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63話 終焉の序曲

 アレイスターから話を聞き終わると、エールたちはシュタインに城のとある部屋へと案内された。部屋の中には巨大な水晶が置かれており、シュタインが手をかざすとどこかの景色が浮かび上がった。


「これは『遠見の水晶』と呼ばれる魔導具です。指定した座標の光景を映し出すことができます。今、映しているのはユルトヴィト王国の存在する地点です」


 そんな便利な道具があるとは知らなかった。エールは今すぐにでも飛んでいく勢いだったが、これならユルトヴィト王国で今、何が起こっているのか現地に行かなくても分かる。


「シュタイン、山の光景ばかりじゃない。天蓋都市のある地点を映しなさいよ。首都辺りなんていいんじゃない」

「言われなくても今からやろうとしたんだ、マーリン。では映像の座標を変えます」


 水晶に映し出されていた映像が変わる。ぼんやりと浮かび上がったそれは、ドーム状の建造物だった。天蓋都市だ。ユルトヴィトの首都で間違いない。アレイスターの話では天蓋都市が幾つか解体される、とのことだったが首都はまだ無事のようだ。


「見てよエール……天蓋都市の上に何かがある……!」


 最初に気づいたのはセレナだった。天蓋都市の上に映像をスライドさせると、そこには空に浮かぶ巨大な城のようなものが浮かんでいた。


 城のようなもの、というのは、上半分は城に似た建築物が並んでいるが、下半分は半球状になっており、ちょうど平らな面に上半分の建築物を乗せるような形状となっている。球面側には、砲門のような筒状の物体が幾つも伸びていた。


「もしかしてあれが……アレイスターさんの言っていた空中要塞……!?」


 エールが思わず出した声にシュタインが反応する。


「おそらくそうでしょう。しかし……完成があまりにも早すぎる。どれほどの魔力があれば短期間であんなものを造れるのか。洗脳した他の七賢者の力を借りたとしても、かなりの突貫工事と言わざるを得ません」

「出来ちゃったもんは仕方ないわね。ラフィーネがそれだけの大魔法使いってことよ。ムカつくけどね」


 本来なら空中要塞の建造を阻止するのがベストだったのだが、映像で見る限りすでに完成してしまっている。マーリンの言う通り、出来てしまったものはもう仕方ない。これから考えるべきなのはどうやってあの空中要塞を破壊し、ラフィーネを倒すかだ。


「今すぐにでも乗り込んで……といきたいところだけど、こっちにも準備が必要だわ。映像で見る限り、空中要塞もしばらく動く気配は無さそうだし、私たちは必要なことを済ませましょう」

「そうだな。マーリンはそちらの準備を進めておいてくれ。私は要塞の監視を強化しておきます」

「分かったわシュタイン。それじゃ、エールたちは私について来なさい」


 言われるがままエールたちはマーリンについて行くと、到着したのは街の郊外にある建物だった。直線を組み立てて造られたようなその建物は、飾り気と一切縁がない。街の家屋ともまるで異なる建築様式をしている。


「あの……ここは?」

「魔導研究所。この島で最高の頭脳を持つ魔法使いたちが働く施設よ。まぁ中へ入りなさい」


 研究所の中へ入ると、一人の少女が待っていた。年齢は13、14歳程度だろう。背もエールより低い。桃色の髪をボブカットに揃えて、牛乳瓶の底みたいな丸眼鏡をかけている。身に纏っている白衣はサイズがまったく合っておらず、裾はスカートのように垂れて、袖は手のあたりでくの字に曲がっていた。


「いらっしゃ~い。皆様、魔導研究所へようこそ。私は研究員のヒナ・ペルセポネ! 案内を務めさせて頂きま~す」

「よろしくお願い、ヒナ。まずはエールの服の採寸からね。何日くらいで出来そう?」

「おぅさー。サイズさえ分かれば三日くらいで出来ますよー。アイデアはもう纏まってますからねー」


 どうやら、破れた隊服に代わる新たな戦闘用の服を新調してくれるらしい。服は大事だ。今着ているフリルつきの洋服で戦うのは滑稽というものだろう。エールはそのことを察するとぺこぺこと頭を下げた。


「あ、ありがとうございます。私のために新しい服を用意してくれて……」

「いいのよ。元々ラフィーネを世に解き放ってしまったのはディーヴァの責任よ。その戦いに参加してくれるんだから、これぐらいのことはしないとね。アレイスターとの戦いでも助けてもらったし、そのお礼とでも思っておいて」


 ヒナがごそごそと懐から採寸用のメジャーを取り出すと、その場でサイズを測りはじめる。次に案内されたのは、武器が詰まった倉庫だった。刀剣類が並んでいる場所に案内されると、ヒナがあれでもない、これでもないと剣を取り出しては片付ける。


「うーん。スパーダさんに似合う武器があったはずなんだけど、どこにしまったっけなー」

「次は僕の武器ですか。ありがとうございます。ヒナさん、マーリンさん」

「おぅさー、っと。あ。ここにあった!」


 倉庫の奥から引っ張り出してきたのは、美しい銀色の刀身を持つサーベルだった。スパーダが手に持って振ってみると、軽くて驚くほど使いやすい。さらにヒナの説明を聞くと、ただのサーベルではないらしい。魔力を込めると魔法を打ち消す能力を発揮するという。剣の銘は「アルギュロス」と言うそうだ。


「すごい。こんなものを本当に頂いていいんですか」

「この島に剣士なんてほとんどいないからいいのよ。魔法使いの方が圧倒的に多いし、宝の持ち腐れだわ」


 もし洗脳された七賢者と戦うことがあれば役立ちそうだ。魔法使いには有効的なカウンターとなるだろう。


「それじゃあみんな、最後の場所に行くわよ。あれについても教えておかないとね」

「あ、あのー。マーリンさん。それで私のは?」


 小声で小さく手を上げたのはセレナである。エールとスパーダの二人だけ何か貰えるのに、自分には何もないのか。そう言いたそうにしている。


「お……おほほほほっ! もちろん覚えてるに決まってるじゃない! やだわ、セレナ。ちゃんと平等に強化プランが存在してるんだから! ねっ! ヒナ!」

「……お、おぅさー」


 明らかに忘れていたような気がするが、セレナは深く追及しないことにした。


「……んじゃ、後でセレナっちの魔導砲ってやつ貸して。三日あればもっと改良できると思うしー」


 ヒナに言われるがままセレナが頷くと、一同は最後の場所、研究所の奥にある格納庫へと向かう。そこには魔導船にも似た巨大な一隻の船が静かに眠っていた。魔導船と違うのは、左右の両端に翼のようなものがついている点だろう。明かりが灯り、船が照らし出されるとヒナが説明を始める。


「これは私が設計した『飛行艦』だよ。見ての通り、この戦艦は空を飛べるのさー。この船で外の世界に逃げたラフィーネを探す……って聞いてますけど、それで合ってますか、マーリン様?」

「ヒナ、悪いわね。話は先に進んでるわ。こいつでラフィーネの空中要塞に乗り込む。武装は使えるわよね?」

「おぅさー。もちろんでーす。ただ、船長がいないんですよねー。じゃじゃ馬で扱える人がいなくて。自動航行モードだと攻撃された時、カカシ同然だから、誰か操縦の上手い人がいてくれるとなー……」


 船の操縦が上手い人。そんなのはエールたちの知る限りでは一人しかいない。


「……いきなり呼ばれて何かと思ったら……いや、俺は船長だから乗るのは構わねぇけど、海と空じゃ勝手が違わないか?」


 そして呼ばれたのがこの男、バルカロールなのである。魔導船トロイメライ号の船長として、世界中の海を渡り歩いたこの男。ヒナによれば、魔導船と飛行艦の操縦は非常に似ているという。実際、有無を言わさずテスト運転を頼んだところ、バルカロールはすぐに飛行艦を乗りこなしてしまった。


「いやー。良かった良かった。優秀な船長がいてくれて。危険な戦いになると思うけど、手伝ってくれるかしら?」

「偉い姉ちゃんよ、ここまで来て断れるわけねーだろ。まぁ俺も何かの役に立ちたいとは思ってたんだ。別に構わんぜ。ところで」

「? なにかしら」

「この船の名前は何て言うんだい。俺の相棒になるんだ。それぐらいは知っておいてもいいだろ?」


 その名はツークフォーゲル号。空を翔ける渡り鳥。



 ◆



 三日後、事件は起きた。時間は正午を迎えようとしていた時である。ラフィーネの建造した空中要塞を中心として、全世界に念話魔法が放たれた。念話とは、思念の言葉を送りつけて相互に会話するための魔法である。それがラフィーネより世界中に向けて発されたのだ。


 ラフィーネの途方もない魔力でなければ、まず不可能な芸当だった。しかも映像つきで念話を送りつけるのだから、その大魔法たるや推して知るべしである。送られた映像には玉座に腰かける少女の影が映っていた。玉座の左右には、二人ずつ部下らしき影が立っている。


「世界中の皆さん、御機嫌よう。私の名はラフィーネ。かつて世界に偉大な魔法技術をもたらした、楽園に住まう姫君の末裔だ」


 玉座に腰かける少女、ラフィーネはあくまでも尊大に話を続ける。


「今日は、皆さんに伝えたいことがあって念話を送った。わが先祖である『救世の姫君』がそうであったように、この長い冬が訪れた厳しい時代に、安寧と幸福を与えることを私は決意した」


 一呼吸間を置いて、言い放つ。


「この世界を私が統治する。誰もが不安に怯えぬ世界を与えよう。現状の世界は天蓋都市で暮らせる者と、そうでない者とで差が激しすぎる。誰もが豊かな暮らしを享受できると約束しよう。生まれや血統に関係なく、能力に見合った生活を保障しよう」


 言っていることは魅力的なように見える。だがラフィーネの頭にあるのは、支配者になることへの優越感のみ。本当に人々のことなど考えてはいない。ただ、欲しい。ただ、手に入れたい。そんな幼稚な欲求だけだ。


「断っておくが諸君に拒否権はない。おそらく既得権益を手放したくない、現在の支配階級の者たちは首を縦に振らぬだろう。だからここで実演しておこう。私に逆らうとどうなるかを、な」


 脳内に直接送られてくる映像が変わった。ラフィーネが建造した空中要塞の映像だ。その要塞の真下には、ユルトヴィト王国の首都である天蓋都市が存在している。次の瞬間、眩いばかりの閃光と共に首都は完全に消滅した。空中要塞の砲門から放たれた光弾によるものだ。


「ユルトヴィト王国は私が使者を送ったにも関わらず、要求を呑まなかった。だから滅んでもらうことにした。今、世界には100の国があると言われているが……逆らう国家はこのように消えてもらう。宣言しておこう。次は隣国、フェルネ王国へ行く。よい返事を期待するよ。では」


 ラフィーネの念話が終わるとエールは城の客室から飛び出していた。セレナもスパーダも同様だった。ぐずぐずしてはいられない。すぐにでも空中要塞に乗り込まなければ。そうでなければ、エールたちの故郷は跡形もなく滅ぼされてしまうだろう。


 エールはいつの間にか拳を強く握りしめていた。待っていろ、ラフィーネ。絶対に思い通りにはさせない。

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