1094話 あなた達のお陰だ
―ドルイド視点―
俺達の会話を聞いていたルトが、安心した様子で笑っているのが見えた。
フォロンダ公爵もそれに気付いたのか、彼女に視線を向けた。
「もしかして俺達は、ルトに試されたのかな?」
フォロンダ公爵の問いに、ルトは申し訳なさそうな表情を見せた。
「申し訳ありません。フォロンダ公爵様もドルイド様も、未来視で見た事はありますが、どのようなお考えをお持ちなのかまでは分からないので、少し試させていただきました」
「別に謝る必要はない。ルトが必要だと思ったのだろうから。それで、俺達の評価は?」
「評価だなんて、滅相もありません。ただ、大丈夫だと安心いたしました」
フォロンダ公爵を見て嬉しそうに言うルトに、フォロンダ公爵は笑った。
「どうやら俺達は、ルトに認められたようだ」
フォロンダ公爵の言葉に、ルトが慌てて首を横に振る。
「私が認めるなど、そんな……」
話している最中、ルトが顔をしかめる。
「大丈夫か?」
フォロンダ公爵の問いに、ルトは頷く。
「はい、大丈夫です。ちょっと痛みを感じただけです」
本当に大丈夫なのか?
ルトの顔色が、少しずつ悪化しているように見えるんだが。
「ルト、特別なポーションがある。それを飲んでくれ」
フォロンダ公爵が言ったポーションは、おそらくフレムのポーションだろう。
フレムのポーションは病気に効果がある。
「ありがとうございます。ですが、いりません」
ルトの強い拒絶に、フォロンダ公爵は少し戸惑った表情を見せた。
「私の年齢まで生きられる未来視はとても珍しいです。なぜかわかりますか?」
ルトの質問に、俺とフォロンダ公爵は首を横に振る。
「何か理由があるのか?」
「皆、疲れ果てるのです」
ルトの説明に、俺が首を傾げる。
「疲れ果てるとは?」
俺の質問に、ルトは悲しげな表情をした。
「私達が出来る事は、見るだけなのです」
見るだけ?
「未来視も過去視も見るだけです。目の前で子供が殺されているのを、ただ見ているだけ。『逃げて』と叫んでも届かず、助けようと手を伸ばしても届かず。ときには、大切な者の死を何度も、何度も見せられます。その未来を変えようとしても、うまくいかなくて……」
アイビーも言っていたな。
「光の森にあった教会で見た過去。助けたいのに何も出来なくて苦しかった」と。
アイビーはあの時の1回だけだったけど、未来視も過去視も、そんな経験を何度もするのか。
それは、地獄だな。
「未来や過去を見始めるのは、だいたい5~6歳からです。最初は、そんなに悲惨なものは見ません。でも、年齢が上がると悲惨なものを見始めます。未来視や過去視を持つ者の多くは、心に大きな傷を抱えています。そしてその傷に耐えられなくなると……。耐えている者も、病気になり若いうちに亡くなる者が多いです」
ルトはそう言うと、俺とフォロンダ公爵を見て笑った。
「私は、私の命があと数ヶ月だと知ってホッとしたんです。ようやく終われると」
フォロンダ公爵はルトの話を聞くと、少し考えてから彼女を見た。
「ルト、未来が良い方へ大きく変わったのは、きっとあなた達の力も影響していると思う」
「えっ?」
「大きな変化をもたらしたのは、私の先祖やアイビーなのかもしれない。でも、その大きな変化を成功させたのは、小さな変化を起こし続けたあなた達がいたからだ」
「それは、どういう意味ですか?」
俺の問いに、フォロンダ公爵はルトを見る。
「ルト。あなた達は、未来を変えるために、ある者達に手紙を届けなかったか?」
手紙?
「教会の組織が壊滅し、関係者の多くがそれぞれの場所へ送られてしばらくすると、あちこちから特殊なスキルを持っている者達が姿を見せ始めた。レアスライムをテイムしたテイマー達が冒険者登録し始めたのも同じ頃だ」
「もしかして……」
ルトが驚いた表情をする。
「あぁ、彼らはあなた達から届いた手紙を読んで、教会に狙われていると気付いた。だからスキルを隠し、人によっては名前や住む場所を変えたりした」
ルトは、フォロンダ公爵の説明に安堵の表情を見せた。
「彼らを助けたのは、ルト達だ。そして彼らが教会から逃げてくれたお陰で、大きな変化を成功させられたんだと思う。ルト、あなた達のお陰で未来は良い方へ変わったんだ。ありがとう」
ルトの目から涙が落ちる。
「良かった。彼らの未来を変える事が出来て……」
コン・コンコン・コン。
扉が不思議なリズムで叩かれる。
扉の傍で待機していたアマリさんがフォロンダ公爵を見ると、彼は1度頷いた。
コンコン。
アマリさんが扉を叩き返すと、微かに扉の外にいる者の気配を感じた。
「何かあったのですか?」
「掃除が終わったんだ」
フォロンダ公爵の答えに、俺は首を傾げる。
掃除?
あぁ、フォロンダ公爵に会おうとした俺に視線を送った相手が処理されたのか。
「掃除ですか?」
ルトが不思議そうにフォロンダ公爵を見る。
「失礼、こちらの話です」
フォロンダ公爵が苦笑して言うと、ルトがまた顔を歪めた。
先ほどより痛みが増したのか、ルトは胸元の服をギュッと掴む。
フォロンダ公爵はルトの状態が少し落ち着くと、アマリさんに視線を向ける。
アマリさんは、フォロンダ公爵の視線を受け頷いた。
「そろそろ終わりましょうか。ルト、アマリがお迎えに行った場所までお送りします」
「わざわざありがとうございます、お願いします」
ルトは、扉の傍に控えているアマリさんを見て小さく頭を下げる。
「ルト、今日は会えてよかった。ありがとう」
「俺もルトに会えてよかった。機会をくれてありがとう」
フォロンダ公爵に続き、俺もルトにお礼を言う。
「私も、お二人に会えてよかったです」
「ルト。もし、助けが必要な事が起こったら連絡をしてくれ。必ず助けるから」
ルトは、フォロンダ公爵を見つめると静かに頭を下げた。
「わかりました。その時は、よろしくお願いいたします」
アマリさんに促されてルトが部屋を出る。
ルトの気配が部屋から遠ざかると、俺はソファに背中をもたれかけた。
「今日は急に呼び出して悪かったな」
姿勢を元に戻しながら、フォロンダ公爵を見る。
「いいえ。今日は呼んでいただきありがとうございます」
「アイビーは元気か?」
フォロンダ公爵の問いに、俺は頷く。
「はい、今日は特に元気ですよ。後片付けの単純作業から解放された翌日ですから」
俺の説明に、フォロンダ公爵は声を上げて笑う。
「はははっ。後片付けや整備に駆り出された上位冒険者が感じるあの解放感だな」
「えっ。あれを知っているんですか?」
俺が驚いた表情でフォロンダ公爵を見ると、彼は肩を竦める。
「積まれた書類がなくなった時の解放感と似たようなものだろう。まぁ、俺の場合は、次の日にはまた束になって届くんだけどな。はぁ、戻りたくないな~」
「書類……お疲れ様です」
俺にその苦労はわからないけれど、大量の書類を処理するのが大変なのは想像出来る。
「ちょっと手伝ってくれないか?」
「無理です」
フォロンダ公爵のお願いをすぐに拒否する。
なんとなく、すぐに拒否しないといけない気がした。
「無理か」
「無理です」
「それなら、冒険者ギルドのギルマスマスターになって――」
「無理です」
フォロンダ公爵の言葉を途中で遮る。
今、凄く不吉な言葉を聞いた気がする。
フォロンダ公爵の視線を感じたので、俺は窓の外を見る。
「ふぅ、仕方ない」
良かった、諦めてくれたみたいだ。
「また次の機会だな」
当分会わないようにしよう。




