64話 決戦の開幕
用意してもらっていた服が朝に届いた。エールは寝間着を脱ぐと肌着を身に着け、まずは白のスカートを履く。エタニティモードになると空を飛び回ることになるので、スカートでいいのかという疑問を感じるが、下はスパッツなので問題無い。
次に白の軍服風ジャケットを着る。ブローチがついていて、ちょっと高級感がある代物だ。このブローチさえ壊れなければもし衣服が破れても時間をかけて服を修復してくれるらしい。
修復機能はディーヴァが誇る魔導研究所の発明だ。もちろん生地自体も魔法の糸で編まれた特別製であり、防寒、防熱、防刃、とにかくあらゆる事象から着用者を守ってくれる。
そして白のニーハイブーツを履く。このブーツもまた魔法が込められてあり、足にフィットして疲れにくい他、着用者の跳躍力も高めてくれるそうだ。なんなら飛行ブーツにすることもできたそうだが、エールは今や自力で飛行可能なので、その機能はオミットされることになったという。
最後に右手に指輪をはめて着替え完了だ。言うまでもなく、この指輪はカノンから受け継いだ魔導砲が収納されている。一番大事な形見と言うべきものだ。
「いいねぇ~~~~っ。似合ってるよエールっち! ささっ、鏡で確かめてみて!」
服を届けてくれた魔導研究所の職員、ヒナが姿鏡の前にエールを立たせた。相変わらず子どもっぽい顔立ちをしている。その服装は偶然なのか、カノンの装いに酷似していた。
ちょっと恥ずかしい気もしたが、カノンの代わりにラフィーネを倒し、ルシアを救うという目的を考えれば、この格好はその決心が形になったとも言えるだろう。
「じゃあ、エールっちこのまま会議室まで行こっか。私も参加するし」
「ヒナさんも一緒に戦うんですか……?」
「そんなとこ。私は戦闘員じゃないけど、飛行艦の整備兼操縦のサポートで参加する予定なんだよねぇ」
エールには飛行艦のことなど分からないが、そういうものなのか、と勝手に納得した。城の中の会議室に着くと、そこにはシュタイン、マーリン、メーティス、バルカロール、セレナ、スパーダ、エリーゼが揃っていた。会議の進行役はシュタインである。
「全員集まったようですね。それでは作戦会議を始めたいと思います。と、言いましてもあまり議論している時間はありませんし、この会議終了後にはすぐ作戦開始となることをご留意願います。ではこちらの映像をご覧ください」
長机の中央に映像が投影される。ラフィーネの空中要塞だ。
「端的に申し上げましょう。この空中要塞は穴だらけです。厳密にはまだ完成していない……これは推測ですが建造中に邪魔が入るのを恐れて、かなりの急ピッチで造り上げたのでしょう」
「それで具体的にはどうやってこの要塞を潰す気? 放っておいたらエールたちの国が滅んじゃうわよ」
マーリンの質問に答えるように、投影されている映像が変わった。
「これは要塞に備わっている兵器を示したものです。完璧に分析できたわけではありませんが、この要塞の兵器は半球状の部位に集約されています。つまり対地兵器が大半であり、対空装備はお粗末と言わざるを得ません」
「なるほどね。これなら飛行艦が撃ち落とされる心配は少なそうだわ」
「ただし、飛行艦で撃ち落とすこともできません。質量が違い過ぎるのもそうですが、要塞には強固な防御魔法が備わっています。大半の攻撃魔法は無意味と言えるでしょう」
加えて要塞には一種の妨害魔法が働いており、座標が分かっていても要塞の外から中まで転移魔法で一瞬にして乗り込むというような真似もできない。よって最善の方法はやはり、飛行艦で空中要塞に乗り込み、要塞を内部から制圧するしかない。
「外部からの分析では要塞の制御室の位置までは分かりませんでした。こればかりは要塞の中に侵入してからでないと分からないですね。さて、肝心の要塞への侵入方法ですが……」
映像が要塞の真上を示しているものに変わった。要塞の上部には城のような建物が幾つも並んでおり、飛行艦が着陸できそうなスペースも十分に存在している。
「この建造物が立ち並ぶポイントに飛行艦を着陸させましょう。後はチームを二つに分けて、要塞の上部と下部をそれぞれ制圧します」
要塞の上部はシュタイン、マーリンが担当し、下部はエール、セレナ、スパーダ、エリーゼが担当する。バルカロール、メーティス、ヒナは飛行艦に居残りだ。要塞に乗り込んだ後の飛行艦は拠点として運用する。メーティスも参加しているのはいざという時の回復役のためだ。
「皆さんには魔導通信機をお渡ししておきます。耳につけておくだけで遠く離れている人間と会話ができる魔導具です。これでもし仲間と分断されたり、問題が発生しても情報を共有することができます」
これも魔導研究所の発明だ。正確には七賢者の一人、アグリッパが作ったものである。長い冬が訪れる以前の科学が発達していた時代では、こういう道具が普通に使われていた、という話を聞いて魔法技術で再現したらしい。
話もだいたい纏まったところで、会議室を扉を叩く音が響く。メーティスが扉を開けると、アレイスターが倒れるように部屋に入ってきた。
「待て……その作戦、俺も参加する」
「アレイスター。無理だ。君はまだ完全には回復していない」
「そんなことは百も承知だ、シュタイン。だが俺だけ何もしないわけにはいかんだろう……」
意識を取り戻したとはいえ、フィロソフィアの結晶の副作用はそんな生易しいものではない。立っているだけで奇跡のようなものだ。なのに戦いなんてしたら本当に死ぬかもしれない。七賢者のリーダーとして、仲間が命を捨てることは看過できない。
「駄目だ。君はディーヴァに残れ。ラフィーネはこのメンバーで何とかする」
「残れと言われても勝手についていく。まだ小型の飛行艇が残っていたはずだ。それならば……」
「そこまで言うのか。君も強情だな……」
シュタインはどうしたものかと頭を悩ませた。こういう時のアレイスターは何があっても意見を曲げない。ならばもう、こちらが折れてしまうしか方法が無いのだ。
「分かった。だがはっきり言って完治していない君は足手纏いだ。だから……飛行艦を護衛を任せる」
「……いいだろう。要塞には転移魔法で乗り込めないからな。それも重要な役回りだと思っておく」
作戦会議はそこで終了し、作戦に参加するメンバーは飛行艦ツークフォーゲル号に乗り込む。バルカロールが操縦席に座ると、慣れた手つきでコンソールを操作していく。助手席にはヒナが座った。
他のメンバーは操縦席の後ろにある普通の座席にそれぞれ腰かけていく。個室も用意されているが、全員飛行艦の状況を逐一知りたがったので、個室で待機する者は一人もいなかった。
「よし。みんな、準備はいいな。ツークフォーゲル号、発進する! 三時間後にはフェルネ王国だ、肩の力を抜いてリラックスしときな、必ずお前たちは送り届けるからよ!」
バルカロールの頼もしい言葉とともに、格納庫から飛び出した飛行艦が空を飛ぶ。ゆっくりと高度を上げて、だんだんとディーヴァから離れていくのが窓から見えた。
こんな巨大な乗り物が空を飛ぶこと自体、凄いことだし、そんな技術力を持つディーヴァも凄いが、エール自身も飛ぶことができるので驚きは少なかった。対してセレナとスパーダはなんだかそわそわしている。エリーゼはスパーダの肩で寝ていた。
「そういえばエリーゼも来ちゃったんだね……怖くないのかな。今、凄い高さの空を飛んでるんだよ」
「僕たちは相棒だからね。まぁ……風の妖精だし空の恐怖はないと思う。もし落ちても飛べるだろうから……」
どうにも、セレナとスパーダは落ちた時のことを考えているようだ。確かにその可能性はゼロではない。ラフィーネは魔物も配下に置いている。中には空を飛ぶ魔物もいるだろう。そいつらをけしかけて、飛行艦を落とそうとするなんていかにもやりそうなことだ。
いよいよ飛行艦がフェルネ王国に近づくと、突然エリーゼが目を覚ました。ぱちぱちと瞬きをして、小さな声で呟く。
「んー……何か来るみたいー……」
直後、バルカロールが叫んだ。
「ちっ、敵襲だ。やっぱり来やがったぜ。空中要塞からワイバーンの大群が出て来やがった!!」




