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第2章 現実 第六部 残数


 夕方が近づくにつれて、壕の中の動きがわずかに変わった。


 速くなったわけではない。

 むしろ、無駄が削られている。


 白凪はそれを、足音で感じていた。


 踏み板に乗る音が減っている。


 人が減っているからだ。


 単純なことだった。


 昨日までは、もっと音が重なっていた。


 誰かが先に進み、誰かが後ろで詰まり、どこかでぶつかる音があった。


 今はない。


 間が空いている。


(……減った)


 白凪は壕の中を見た。


 同じ場所。


 同じ土嚢。


 同じ踏み板。


 だが、人の密度が違う。


 それだけで、景色が変わる。


「集めろ」


 鷹見の声が落ちる。


 短い。


 だが意味は明確だ。


 白凪はすぐに動いた。


 壕の中の決められた位置へ集まる。


 遮蔽を塞がない幅。


 動線を残した並び。


 誰も指示しないのに、形が揃う。


 揃えないと、後で困るからだ。


 全員が集まる。


 数はすぐに分かる。


 少ない。


 数えなくても分かる。


「確認する」


 鷹見が言う。


「名前は呼ばない」


 白凪はその言葉を聞いた。


 当然だった。


 名前を呼ぶ必要がない。


 数で足りる。


「戦闘可能」


 鷹見の視線が動く。


 白凪に止まる。


 一瞬だけ。


 すぐに次へ流れる。


「六」


 それだけだった。


 誰が六かは言わない。


 見れば分かる。


 立っている数だ。


「負傷」


「一」


 瀬名が答える。


 迷いがない。


 事実だけだ。


「未帰還」


 鷹見は言わなかった。


 言う必要がない。


 すでに数から外れている。


 それで処理されている。


 白凪はその場に立ったまま、理解した。


 ここでは、いなくなったことは報告されない。


 最初から“いない側”になる。


「再配置する」


 鷹見が続ける。


 誰も動かない。


 次に何が起きるか分かっているからだ。


「観測、維持」


「了解」


 久我が答える。


 位置は変わらない。


 外を見る役は減らせない。


「通信、一本に集約」


「了解」


 笹倉が言う。


 枝は切る。


 維持できる線だけを残す。


「工兵、北側固定」


「了解」


 水城が短く返す。


 全部は直さない。


 持たせる場所だけを残す。


「衛生、ここで維持」


「了解」


 瀬名が頷く。


 動かさない。


 動かせないからではない。


 動かす優先度が低いからだ。


 その一言で分かる。


 白凪は視線を動かした。


 名取が横たわっている。


 息はある。


 だが、動かない。


 呼ばれていない。


 数に入っていない。


(……残ってるだけだ)


 生きている。


 だが戦力ではない。


 それが、この場での位置だ。


「荒瀬」


「分かってる」


 荒瀬が言う。


「前の動線、詰める」


 減った分、間が空く。


 そのままだと、ズレが増える。


 だから詰める。


 白凪はその意味を理解した。


 人が減ると、安全になるわけではない。


 逆だ。


 穴が増える。


 その穴を、形で埋める。


「白凪」


 呼ばれる。


「……はい」


「前に出ろ」


 白凪は一歩出た。


 さっきと同じ動き。


 だが意味が違う。


「お前は前に回す」


 短い命令。


 だが、それだけで十分だった。


 補充ではない。


 穴埋めでもない。


 “前に置く側”になる。


 白凪は一瞬だけ息を止めた。


 だが、すぐに戻す。


 止まる理由はない。


「了解」


 それだけ言う。


 鷹見は頷かない。


 確認もしない。


 もう決まっているからだ。


「残りは後ろを詰めろ」


 命令が続く。


 配置が変わる。


 だが、人は増えない。


 減ったまま、形だけを整える。


 白凪は元の位置へ戻った。


 壕の中を見た。


 さっきより静かだ。


 だが、それは落ち着いたからではない。


 削られたからだ。


 余計な音が消えた。


 余計な人も消えた。


 残った分だけが動いている。


(これが基準になる)


 白凪は理解した。


 昨日より減っている。


 だが、それは異常ではない。


 ここでは、これが今の形だ。


 ここから先は、この数で回す。


 減った分は、戻らない。


 補われる保証もない。


 だから、この数が“全部”になる。


 壕の外では、何も変わっていない。


 断尾嶺は動かない。


 音もない。


 だが、内側は変わった。


 数が減った。


 役割が変わった。


 順番が詰まった。


 それだけで、戦場は別の形になる。


 白凪澄は静かに立ったまま、呼吸を整えた。


 生き残った。


 それだけだ。


 だが、それで終わりではない。


 残った側に入った。


 それだけでもない。


 残った分を、回す側に入った。


 その違いだけが、はっきりしていた。


 次は、自分が埋める。


 穴を。


 順番を。


 足りない分を。


 白凪は足元の踏み板を見た。


 ずれていない。


 だが、余裕もない。


 この幅で、通し続けるしかない。


 戦場は広がらない。


 減った分だけ、狭くなる。


 その狭さの中で、回し続ける。


 それが、生き残った側の役割だった。


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