第20話 目覚めたシュオ
朝。
窓から陽の光が部屋中に差し込んでくる。
セーレン家の三男、シュオ・セーレンは、深い、深い眠りからようやく目を覚ました。
重いまぶたをゆっくりと持ち上げると、視界に飛び込んできたのは見慣れた自室の天井だった。
精巧な彫刻が施された、少し古風なデザイン。
(…あれ? ここは…僕の部屋だよね?)
シュオはぼんやりとした頭で周囲を見渡し、自分のいる場所が、間違いなくセーレン家の屋敷にある自身の部屋であることを確認した。
最後に覚えているのは、魔術の実践授業中、クラスメイトのマッシュ・ランフォードに、強い雷の魔法を撃たれたことだ。
どうもあの後に意識を失って自宅に運ばれたのだろうか。
目が覚めるまでの事をまったく覚えていない。
自分はどれだけ眠っていたのだろう?
1日? 2日?
様々な疑問が頭の中を駆け巡るが、まだ覚醒しきっていない頭では、うまく整理することができない。
シュオはとりあえず体を起こし、ベッドから降りると、窓辺に歩み寄り、重いカーテンを開けた。
「え……?」
窓の外に広がる景色を見て、シュオは息を呑んだ。
庭の木々の葉が、鮮やかな赤や黄色に色づき始めている。
空は高く澄み渡り、空気はひんやりとしていて、秋の訪れを感じさせた。
(これ...どう見ても秋だよね? 僕が最後にマッシュに魔法の実験台にされたのって確か夏だったはずなのに...)
混乱した。夏から秋へ。季節が変わっている。
眠っていたのは1日や2日というレベルではなかった。数か月というレベルで自分は意識を失って眠っていたらしい。
シュオの頭の中は、疑問符で埋め尽くされた。
ひとまず落ち着こうとベッドの上に座りゆっくりと考えようとする。
コンコン。
その時、部屋のドアが控えめにノックされた。
「…どうぞ。」
シュオが返事をすると、扉が静かに開き、専属メイドのアーニャが入ってきた。
彼女は、ベッドの上に座っているシュオの姿を見ると、少し驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「おはよう、アーニャ。」
シュオは、いつものように、少し内気な声で挨拶をした。
「おはようございます、シュオ様。」
アーニャも丁寧に挨拶を返した。
「ようやく、お目覚めになられたのですね。またなかなか目を覚まされないので心配しておりました。」
その言葉には、どこか安堵したような響きがあった。
「また? アーニャ、ちょっと聞きたいんだけど…また、ってどういうこと? 今って、いつなの?」
シュオは、窓の外を指さしながら尋ねた。
「僕が覚えているのは夏なんだけど、外はもう秋みたいだよね?」
その質問を聞いた瞬間、アーニャの表情が劇的に変化した。驚きと、信じられないという感情が入り混じったような顔で、シュオをまじまじと見つめている。
「シュオ様、どうされたのですか? シュオ様が気絶して運ばれてきたのは1週間ほど前ですよ?」
「それはないでしょ。だって僕が知ってるのは夏の景色だよ? なのに今はもう秋景色だよ?」
「シュオ様......ひょっとして…元のシュオ様に戻られたのですか!?」
アーニャは興奮した様子でシュオに詰め寄った。
「元の僕って…どういうこと?」
シュオはアーニャの言葉の意味が分からず、困惑した表情を浮かべた。
アーニャは、はっと我に返ると、少し落ち着きを取り戻し、ゆっくりと説明を始めた。
シュオがマッシュの魔法を受けて気絶したのは、やはり三ヶ月も前の夏の出来事だったらしい。
「え!? じゃあ、僕は三ヶ月も眠ってたってこと!?」
シュオはその期間の長さに愕然とした。
しかし、アーニャはそれを静かに否定した。
「いえ、シュオ様。シュオ様は、気絶されてから数日後には、ちゃんと目を覚ましておられました。」
「え…?」
ますます混乱するシュオ。
「でも、僕にはその間の記憶が全くないんだけど…。」
「はい…」
アーニャは少し言いづらそうに続けた。
「実は…目を覚まされてからのシュオ様は、まるで…人が変わってしまったかのようだったのです。話し方も、態度も、目つきも…何もかもが、以前のシュオ様とは違っていて…。」
アーニャの話によれば、目を覚ました後のシュオは、以前の臆病な性格とは正反対の、不遜で、自信に満ち溢れた、まるで別人のような振る舞いをしていたらしい。そして、今日までの約三ヶ月間、その「別のシュオ」が、シュオ・セーレンとして生活していたというのだ。
(別の…僕…?)
シュオは、信じられない話に頭がついていかない。まるで悪夢を見ているかのようだ。
「まったく意味が分からないよ......3か月間別の僕がいたなんて......」
「私達も全く謎でした。しかし今こうやって元のシュオ様に戻られたというのならアーニャはまったく問題ございません。」
「とりあえず学校に行ってカイル達にも話を聞いてみよう。アーニャ、着替えを出してもらっていいかな?」
「はい、シュオ様。」
シュオは、混乱した頭を整理しながら寝間着から着替えようと服を脱いだ。そして、部屋に置かれた姿見に映った自分の体を見て、再び驚愕することになる。
「な…なにこれ…!?」
鏡に映る自分の体は、傷だらけだった。
胸や腹、腕や足に、まるで真剣で斬りつけられたかのような生々しい切り傷の痕がいくつも残っている。
さらに、殴られたかのような青黒い痣も、体のあちこちに見られた。
最後に覚えているマッシュの魔法による火傷の痕とは、明らかに違う種類の傷だ。
そして、一番シュオを驚かせたのは、左腕だった。
肩から手首にかけて、うっすらとではあるが、複雑な竜の形をした痣が浮かび上がっているのだ。こんな痣、以前はなかったはずだ。
(僕の体に…一体何があったの…? この三ヶ月の間、僕は…いや、僕の体を乗っ取っていた誰かは、一体何をしていたんだ…?)
とんでもない事態に巻き込まれていたのではないか。シュオは、想像するだけで体が震えた。
ひとまず、震える手で学生服に着替えると、シュオは重い足取りで部屋を出て、一階の食堂へと向かった。
食堂には、すでに父アルギリドと、長兄ラルフ、次兄ヨーカスが席に着き、朝食をとっていた。
「……おはようございます、父上、ラルフ兄さん、ヨーカス兄さん。」
シュオは以前のように少し緊張しながら、しかし礼儀正しく挨拶をした。
その瞬間、三人の視線がシュオに集中した。そして彼らの顔には、驚きと、信じられないという表情が浮かび上がった。
「シュ、シュオ…!? いま…『父上』と、言ったか…?」
アルギリドの声が、感動と戸惑いで震えている。
「え? は、はい。何か問題でもありましたか…?」
シュオは、父の異常な反応に戸惑いながら尋ねた。
「問題などない! 問題などないのだ、シュオ!」
アルギリドは椅子から立ち上がると、シュオのそばに駆け寄り、その両肩を掴んだ。
「おお…! シュオ! 元の、私の知っているシュオに戻ったのだな! なんということだ、ああ、神よ…!」
アルギリドは涙ぐみながら、シュオの帰還(?)を心から喜んでいるようだった。
「おい、シュオ。お前、本当に頭は大丈夫なのか? またどこかおかしくなったんじゃないだろうな?」
長兄のラルフが、訝しげな目でシュオを見ながら言った。ここ三ヶ月の「別人」のシュオの振る舞いを思い返しているのだろう。
「もう、ラルフ兄さん、そんな言い方やめてくださいよ。僕は大丈夫ですって。」
シュオは困ったように笑いながら答えた。その笑顔は、まさしく以前の、気弱で優しいシュオのものだった。
ひとまず自分の席に着くと、シュオは久しぶりに家族と共にする朝食を食べ始めた。懐かしい、優しい味付け。目が覚めたことを実感する。
その以前と全く同じ、少しずつ、味わうように食べるシュオの姿を見て、アルギリドは「おお…本当にシュオだ…」と呟き、感極まって涙を流し始めた。
ラルフとヨーカスも驚きながらも、どこか安堵したような表情を浮かべている。
家族の奇妙な反応に戸惑いながらも、シュオは食事を終えると、アーニャから学生カバンを受け取り、サディエル王術学院へと向かった。
屋敷を出て、見慣れたはずの通学路を歩く。
最後にこの道を通ったのは、木々が青々とした新緑の葉を茂らせていた夏だった。
それが今では、葉は赤や黄色に色づき始め、秋の気配が漂っている。
(僕が眠っていた間に、僕の体を使っていた誰かは、一体どんなことをしていたんだろう…?)
アーニャの言葉、家族の反応、そして自分の体についた無数の傷と奇妙な痣。全てが、シュオの知らない三ヶ月間があったことを示している。
その間に、自分は何者かに体を乗っ取られ、何かとんでもない出来事に巻き込まれていたのではないか。その考えが、シュオの心を重くした。
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