞いた時にそう思いました。ただ不思議な事に、アイビーの前世はそれを見ても怖がっていなかったと言っていました」
アイビーが「私は怖かったのに。前世の私は怖がっていなかったの」と首を傾げながら言っていたのを思い出す。
「もしかしたら、アイビーの前世も冒険者みたいな仕事をしていたのかもな」
フォロンダ公爵の呟きに俺は頷く。
「そうですね」
「前世のアイビーが、どんな見た目だったとかは聞いたか?」
「いえ、その辺りは全く思い出さないと言っていました」
フォロンダ公爵は俺の返答に頷いた。
「アイビーは『食』に関して強いんだな」
「えっ?」
「キーラの日記以外に、俺の手元には前世の記憶を持つ者の記録があるんだ。そこに彼等は、1つか2つ、とても鮮明に思い出す記憶があると書かれていた」
「アイビーはそれが『食』だと」
俺の問いに、フォロンダ公爵は頷く。
「キーラは組織作りに関する知識が多かったようだ。それ以外の前世の記憶はかなりあやふやみたいだ。日記に『料理を作っていた筈なのに、作り方がわからない』と書いていた」
アイビーも料理は細かいところまで思い出せるのに、他はよくわからないと言っていたな。
まぁ、料理によっては「こんな感じだった筈」と言って作っていたけど。
「他の者も、似たような感じだった。アイビーも同じと考えてよさそうだな」
「はい。あっ、フォロンダ公爵に聞きたい事があるんですが」
フォロンダ公爵が俺を見る。
「キーラの日記に、前世の記憶を見なくなった、もしくは声が聞こえなくなったという事は書かれていませんでしたか?」
「あったぞ」
「あるんですか?」
俺が少し前のめりに聞くと、フォロンダ公爵は少し驚いた表情で頷いた。
「あぁ。キーラが冒険者ギルドを作った数年後の日記に、『そういえば、最近は前世の記憶を見なくなった』と書かれていた」
やはり前世の記憶や声は、見えなくなったり聞こえなくなったりするのか。
「でも、それを書いた数年後に『久々に前世の事を夢で見た』と書いてあった」
つまり、完全に消えたわけではないのか?
コンコンコン。
「アマリです」
「どうぞ」
フォロンダ公爵が許可を出すと、アマリさんが部屋に入ってくる。
彼女はフォロンダ公爵の傍に来ると、ルトを無事に届けてきたと報告した。
「ありがとう」
「お茶を淹れますね」
アマリさんがテーブルの上を見ると、すぐにお茶の用意をし始める。
「いえ、もう帰りますので」
「少しお待ちください。今、アイビー様へのお土産を用意していますので」
アマリさんの言葉に首を傾げる。
「王都で一番人気のチョーバーなんですよ。アイビー様、お好きですよね?」
「はい。アマリさんからチョーバーをいただいてからずっと好きなお菓子です」
俺の言葉に、嬉しそうに微笑むアマリさん。
「アマリは、前世の記憶を持つ者に未来を変える力があると思うか?」
フォロンダ公爵の問いに、アマリさんは少し考える。
「どうぞ」
フォロンダ公爵と俺の前にお茶を置くと、彼女はフォロンダ公爵を見た。
「私は、皆の行動が影響し合って、未来を変えているのだと思います。確かに大きな影響を及ぼした者はいるでしょう。でも、その者の力だけではなく、周りにいる者達や、今までの積み重ねによって未来は変化した。私は、そう思います」
アマリさんの返答に、フォロンダ公爵は笑う。
「影響し合うか」
「はい。キーラ様は冒険者達を守る為に、冒険者ギルドを作りました。ですが、彼女の力だけで今の冒険者ギルドがあるのではありません。キーラ様の考えに賛同した多くの者達の支えがあって、今の冒険者ギルドがあるのです。キーラ様は、そのきっかけなのです」
「そうだな。ドルイド」
「はい」
「アイビーは捨てられた大地へ行くと決めたんだな?」
急になんだろう?
「はい。きっと行くでしょう」
「わかった」
俺の答えを聞いたフォロンダ公爵は、頷くとお茶を飲んだ。
「何かあるのですか?」
フォロンダ公爵の様子が気になり質問すると、彼は笑った。
「いや、ただ出来る事をするだけだ」
出来る事?
「あっ」
しまった。
「どうした?」
俺の小さな声に、フォロンダ公爵が視線を向ける。
「ルトに、アイビーがどうやって捨てられた大地の奥へ辿り着いたのか聞くのを忘れていました」
「あぁ、それなら俺が聞いた。わからないそうだ」
「わからない?」
「未来視が見たのは、アイビーが捨てられた大地へ行くところと、黒く大きな物の前で祈る姿だったそうだ」
「そうですか」
それだと、どうやって森の奥へ行ったのかはわからないな。




