62話 アルカディア計画
城に戻るとエールとアレイスターはすぐさま医務室へと運ばれた。エールの怪我は軽い打撲と左肩の負傷。
ただし左肩の怪我は塞がりかけていたのでメーティスの治癒魔法ですぐ完治した。跡も残っていない。念のため何日かは安静にするように言われた。
問題はアレイスターの方である。外傷は全くないが、『フィロソフィアの結晶』を使ったことによる副作用が酷い。医務室に寝かされてからすぐに意識を失い、著しく衰弱していた。
しかもメーティスが言うには結晶の使用による反動は治癒魔法では治せない。できることは痛みを和らげることぐらいで自然に治るのを待つしかないという。
「危ないところでしたわ。もしアレイスター様が長時間戦っていたら、命は無かったでしょう」
アレイスターの意識が戻らないまま数日が過ぎた。七賢者のマーリンとシュタインとしてはラフィーネの居場所とこれからの動向が知りたかった。
特に今後もディーヴァを襲い続けるつもりなのかは重要な情報だ。アレイスターからそういった話を聞きたいところなのだが、肝心のアレイスターが目覚めないのでは先に進めない。
「アレイスターさん、まだ目覚めないんだ……心配だなぁ」
「まぁなんとかなるでしょ。メーティスさんがずっと看護してるんだし。治るって信じよう」
医務室で眠るアレイスターの容態を聞くとエールとセレナはその足で城の庭へと向かった。セレナはいつも通り銃士隊を示す隊服の上にトレンチコートを着た姿なのに、エールは隊服姿ではない。
フリルのついた可愛らしい洋服を着ている。隊服の左肩に大穴が開いて着れなくなったからだ。もちろん先のアレイスター戦が悪いのである。
銃士隊の隊服は戦闘を想定して作られており、防寒性能はもちろん、ちょっとやそっとじゃ破れないよう頑丈にできている。
エールはそれが気に入っていたのに、とうとう破けてしまった。だから今は仕方なく城のメイドが用意してくれた洋服を着ているというわけだ。
「待っていたよ。エール、セレナ。さぁお茶にしよう」
「ふわ~。この時間になると眠くなっちゃう~……」
庭に置かれたテーブルセットの椅子にはスパーダが腰かけており、肩にはエリーゼがちょこんと座っている。
エールとセレナも椅子に座ると、タイミングを見計らったようにメイドが現れてティーセットと菓子を用意してくれた。
この城では15時にはお茶の時間をする習慣になっているのだ。城の人間も客人もみんなこの時間には仕事を止めて休憩し、お茶を楽しむそうだ。これはルシアが島の統治者となって最初に決めたことらしい。
だからしばらく城に滞在している三人は、15時になると決まって庭でのんびりお茶を楽しむことにしている。
セレナはケーキスタンドからカップケーキを掴み取るとむしゃむしゃ食べ始めた。エリーゼはすでに半分寝ている。彼女にとっては昼寝の15時なのだ。
「……二人とも。僕、決めたよ。マーリンさんの助手になってみようと思う」
ふとした時、スパーダが二人にそう言った。スパーダは七賢者のマーリンから自分の助手にならないかと誘われている。今までずっと保留にしていたのだが、彼女の中でようやく決心が固まったようだ。
その決断をエールとセレナは尊重したいたところだが、正直な気持ちを言えば心配だった。このタイミングで島に残るということはラフィーネとも戦うことになる。
「スパーダ……いいの? 私、アレイスターさんと戦ったから分かるけど……普通の魔物と戦うより、ずっと危険な戦いになる。本当に死ぬかもしれないよ……それでも戦う覚悟があるの?」
この中でラフィーネの恐ろしさを一番知っているのはエールだ。洗脳されたアレイスターとも戦い、それがどれほど過酷な戦いなのかよく分かった。
偽りない感覚を述べればエタニティモードが使えてようやく対等と言えるだろう。そんな領域の戦いをするのが分かっているからこそ、スパーダに覚悟を問わねばならない。
「覚悟ならある。僕は君たちが好きだ。エリーゼが好きだ。大切な人が死地に飛びこもうとしているのに、一人だけ逃げ帰るなんて真似はできない」
「でも……」
「エール。君の戦いを見た。今の君から見れば僕なんてとても弱く見えるだろう。でも……心配は無用だ。足を引っ張る気はない。変に出しゃばって無駄死にするのは僕も嫌だからね」
「弱いなんて、そんな。そうは思ってないよ。スパーダが一緒なら、私も心強い」
「なら決まりだ。後でマーリンさんに言ってくる」
その時、スパーダの真後ろに人影が現れ、肩を叩いた。ぽんぽんと手を置いて、次に頭を撫でた。マーリンである。
「その必要はないわ。スパーダ、アンタの覚悟確かに聞いた。今この場でマーリン・モンターニャの正式な助手と認めましょう」
「ま、マーリンさん……いつの間に」
その神出鬼没さにスパーダは驚いた様子である。
どこで盗み聞きしていたのだろうか。
「いや、ただの偶然。通りがかったら話し声が聞こえただけよ。スパーダ、明日は私の部屋まで来なさい。まずは私の仕事を覚えてもらうから」
「分かりました。よろしくお願いします」
それから四日後にアレイスターは目を覚まし、まともに会話ができるようになるまで更に三日が経過した。
その間にラフィーネが襲ってくることはなかった。嵐の前の静けさにも似た穏やかな時間だったのである。一週間後、エールたちは医務室に集まってアレイスターからラフィーネの動向を知ることになる。
「全員集まったようだな。では、これから俺が知っていることを話す。もっとも詳しい部分までは俺も知らん」
「その……アレイスターさん。ラフィーネは今、どこにいるんでしょうか? 居場所が分かればこっちから攻めることもできるのに」
「ふぅん。エール、アンタ意外とアグレッシブなのねぇ」
「えっ……いやっ。ち、違いますマーリンさん! 例えです、あくまで……!」
「……ラフィーネの奴はユルトヴィト王国へ行くと言っていた。俺は外の世界に疎い。その国のことに関してはエールたちの方が詳しいだろう」
ユルトヴィト王国はエールたちの故郷であるフェルネ王国の隣に位置する国だ。カノンを探す旅の過程で、一度訪れたこともある。旅のことを思い出すと、なんだか懐かしい気分になった。
「なんでまたそんなところに。目的がよく分かんないや」
「セレナ、目的ははっきりしている。ラフィーネは巨大な空中要塞を建造する気だ。そのために必要なんだよ。途方もない『材料』がな」
「ええっ……でもそんなの造って何をする気なの……?」
「決まっている。世界を自らの支配下におくためだ。手っ取り早く、武力を行使してな」
アレイスターの話を聞いて、スパーダが呟いた。
「要塞の材料は……もしかして天蓋都市、なんですか」
「その通りだ。ユルトヴィトの天蓋都市は他国に比べて強固な設計で優れている、らしい。五つか六つ……要塞を造るために天蓋都市が解体されるだろう」
「そんな……中で暮らしている人はどうなるんですか?」
エールの問いにアレイスターは頭を振った。
「そこまでは分からん。だが、ラフィーネが邪魔だと判断すれば殺されるのは間違いない。奴はこれを『アルカディア計画』などと呼んでいた。今の世界を破壊し、新たなより良い世界を生み出すと。とてもそうは思えないがな……」
ラフィーネの目指す世界。その行き着く先をアレイスターは聞かされている。
ゆえに語った。知ればカノンでなくても止めようと思うだろう。
「奴が目指すのは完全な管理社会だ。待っているのはラフィーネという独裁者による永遠の束縛。そこに自由はない。断言しよう」
管理社会。種族や能力によって階級を決め、職業選択の自由もない。配偶者は遺伝子上相性の良い相手で決める。
これでは人間的な生活など望めない。まるで家畜の生き方だ。そんな世界を作ろうとしているのだ。ラフィーネの強大な魔法と、空中要塞という兵器で。




