1095話 記憶と知識
―フォロンダ公爵視点―
俺から視線を逸らしているドルイドに視線を向ける。
王都の隣の町、カシメ町の冒険者ギルドのギルドマスターになってほしかったんだけど……無理そうだな。
まぁ、予想していたから今日は諦めるか。
「フォロンダ公爵、ルトの話を全て信じますか?」
「前世の記憶を持っている者に未来を変える力がある、か?」
「はい」
ドルイドが俺の様子を窺うように見つめる。
「信じる。それに俺は、彼らには変える力があると前から思っていた」
「えっ?」
「ルトが、俺の先祖に前世の記憶を持つ者がいると言っただろう」
「はい」
「彼女は、冒険者ギルドだけではなく、教会に対抗する組織の先駆けとなる団体を作ったんだ」
「そうなんですか?」
ドルイドを見ると、驚いた表情をしている。
それに笑って頷くと、彼は少し考え込んだ。
「あの、アイビーの事も、最初から気付いていたんですか?」
「いや、それはない。そもそも、見ただけでわかるわけないだろう」
俺が首を横に振ると、ドルイドは微かに安堵した表情をした。
俺がアイビーを利用しようとして近付いたと思ったのか?
「前世の記憶を持っているかもしれないと思ったのは、アイビーが商業ギルドに焼きおにぎりのソースを登録したからだ」
「えっ?」
「去年、王都で焼きおにぎりが流行ったんだ。その時に、誰が関わっているのか調べた」
「どうしてですか?」
「ルトの言っていた俺の先祖だけど、キーラというんだ。そのキーラの残した日記に『おにぎり』という言葉があったのを覚えていたからだ」
日記には「おにぎりが食いたいのに、こめがない! なんでなんだ、こんちくしょう」と書かれていたんだよな。
その後も、「こめ! おにぎり! お茶づけ! が食いたい。なんでこめがないの? ありえない! あ~こめ!」と書かれていた事もあった。
そういえばアイビーは「お茶づけ」がどんな食べ物かわかるだろうか?
「そうだったんですか。そのキーラという女性はどんな方だったんですか?」
「日記からわかる事だけだが、口がもの凄く、本当にもの凄く悪くて豪胆な女性だな」
俺の説明に、ドルイドが戸惑った表情をする。
「えっと、口がもの凄く悪い?」
「そうだ」
キーラの日記は、家族以外に見せられない。
なぜなら「あのつるっぱげ、脳みそ腐ってるのか」とか「あの女、マジでくっせえ」なんて言葉が普通に書かれているからな。
まぁ、悪口を書かれている相手は犯罪者ばかり。
特に子供を利用した犯罪者には、凄い言葉が並んでいたな。
そういえば「無双」とか「ちょろい」とか、あと読めない言葉もあったな。
「冒険者ギルドを作るくらいなので、凄い方ではあるんですよね?」
「あぁ、冒険者の実情を知って『冒険者が金持ちや貴族に詐取されているのが我慢ならん。奴が言っていたように、早急に冒険者ギルドを作らなければ』と日記に書いてあった」
「奴とは?」
「名前はわからないが、キーラと同じで前世の記憶を持っていた者らしい。そして、教会に殺された可能性があると日記に書いてあった」
日記には、彼がいなくなり探した事や、教会に連れ去られた可能性があると書かれていた。
そして数日後の日記に、「教会の奴らは不気味だ。奴らがあいつを殺したかもしれない」と書いていた。
その辺りから、教会をかなり警戒していたのが日記からわかる。
殺された彼が、教会に対抗する団体を作る切っ掛けだと言えるだろう。
「前世の記憶を持った者がキーラ以外にも……。今も探せば、前世の記憶を持っている者が見つかるでしょうか?」
「それはわからない。ただ、今俺が知っているのはアイビーだけだ」
「そうなのですか?」
ドルイドを見て頷くと、彼は少しがっかりした様子を見せた。
アイビーの為に探したいのか?
「ドルイド、話を戻すが。俺が『未来を変える力』と言ったのは、彼らが持つ記憶と知識の事だ」
「記憶と知識?」
「あぁ、教会に対抗する団体も冒険者ギルドも、キーラが持っていた前世の記憶を活かして作られたようなんだ。そしてその2つの組織は、冒険者の未来を変え、多くの人の未来を変えた。そしてアイビーも、前世の記憶から、未来を変えてくれた」
「アイビーが?」
俺の問いに、ドルイドは首を傾げる。
「こめだ。これまでも、不作や人口が一気に増えた事による食糧不足を補う為に、こめの普及に努めてきた。でも、今までは上手くいかなかった。それなのに、焼きおにぎりが話題になると、こめへの拒否感が一気になくなった。あと『丼』シリーズな。あれは冒険者達に大好評だ。作る方にも簡単で大量に作れると人気だしな」
「美味しい物の前では、これまでの常識など吹っ飛びますよね」
ドルイドの言葉に、俺は首を傾げる。
「焼きおにぎりを販売した時、最初は怪訝な表情をしていたのに、美味しいとわかった瞬間、皆の態度がコロッと変わったのを目の前で見ましたから」
「そうなのか?」
「はい。今までの、皆のこめに対する態度から、これくらい売れれば大成功という数をたった1日で売ってしまいましたから。あれは嬉しかったですが、大変でした」
「そうか。俺も見たぞ。『家畜のエサなど口にできるか』と言っていた伯爵が、数日後に『あの店の焼きおにぎりが一番だ』と言っているのを。聞こえた瞬間、思わず立ち止まってしまったからな」
俺の言葉に、ドルイドは笑う。
「そういえば、キーラの日記に『美味しいは正義』という言葉があったな。読んだ時は意味がわからなかったけど、あれは『美味しかったら、今までの常識を覆す』という意味だったのか?」
俺の呟きにドルイドも首を傾げる。
「どうでしょうね? でも、美味しいは、確かに何かを変えますね」
「そうだな。焼きおにぎりが広まってから、食料不足による嘆願書が来なくなった。それはアイビーが焼きおにぎりという料理を作ってくれたお陰で、こめに対する印象が変わったからだ」
こめはどこででも手間なく育つ食材だから、こめに対する印象を変えてくれて本当に助かった。
「アイビーが前世の記憶から未来を変えたというのは、餓死で亡くなる者が減ったからですか?」
ドルイドの問いに頷く。
「あぁ、商人が頑張ってこめ料理を広めてくれたお陰もあるけど、アイビーがこめを使った料理を作ってくれたお陰だと思っている」




