第3話 たぶん、ちゃんと
「宇宙、ねえ」
俺は、できるだけ気のない声を出した。
出した、つもりだった。
出てたよな。それはもう朝の二度寝を妨げられたようにもにゃもにゃと。
ノリノリだと思われたくないのだ。断じて。
「で?その壮大な計画、具体的には何をするんだよ。構造が似てるからって、ここに脳みその模型でも作るか?」
「うっわ。ぐろ。ゆー。そういうの無理。さすがの私も」
「引くなよ。さすがのの使いどころも間違ってるからな」
「ねえ、なんでそんなこと思いつくの?どんな本読んだらそんなアイディアが出るのかな。図書館の禁書コーナーをい、から順に端から漁ってるタイプなの?」
「フィクション以外で図書館に禁書コーナーはねえよ。コーナーって。軽いだろ。扱いが。あといろは順になってないかそれ。なんだよ。江戸時代の禁書って」
「春画とか?うわ、ゆー。グロくてエロくて。思春期なのかな」
「やめろ。思春期ではあるけど、性癖まで勝手に決められたくないぜ」
「まあ年頃の男の子、ってことで。
あのね、作るのは脳みそじゃないの。頭の“中”のほう。
でも、いきなり宇宙まるごとは無理でしょ?
銀河があって、星があって、町があって、そこに暮らしてる人がいて。
だから小さいところから、ちょっとずつ。
——まずは、中に住む子を作るの」
人を、作る。
さらりと物騒なことを言って、のあは机の下のスペースに、ごそごそと手を突っ込んだ。
この同好会の部室には、誰のものともしれない私物が長年堆積している。
歴代の幽霊部員たちの忘れ物だろうか。
埃をかぶった将棋盤。片方だけの軍手。
なぜか、空の一升瓶。——その地層の中から、のあは何かを引っぱり出してきた。
灰色の塊。ビニールに包まれた、ひとかたまりの。
「……粘土?」
「油粘土。美術室から、借りてきたの」
「借りた、って言葉、お前の場合、あとで裏取りが必要だからな。誰に借りた、いつ借りた。どこで借りたか、全部聞くことになるぞ」
「ちゃんと、借りたもん。たぶん」
「ちゃんと、とたぶん、はセットでは使えないんだよ。ポテトとナゲットはセットにならないんだ」
「夜だとセットになってるけど」
「夜はちゃんとがたぶんと仲良くやれるんだ。勤務時間外だから」
のあは、俺のそんな追及をまるっと無視して。
余ったカーディガンの袖を、肘までぐいとまくり上げた。
ビニールを剥いて、中の粘土を、むに、と半分に千切る。
片方を、ぽい、と俺の前に放る。
机の上で、にぶい音を立てて、それは転がった。
「はい。ゆーのぶん」
「……俺も、やるのかよ」
「あたりまえでしょ。神様は、二人いるの。共同経営」
「神の、共同経営。——字面が、世界一ご利益なさそうだな」
宇宙一ご利益なさそうだ。
そんな風に、ぶつくさ言いながらも。
気がつけば、俺はその灰色の塊を手に取っていた。
ひんやりとして、すこし油くさい。
掌の中で、それは思ったより固い。
——こういうのを触るのは、いつ以来だろう。
子どもの頃に、図工の時間で。
たしか、何か作ったはずだ。
何を作ったんだったか。
誰と、作ったんだったか。
……思い出そうとすると、なぜか像がうまく結ばない。
起きたばかりで、さっきまで見てた夢なのに、思い出せないみたいな。霧の、向こうみたいに。
こうやって、小さい頃の記憶ってだんだん消えてくんだろうな。
まあ、いい。どうでもいいことだ。昔のことなんて。
「作るのはね、ホムンクルス」
「ほむ?ん?」
「ホムンクルス。錬金術で作るの。
人造人間ともいうかな?
フラスコの中で、育てるちっちゃい人。
——昔の錬金術師が、本気で、作ろうとしてたんだよ。
レシピも残ってるんだから」
「レシピがあるのかよ、人造人間に」
「あるの。けっこう、グロいけど。聞く?好きですもんね?グロいの」
「遠慮しておく。そして敬語にするな。距離を取るな」
「なーんだ。聞かないんだ」
不満げに唇を尖らせながら、のあの手は止まらない。
灰色の塊が、その細い指の間で、みるみる形になっていく。
——意外と、というと失礼だが。
けっこう器用だ。胴体ができて。
頭ができて。
ちょこん、と短い手足が生える。
掌に乗るくらいの、丸っこい人形。
一方、俺の手の中のそれは。
何度こねても、ひねっても、なんだか、いびつな芋みたいな塊にしかならなかった。
「……ゆー、えーと、あのね、そのー、いわゆる、つまりは、まあ、いや、いいや、うん、不器用ね」
「オブラートに包むのをあきらめるな。より傷つくだろ。
いいんだよ、芋でも。神は見た目で判断しないもんだ」
「神様が、自分の創造物を芋にしてどうするの」
芋って。
いや、たしかに俺が芋って言ったんだが。
満場一致じゃねえか。
「芋には芋の、良さがある」
「どんな?」
「……ちゃんとあるんだよ、たぶん」
「ないんじゃない、それ」
けらけらと、のあは笑った。
笑うと、肩が揺れる。
片方の頬に、小さなえくぼができる。
長い前髪もつられて揺れて、その奥の目が、一瞬だけのぞく。
——意外と、まつ毛が長い。
なんてことを、つい観察してしまって。
俺は慌てて、手元の芋に視線を戻した。
……西日のせいだ。
たぶん。
夕方は、なんでもきれいに見える。
それだけのこと。
「で、ここからが、いちばんだいじ」
のあが、自分の作った丸っこい人形を。
机の、ちょうど真ん中に。
両手で、壊れ物でも扱うみたいに、そっと立たせた。
「——名前と、設定をつけるの」
「設定、か」
「うん。たとえば性格。好きなもの、嫌いなもの。口ぐせ。生まれた場所。家族。——それから、いちばん古い、記憶。ぜんぶ、決めるの。そうするとね」
のあは、その丸っこい人形を、指先でちょん、とつついた。
「ただの粘土が。——ほんとに、“その子”に、なるの。もう、ただの粘土じゃなくなる」
そう言って、のあはすらすらと語り始めた。
「この子は、女の子。
名前は……ええと。——ココ。
明るくて、よく笑うんだけど。
ほんとは、ちょっと、寂しがり。
あまいものが、大好きで。
かみなりが、苦手。
口ぐせは、『まあ、いっか』。
——うん。ココは、こういう子」
たった、数秒だった。
たった数秒で、ただの粘土の塊に。
ひとりぶんの人生が、宿った。——気が、した。
まさか、とは思う。
それでも、机の真ん中の、その丸っこい人形が。
なんだか、急にこちらを見ているようで。
「ほら、ゆーも。そのお芋ちゃんに、名前」
「俺の芋をお芋ちゃんって呼ぶな。芋って呼んでいいのは俺だけだ。——名前、なあ」
俺は、掌の上のいびつな塊を、しげしげと眺めた。
名前。性格。いちばん古い、記憶。
——他人のことなら。いや、のあの作った人形になら。
あんなに、すらすら、決められるそれが。いざ、自分の手の中のものに、与えようとすると。
なぜか、妙に。
重い。
それでも。考えなければ。
このままだと俺の作ったホムンクルスは、たぶん、ちゃんとポテトフライになる設定にしか、ならなそうだ。




