第1話 宇宙の作り方
はじめまして。
圧倒的白米派と申します。
よろしくお願いします。
「ねえ、ゆー。」
「知ってる?」
「宇宙の構造ってさ」
「脳とそっくりなんだって」
放課後の部室は、いつも、ぬるい西日でできている。
西向きの窓から差す光が、
古い長机の傷を、
ひとつひとつ、金色になぞって。
誰かが何年も前に彫ったらしい落書きも、
消し忘れた連絡事項も、
ぜんぶ、夕方の色に溶かしてしまう。
空気は、すこし埃っぽくて、
淹れて時間の経ったお茶の匂いがする。
エアコンの効きが悪いから、
夏のはじめのこの時期は、
いつも、窓を開けている。
グラウンドの喧騒が、遠く、聞こえてくる。
そんな、なんてことのない部室で。
俺がまだ鞄も下ろしていないうちに、
宇野のあは、
こっちを見もしないで、そう言った。
机に頬杖をついて、開いた窓の外を、
ぼんやり眺めながら。
「はあ?」
我ながら、気の抜けた声が出た。
けれど、こいつ相手に、
気の利いた返事を用意するだけ無駄だというのは、
この一年で、嫌というほど学習している。
宇野のあという人間は、
こちらの相槌の出来不出来になど、
最初から、まるで興味がない。
「ニューロンの繋がり方と、銀河の分布。
並べて写真で見ると、見分けがつかないんだって。
片方は頭の中の、ほんの数センチの世界で。
もう片方は、何億光年もある、宇宙の話なのに。
スケールが、何十桁も違うのに。
——おんなじ形してるの。ねえ、変なの、って思わない?」
「変なのは、お前の頭の中身だろ」
「そうだよね。変だよね。
宇宙と同じ構造だって、
私の頭の中身が宇宙だって実感ないもん」
噛み合ってない。
自分の話したいことを話していらっしゃる。
俺は、鞄をようやく長机に下ろして、
向かいの、いつもの椅子を引いた。
座面のがたつく、この椅子も、もう一年の付き合いだ。
向かいに座ると、ちょうどこいつが西日を背負う位置になる。
長い髪が、背中のなかばまで流れている。
光が透けて、毛先のほうだけ蜂蜜みたいな色に見えた。
前髪も伸ばしっぱなしで、目の上にすこしかかっている。切れよ、と一度言ったことがあるが、「見えすぎると疲れるの」というわけのわからない理由で却下された。
背は小さい。
並んで歩くと、こいつの頭は俺の肩のあたりで揺れている。
夏服になっても薄手のカーディガンを手放さなくて、余った袖から指先が半分しか出ていない。頬杖を支えている手首は、よくそれで頭が乗るなと思うくらい細い。
黙っていれば、まあ、そこそこ見られる顔をしている。
前髪の下の目は案外大きいとか、笑うと片方だけえくぼができるとか。男子がたまにそんな噂をしているのも知っている。
ただ、こいつは黙っていない。
それが、宇野のあという人間の最大の欠点だった。
——文芸同好会、と一応の名前はついている。
けれど、部員は、二人。
俺と、こいつだけ。
活動内容は、あってないようなものだ。
本を読むでもなく、何かを書くでもなく。
ただ、宇野のあが、その日思いついた、わけのわからない話を、延々と聞かされる。
それが、この同好会の実質的な活動だった。
やれやれ、と思いながら。
それでも、毎日ここに来てしまう自分のことは、
あまり、深く考えないことにしている。
「でね、ゆー。考えたんだけど」
のあが、ようやく、こっちを向いた。
長い前髪の、その隙間から。
目だけが、妙に、きらきらしている。
——出た。
この目だ。
こいつが、この目をするときは、ろくなことがない。
経験則だ。鳥が低く飛んだら雨が降る。
腹を出して寝たら風邪を引く。
そのぐらい染みついた経験則。
この一年で、何度も、この目から、
とんでもない話が始まった。
「脳が宇宙に似てるなら。——それってさ」
「『頭の中』を作ったら、それは宇宙を作ったってことじゃない?」
のあは、机の上を、ぽん、と、手のひらで叩いた。
何もない。傷だらけの、ただの長机を。
わからない。
一体何を言ってるんだこいつは。
という顔をしようとした。
が、流れるように。
そう、水が高いところから低いところに落ちるのが当たり前のようにさらさらと、のあの話を止められなかった。
「だからね。ここに、宇宙を、作ろうと思って」
沈黙が、落ちた。
ぬるい西日。遠くの、運動部の声。
どこかの教室から、誰かのピアノの、たどたどしい練習曲。湯呑みの底で、すっかりふやけた、茶葉。
——いつも通りの、放課後だった。
いつも通りの放課後に、こいつは、いつも通り、とんでもないことを、言い出した。
「……帰っていいか?」
「待って待って!まだ何も話してないでしょ!?」
読んでくださり、ありがとうございます。
感謝です。あなたは神です。
のあとゆーの、部室の中で起こる話を書きました。不思議な日常をお楽しみください。




